161.
休養最終日、ヴァンディエール侯爵家とシャレット伯爵家の顔合わせがなぜか王城で行われる事になった。
婚約が成立したらすぐに陛下のサインが入れられるようにらしいが。
王家としてはこれで俺……というより、ドラゴン二体と従魔契約している家臣の手綱を手に入れるようなものだからだろう。
他の国に移籍する事がないよう、保険がかけられたも同然だからな。
俺としても神託がなければ国を出る事なんて考えてもいなかったのだが。
しかし、神託があった以上、俺が国外に出る必要があるという事だろう。
もしかしすると邪神のように討伐しないと世界が滅ぶような事が……そうそうあってはたまらないのだが。
「ヴァンディエール騎士団長、ご両親はもう到着されていますよ」
王城に到着すると、陛下の侍従がそう言って案内したのは陛下の執務室の近くの応接室。
そこにはすでに両親が座っていた。
「父上、母上、王都までご足労感謝します」
俺自身は伯爵として独立しているとはいえ、実家と縁切りしているわけでもないし、結婚に関しては両親の存在は必要なのだ。
「邪神討伐ご苦労だったな。その……怪我はないか?」
「はい。無傷ではありませんでしたが、すぐに治る程度のものでしたので」
どこかよそよそしいやりとりながらも、さすがに相手が邪神ともなれば俺を心配してくれていたようだ。
そんな俺達親子を横目に、メイドが母上の隣に俺の分のカップを置いた。
両家の顔合わせなのだから並びとしてはそれが当然なのだが、これまで母上の隣に座った事などなく……非常に気まずい。
しかもゆったりしたサイズとはいえ、三人掛けのソファ。
ぎこちなく隣に座り、落ち着くためにもお茶に口をつけていたら父上が俺と母上を見て笑みを浮かべた。
「そうしていると二人はよく似ているな。この前領地に帰って来た時も思ったが、ジュスタンの表情が以前より随分柔らかくなったせいだろうか。やはり……、シャレット伯爵令嬢のおかげか?」
「……ッ!」
あぶない、噴き出すところだった。
表情が柔らかくなったとしたら、前世の記憶のせいだろう。
だがまぁ、勘違いしてくれた方が都合がいいというものだ。
「そうかもしれませんね」
愛想笑いを浮かべて答えた瞬間、応接室の扉が開いた。
そこには笑みを浮かべるシャレット伯爵夫妻と、照れたように目を泳がせているアナベラ。
もしかして今のやりとりを聞かれたのか!?
「失礼します、シャレット伯爵家の方々がいらっしゃいました」
案内してきた侍従がそう告げたが、それは扉を開ける前に言うべきじゃないか?
会話が聞こえたからわざとなのか? ちょっと笑いを堪えているように見えるのは気のせいか!?
「お久しぶりですね、ヴァンディエール侯爵、キャロリーヌ様」
「ああ、シャレット伯爵、元気そうでなにより。……レティシア夫人も」
うん? 父上の言葉に何か含みを感じたのは気のせいか?
その答えはすぐにわかった。
「久しぶりね、レティ。聖女様のお披露目に合わせてやったお茶会以来かしら」
「本当よ! 誰かさんが王都から離れた領地にキャロを連れて行くせいだわ! そうそう紹介するわね、娘のアナベラよ」
「初めてご挨拶させていただきます、アナベラと申します。どうぞアナベラとお呼びください」
「???」
順調に挨拶が交わされているが、状況がわからず混乱した。
どういう事だ? 両親達は知り合いなのか?
「あの、ジュスタン様もしらなかったようですね。私も先日まで知らなかったのですが、母とヴァンディエール侯爵夫人は学院時代からの友人だそうです」
「なるほど……」
俺が困惑している事に気付いたアナベラが説明してくれた。
仲のいい母上を王都から連れ出した父上を嫌っているシャレット伯爵夫人と、そのせいで苦手意識を持っている父上……というところか。
「いやだわ、侯爵夫人だなんて。お義母様って呼んでくれていいのよ? あなたのおかげでレティと親戚になれるのだもの」
「私もキャロと親戚になれて嬉しいわ! ヴァンディエール騎士団長ってばあなたによく似ているから、挨拶に来てくれた時に顔が緩みそうになってしまいそうだったもの。だけどステファンったら最初からあなたの子だから歓迎していると思ったら複雑な気持ちになるだろうからって秘密にさせたのよ」
確かに挨拶の時に母上と仲良しだから受け入れる、なんて言われていたら複雑な気持ちになったかもしれない。
というか、こんなに歓迎されているなら、もしかして婚約破棄でもしようものなら色々と面倒な事になるんじゃないか?
「あの……義母上、どうか私の事はジュスタンとお呼びください」
「まぁぁ! ありがとう! これからジュスタンと呼ばせていただくわね。うふふ、こんな素敵な息子ができて嬉しいわぁ」
「コホン。どちらも異議はなさそうだ。それでは両家の承認欄にサインを書こう」
キャッキャと嬉しそうに話している母上達に置いてけぼりにされた父上が咳払いをし、書類にサインをした。
シャレット伯爵と俺とアナベラもサインをし、これに陛下のサインが入れば公式に婚約成立である。
控えていたメイドが侍従を呼び出し、すぐに書類を持ち出して陛下のサインが入った状態で一度見せに来て婚約が確定した。
「アナベラ、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ああ、後悔させないように最善を尽くすつもりだ」
案外このまま結婚してしまっても、いいのかもしれない。
そう思えたのはアナベラが相手だからだろうか。




