195.
「エルネスト様はコーヒーを知っていますか?」
「一度話題には出たな。飲み物だという事は知っているが、実際飲んだ事はない。コーヒーがどうかしたのか?」
「そのコーヒーを売りに来ている者達なのですが、誰もその姿を覚えていないそうです。定期的に取り引きしているにもかかわらず」
カップに口を付けていたエルネストの動きが止まる。
少し考え事をしているのか、視線を巡らせ、カップをソーサーごとテーブルに置いて顔を上げた。
「その者が魔導師か貴族であれば、認識阻害の魔法を使っていると考えるのが普通だな。だが、コーヒーは山の高地で採れると聞いている。認識阻害の魔法を使えるような魔導師であれば、そんな山岳地帯ではなく王都で活躍できそうだが……」
山岳地帯に魔法が使える人物……、そう聞いて何かが脳裏をチラついた気がした。
「だが、これまで何の問題もなかったのだろう? 引退したか、何らかの事情で魔塔を去った魔導師という事は考えられないか?」
続くエルネストの言葉で、脳裏にチラついた何かが霧散してしまい、一旦思い出すのを諦める。
「その可能性はないとは言い切れませんが、取り引きに来るのは一人ではないようですし、複数の魔導師が山岳地帯にいるとは考えにくいかと。それに……、そうであれば認識阻害魔法を使う理由がありません」
「それもそうか。確かに不可思議な事ではあるが、認識阻害の件以外で何か問題でもあるのか? そのコーヒーに何か問題でも?」
「コーヒー自体には何の問題もありませんが、先代の魔塔主の死にコーヒーが利用されているのです。諸事情でまだ詳しくは話せませんが、時期的にも無関係とはどうしても思えないのです」
「先代魔塔主は殺害されたのか? そういえば今の魔塔主は思ったより若いとは思ったような……。魔塔主の座を狙って殺害するような人物には見えなかったと記憶しているが」
これまでエルネストは先代魔塔主の話を詳しく聞く機会がなかったようだ。
どれだけ重要人物か理解していないように思える。
「エルネスト様、今ラフィオス王国に輸入されいる生活に欠かせない魔導具のほとんどは、先代魔塔主の発明です。ある意味絶対的な権力と言えるでしょう。まぁ、その本人は研究さえできればいいというタイプで権力欲などなかったようですが」
「あれらの魔導具のほとんど……か。だとしたら殺害するより、その能力を存分に発揮してもらった方がいいのではないか? あれだけの魔導具を生み出したのなら、研究費用も湯水のように使えるだろう」
やはりエルネストは根がまっすぐなせいか、陰湿でひねくれた人間の考えの発想があまりないようだ。
「国の治政に携わる立場から見たらそうかもしれません。しかし、魔導師という立場で、権力欲を持つ者からしたら邪魔者でしかなかったでしょうね」
「本性を隠すのは貴族であれば息をするように自然にやってのける者も多いからな。今の魔塔主はその類という事か」
「王宮で育った王族らしいので、感情を隠すのは得意なのかもしれませんね」
「王族!?」
やはり知らなかったか。
王族同士の会話でわざわざ話題にするような内容じゃないしな。
俺達もアリアが話さなければ知らないままだっただろう。
「現魔塔主は先々代陛下の側室の子だとか。王族というプライドを捨てきれずに権力を求めているのかもしれません。王太子の座を自ら辞退した方とは大違いですね」
「な……にを……突然……」
照れたのだろうか、エルネストは目を逸らしながらお茶に口をつけた。
「実際、一見普通に見える研究が、悪用しようと思えばかなり危険だったりと油断できません。研究をしている者が騙されていた可能性が高いですし……。それでフェリクス王太子に報告して魔塔主の身辺調査を進言しようと思っています。もちろんコーヒーの生産者も」
「だが、証拠はあるのか? 他国の騎士より自国の魔塔主……、しかも先々代の落胤であれば、今の王の叔父になるのではないか? どちらを信用するかわかるだろう? 面会の機会は作れるが、ジュスタン団長の言う事を信じてもらえるかどうかはわからないぞ」
「たとえ私を信用してもらえなかったとしても、調査さえしていただければ真実が明らかになるのですから問題ありません」
キッパリと言い切ると、エルネストは苦笑いを浮かべた。
「フッ、以前のジュスタン団長なら何かあっても信用しなかった奴が悪いと言っていただろうな。改めて変わったと実感させられた」
「それを言うなら以前のエルネスト様であれば、私の言葉を聞き入れたりしなかったでしょう」
「「…………プハッ」」
シレッと答えるとエルネストがジトリとした目で見てきたので、同じような視線を返して数秒見つめ合い、同時に噴き出した。
確かに、前世を思い出す前であればありえない光景だろう。
「ハハッ、確かにお互いかなり認識が変わったのは確かだな。私達の例もあるのだし、真実を知って逆の意味で認識を変える事もあるだろう。エルドラシア王だけでなく、フェリクス王太子も聡明なようだからな。決定的な証拠がないからこそ、まずはフェリクス王太子を味方につけて証拠を集めるという事か」
「はい。私達のような他国の者が言う事より、王太子が発した言葉の方が信用してもらえるでしょう」
「わかった。結婚式までに会えるように場を設けると約束しよう」
「感謝します」
できれば結婚式までにこの件を片付けたいからな。
解決の糸口が見えて安堵の息を吐きながら部屋へと戻った。




