157.
翌朝、早朝訓練と朝食を済ませた俺達は町に宿泊したエルネスト達と合流して王都を目指して移動を開始する。
幸い黒は昨夜の事は町の中までしか覚えていないようで、内心胸を撫で下ろす。
第一騎士団、第三騎士団に加え、聖騎士団までいる一行にバカな考えを起こす野盗などいるはずもなく、時々遭遇する魔物以外は何事もなく王都の市壁が見える所まで戻って来た。
「あ~、生きて王都に戻って来れてよかったぜ~!」
「そうだねぇ。今回はどのくらい休養日がもらえるか楽しみじゃない? 邪神がいなくなったんだから魔物が増える事もそうないだろうし、長期間になるんじゃないかなぁって思ってるんだ」
「シモン、アルノー、長期の休養日がもらえたとしても交代制だからな。今は見習い達の指導もあるんだ」
淡々と事実を告げると、シモンとアルノーはガクリと肩を落とした。
交代制とはいえ、ちゃんと休みはあるのだから落ち込む必要はないだろうに。大袈裟な奴らだ。
門に到着する直前、聖女とドラゴン親子が乗る馬車が止まって三人が降りてきた。
「我々はそろそろ離脱させてもらおう」
俺の方を見てそう切り出した黒。
我々という事はもしかしてジャンヌとジェスも一緒に連れて行くというのか!?
問いただすためにも隊列を止めた。
「離脱してどこへ行くんだ? それに……離脱するのは一人だけじゃないのか?」
ジロリと黒を睨むと、ジャンヌが笑い出した。
「ほほほ! 主殿、安心するがよい。妾もジェスも黒に転移魔法を教えてもらっておる」
「「「「転移魔法!?」」」」
ジャンヌの声が聞こえた周りの部下達も、俺と同時に声を上げた。
実際転移魔法なんて物語の中にしか出てこない魔法だ。
「ふん、古竜である我だからこそ知っている魔法が存在するのだ。まぁ、もしお前達人間に教えたところで魔力量の問題で使えんがな!」
勝ち誇ったようなドヤ顔で胸を張る黒。
そうか、ジェスが内緒にしていた事は転移魔法の事だったのか。
ジェスは、驚く俺達の様子を見てクスクスと笑っている。
「あのねぇ、ボクとお母さんはジュスタンと従魔契約してるから、いつでもジュスタンのところに転移できるんだって。他のところは行った事のある場所にしか転移できないから、お母さんは今から山の巣にお父さんを案内するためにしばらく離れるって」
「ああ……、そういう事か。ん? という事は転移魔法は使う本人しか転移できないのか?」
「うん、だからお母さんも巣まで飛んで行くんだって」
一瞬ジャンヌとジェスが従魔契約を破棄していなくなってしまうのかと思って内心焦った。
今更ジェスと会えなくなるのはさすがに堪えるからな……。
愛馬の横に立って両手を上げるジェスを、反射的に抱き上げて自分の前に乗せる。
「では主殿、ジェスの事は頼んだ」
「ああ」
ジャンヌと黒は、スタスタと歩いて隊列から距離を取ると本来の姿になり、大空に羽ばたいて行った。
第一騎士団と聖騎士団からもどよめきが聞こえる。
まぁ、いきなり巨大なドラゴンが二体現れたのだから仕方ないだろう。
「お母さん、お父さん、またね~!」
ジェスはにこにこと両親に向かって手を振っている。
きっと黒とジャンヌの姿は王都からでも見えているだろうから、騒ぎになっていないといいのだが。
王都へ入ったところ、どうやら俺の従魔にドラゴンが二体という事が知られていたせいか、そういう意味では騒ぎになっていなかったようだ。
それよりも凱旋するのを王城へ事前に報告されていたせいか、門から真っ直ぐに伸びる大通りには歓声を上げる住人達が鈴なりになって一行を歓迎している。
エルネストや第一騎士団は歓声に対し慣れたもので、手を振って応えたりと堂々としているが、王都民からこんなに歓迎された事のない聖騎士団は戸惑いの色を隠せていない。
それは第三騎士団も同じだが、以前に比べたら格段に王都民からの当たりがよくなっているおかげか、照れながらも歓声に応える事はできているようだ。
正直このまま宿舎に戻って休みたいところだが、俺達は全員王城の中庭へと行かなければならないらしい。
中庭では陛下からの労いの言葉、褒美の約束、そして翌日に平民の第三騎士団も参加できる宴を開いてくれると宣言してくれた。
ホクホク笑顔の部下達とジェスは先に宿舎に戻ったが、俺はなぜかディアーヌ嬢に呼び出された。
どうやらエルネストもその事は知っていたらしく、なぜか一緒にディアーヌ嬢の私室へと向かっている。
「ディアーヌ嬢の用件が何かご存じですか?」
「ああ……、まぁ、知っていると言えば知っているが……。ヴァンディエールにとって悪い話ではないとだけ言っておこう」
歯切れの悪い答えが返ってきたが、どうやらエルネストも知っているようだ。
王族の住居エリアに入り、慣れた足取りのエルネストの後についてディアーヌ嬢の部屋へと到着した。
そういえばディアーヌ嬢の部屋に入るのは初めてだ。
「ディアーヌ、私だ。ヴァンディエールを連れて来たぞ」
『どうぞお入りください』
扉が開かれ、部屋の中にはディアーヌ嬢と侍女のアナベラだけがいた。
ディアーヌ嬢の隣にはエルネストが座り、その向かいに俺が座るとお茶が差し出される。
そのお茶に口をつけてからディアーヌ嬢が口を開いた。
「お疲れのところお呼びだてして申し訳ございません。ヴァンディエール騎士団長にお話しがしたいと……アナベラが」
ディアーヌ嬢に視線を向けられると、明らかに緊張しているアナベラ嬢は一歩前に出て大きく息を吸った。
「あっ、あのっ、私と婚約しませんかっ!?」
「ハァ!?」
突然の事に、思わず素っ頓狂な声が出てしまったのは許してほしい。




