155.
ジェスを起こし、テントを片付けると出発のための隊列を組む。
隊列の真ん中辺りにはオレールの馬に相乗りしている聖女。
後方の俺達はというと、黒がいる事により黒とジャンヌが一緒に馬に乗る事になった。
さすがに黒一人だけ歩かせるわけにもいかないからな。
というわけで、俺の前にはジェスが乗っている。
馬車を預けてある町まで行けば、ドラゴン親子は馬車に乗る事になるだろうが。
昼過ぎには森を抜け、町が見えると門番が一行を見つけて騒ぎ始めた。
到着する頃には門が開かれ、領主が飛び出してきて涙を流して喜んでいる。
俺達が無事に戻ったという事で、邪神討伐が成功したと確信したのだろう。
「エルネスト様、よくぞご無事でお戻りくださいました! これでやっと安眠できるというものです。宴会の用意がございますので、夕食の時間まで宿でおくつろぎください」
領主はそう言うが、宿でくつろげるのは第一騎士団と聖女と一部の聖騎士くらいのものだろう。
領地の片隅にある町の規模では、全員が泊れるほど宿がないのだ。
行きも同じだから部下達も心得たもので、門の前にある開けた場所にテントを張り始めた。
機嫌よく作業をしてるその顔には、宴会が楽しみだと書いてある。
「お前達、わかっていると思うが飲み過ぎるんじゃないぞ。王都へ帰るまでが任務なんだからな」
「わかってるって! けどさぁ、たしかこの町ってワインとブランデーが美味いって評判らしいぜ?」
「試しのみするつもりで飲んで、気に入ったら買って帰れば問題ないでしょ? 買うための時間の確保は団長にお願いするしかないけど」
釘を刺したつもりが、どうやらシモンは飲む気満々らしい。
控えめにさせるためにはアルノーの案を採用するしかなさそうだ。
「わかった。どうせ第一の連中も飲み過ぎる奴が出るだろうから、明日の出発は遅めにしてもらえるように王太子に進言しておく。……だからといって騒ぎを起こすなよ! 騒ぎを起こした奴は強制的にテントに放り込むからな!」
渋々といった様子で返事をする部下達。
どれだけ飲むつもりだったんだ、お前ら。
夕食の時間になってテント組の聖騎士と第三の部下達がぞろぞろと町の中に入って行く中、黒がジャンヌと話していた。
ジャンヌは聖女と同じ宿に泊まる事になっているから、黒を宴会に誘いに来たのかもしれない。
だが、聞こえてくる内容からして黒は宴会に興味がなさそうだ。
「たまには人族に混ざるのもよいではないか」
「ふん。人族の料理など美味くもないではないか。美味い酒でもあれば別だが、雑味が多くて飲めたものではないだろう」
「ふふふ、いつの話をしておるのだ。人族の成長速度はすさまじいものよ。ほれ、この町の特産品らしいぞ」
ジャンヌはそう言うと、キュポンと音を立てて手にしていた酒瓶のコルクを抜いた。
その途端にスンスンと空気中の匂いを嗅ぐ黒。
酒瓶をジッと見ていたかと思うと、ゴクリと喉を鳴らした。
もしかして酒に目がないのか?
「確かに……、こんな強い酒精の酒は知らんな。ほんの二百年ほど人里に下りなかっただけでここまで変わるとは」
そういえばジャンヌの巣も山奥だったからな。
二百年も前ならブランデーもウイスキーもこの世界になかったんじゃないか?
恐らくジャンヌの持っている酒はブランデーだろう、黒の心は揺れているようだ。
「ジェス、お父さんと一緒に宴会に行きたいか?」
「うん! それでね、ジュスタンが作ってくれたパンをわけてあげるんだ!」
ジェスは黒と一緒のテントを使う事になったので、俺達と同じテント組だ。
一緒に宴会に参加したいというジェスの願いは叶えてあげたいし、俺もひと肌脱ぐか。
「黒、ジェスが一緒に宴会に参加したいと言っているぞ。それにこの町はワインとそのブランデーが特産らしいから、この機会を逃せばいつ美味い酒にありつけるかわからんぞ」
実際は王都に戻ればこの領地の酒も流通しているだろうが、道中はどうかわからないから嘘は言っていない。
黒は数秒だけ悩む素振りを見せたが、すぐにジェスを連れてジャンヌと町の中へと向かった。
ジェスの父親だしな、一緒に酒を飲めば少しくらいは打ち解けられるだろうか。
…………そう思っていたのは二時間前だったか。
今俺は黒に肩を組まれて酒を注がれている。
「いや~、人族も捨てたものじゃないな! これほどの酒を……ゴクッゴクッ……ぷはぁっ、造るとは! ほら、ジュスタン酒が進んでないぞ!」
前世で父親がこんな風に酔っ払っている姿を見た事がなかったせいで、黒の泥酔姿には違和感しかない。
ジェスが俺のお手製パンを食べさせた辺りから少し態度が軟化したかと思ったが、酒を数本飲むと一気に陽気になり始めたのだ。
「そろそろテントに放り込んできた方がよさそうだな。ジャンヌ、黒は酒を飲むといつもこんな感じか?」
「いいや。妾の巣の近くにドワーフ達が来たのはジェスが生まれてからでのぅ、それまでは果実酒のような弱い酒しか飲んでおらなんだはず。それでも機嫌はよくなっておったが……酒が入ると素直になるのは変わっておらぬようだの」
ジェスに負けないくらい俺にくっついている黒を見て笑うジャンヌ。
もしかして第一印象はともかく、今は黒に嫌われていないのだろうか。
少しむず痒い気持ちになりながら、テントのある広場へと向かった。




