154.
「お待ちくださいエルネスト様!!」
「しつこいぞ! 私の意思は変わらん!」
邪神討伐の翌朝、泥のように眠ってスッキリ目を覚ましたというのに、テントを出た瞬間から第一騎士団のガンズビュール団長とエルネストの怒鳴り声が聞こえてきた。
「何事ですか?」
「おお、ヴァンディエール団長。貴殿からも言ってくれ! 陛下が王太子をランスロット様にするとおっしゃっていたが、今回の邪神討伐の功績があればエルネスト様がこのまま王太子でいても誰も文句は言わないはずだ!」
「…………まぁ、確かに朝議で王太子変更の旨を伝えられてはいるが、ランスロット様の任命式もまだで民に向けて公式に発表がされていない今なら可能でしょう」
「そうだろう!?」
俺の言葉に前のめりになるガンズビュール団長を軽く手を挙げて制す。
聖国に聖女が行っている間に国内がゴタゴタしたら聖国に付け入られるとか、戻ったらすぐに邪神討伐の準備があったりで現時点では一応まだ王太子ではある……が。
「ですがご本人の意思が一番優先されるべきだと思います。それに……、タレーラン辺境伯はすでに王太子……エルネスト様が跡取りとなってディアーヌ嬢と領地に来る事を楽しみにしているのでは?」
「それは……っ!」
暗にタレーラン辺境伯と王家に亀裂が入るマネをしていいのかと伝えてみると、ガンズビュール団長は言葉を詰まらせた。
「それに邪神の問題が解決した今、武力より腹の探り合いが得意な外交に強い王が求められるようになるでしょう。エルネスト様が王となっても問題ないでしょうが、そういう意味ではランスロット様の方が向いていると思っています」
「なにを不敬な……!」
「待て、ガンズビュール。ヴァンディエールの言っている事は正しい。確かに腹の探り合いならランスロットの方が圧倒的に向いているだろう。ははっ、それにしてもヴァンディエールはあいつの外面のよさを見抜いていたんだな」
どうやらランスロット王子の性質を理解していない者は多いらしい。エルネストは俺が見抜いている事を嬉しそうにしている。
「対比になる真っ直ぐな方が近くにいたもので」
エルネストは一瞬キョトンとしてから笑い出した。
「はははは! なるほど! そうか……」
誰の事を言ったのかすぐにわかったのだろう、少し照れくさそうにしている。
「朝食の準備ができました~!」
従騎士達が朝食を作り終えたらしく、声につられて続々とテントから騎士達が出て来た。
「ガンズビュール、朝食ができたらしいから話はこれで終わりだ。私は今の私を気に入っているしな」
「エルネスト様……」
朝食を受け取りに向かったエルネストをその場に立ち尽くして見送るガンズビュール団長。
その表情はまだ複雑なものだった。
もしかしたら王子であるエルネストが部下になるというのが面倒なのかもしれない。
その場合は最悪騎士団長の座をエルネストに明け渡すという手もある。
昨日の戦闘で疲れたのか、まだ寝ているジェスは寝かせておいて食事を済ませてテントに戻るとジャンヌと黒が待っていた。
そして黒の態度が敵意丸出しだった昨日と違って落ち着きがない。
不思議に思っていると、黒が口を開いた。
「蒼から……ジャンヌから話は聞いた。その、息子を助けてくれたそうだな。礼を言う」
少し悔しそうにしながらも感謝の言葉を伝えてきた黒。
昨日はジャンヌとジェスを従魔にしている俺に対して嫌悪を露わにしていたが、昨夜の内にその経緯を聞いたのだろう。
俺がいなければ今頃ジェスは邪神の手下……恐らくあのトレントに利用されて王都で死んでいたはずだからな。
「……どういたしまして。今になってはジェスもジャンヌも家族同然だからな。特にジェスは弟のように思っている」
「ジェスが弟……? フッ、ならば貴様も我々の息子のようなものか」
その返答には俺の方が面食らってしまった。古竜でもそんな軽口を叩くのか。
まぁ、呼び方が『貴様』なのが少々気になるが。
「できれば俺の事はジュスタンと呼んでくれ。そっちの事は黒と呼べばいいのか? それとも……父さんと?」
冗談が通じるかわからないが、ニヤリと笑ってみせるとあっさりと頷いた。
「好きにするといい。ジャンヌとジェスを大切にしてくれているジュスタンであればかまわん」
その声で呼んでほしい名前はジュスタンじゃない。思わずそう言いそうになって片手で口元を覆う。
もしもアランがここにいたとしても、父親の事をほとんど覚えていないだろうから年を取ったお兄ちゃんとしか思わないはず。
黒を見てこんな気持ちになるのは俺だけか。未練がましく前世を引きずっている自分に内心自嘲する。
「冗談だ。俺が父さんと呼んでいたら周りの奴らが混乱するだろうから、黒と呼ばせてもらおう」
万が一にも父さんと呼んでいるところを誰かに聞かれて、ヴァンディエール侯爵夫人が浮気したと噂が流れたら大変だしな。
一度だけ直輝と呼んでほしい気持ちを押さえ、ジェスを起こしに自分のテントへと向かった。




