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第58話 魔王の復活について《エレン視点》

エレン君視点の三人称です



 適当な椅子に座って、エレンは躍る二人を眺める。慣れた様子でニアをリードするノアに見られるのは、寂寥と喜色だろうか。

 子供の扱いにも慣れているようだし、ダンスもエレンはしたことこそないが、優美なものと分かる。何より本人に、苦痛の色が見られない。

 子供好きで、貴族の教養と言われるダンスをこなす……。そして何を犯したのか知らないが、罪人になった。

 特徴がありすぎて、人物を表現するのには困らないほどだ。


 改めて、何者なのだろうかと思案を巡らせる。

 まず貴族であったことは間違いないだろう。子供に慣れているということは、親戚が多かったか、仕事上か。貴族は子持ちであっても仲が希薄だと聞いたことがあるから、子がいたかーーもしくはいるかーーどうかは考えても仕方ない。

 別に、ノアの正体を暴きたいというわけでもないのだが、会って数日しか経っていない教官のことを探りたく思うのも、人間の(さが)というものだろう。

 彼が勇者候補の教官に選ばれたのは恐らくその実力だが、あれほどの実力があるならどこかで名前くらい聞いてもいいのではないか。なら、目立たないように生きていた……?

 それなら何故目立たないように生きていたのか、だ。現状、その理由を思いつくだけの知識はエレンにはない。


 時折キザったらしくニアに甘い言葉を囁くのを聞いて、エレンは身じろぎする。ああいう言葉遣いと無縁だった庶民には、どうしても薄ら寒く思えてしまうのだ。

 あの人、貴族のパーティなんかに出たら、それはそれは女性を骨抜きにするんだろうな……などと、漠然とそんなことを考える。完璧すぎる笑顔は怪しいが、ミステリアスと言い替えればそれまでだ。

 パーティと言えば、ジルベルトならそういった事柄にも詳しいはずだ。今はエレンと同様に勇者候補の一員になっているが、元々は大貴族の嫡男なのだから。

 学園に戻ったら貴族のことを色々聞き出してみるのも楽しいかもしれない。豪華できらびやかな日々を送る貴族は、正直ちょっと、いやかなり妬ましいのだが、話を聞くぶんには面白い。


 そんな、ノアとは関係ないことも考えていたら、いつの間にか音楽ーー闇魔法による幻聴だーーが止んでいた。

 見れば、幼い姿のノアがニアを抱き上げて微笑んでいる。この瞬間を彼女の祖父のアルドヘルムが見たらどういう反応をするだろうか。愛しの孫娘にくっつく、外見だけ幼くなったノア……。激怒してもおかしくない。

 と、噂こそしていないが脳内で映し出していたからだろうか、がちゃりとドアが開けられ、そこからアルドヘルムが入ってきた。


「おい、あったぞ。魔王と魔族の関係……は?」


 彼の目の前には、幼いノアとノアに抱き着いている己の孫娘。

 あちゃー、と額を叩きたい気分を抑え、エレンは不安げに三人を見守った。

 しかしエレンが想像していたような怒りはいつまでも落ちず、アルドヘルムはただ表情を凍りつかせてノアを見つめているだけだ。


「でん、」

「遅かったじゃないですか、じじい」


 何かを言いかけたアルドヘルムを遮り、ニアを床に下ろしたノアが彼にへらりと笑いかけた。いつもの、隙のない笑みだ。

 その笑みを見せられてアルドヘルムの表情がばつの悪いへと変わった。そしてようやく、この状況について問いただし始める。


「何をしていた……ノア。そんな格好で、俺の部屋を変えて……。いやそれよりもさっさとニアから離れろ」

「失敬な。俺はニアちゃんに付き合ってただけですよ? お姫様と王子様ごっこで」


 わざとらしく「ねー?」とニアに笑えば、すっかりノアの虜となった彼女は激しく頷いた。

 それでもアルドヘルムは訝しげにエレンを見るので、エレンも頷いておいた。ノアが泣きそうになっていたニアの遊び相手になっていたのは、本当だからだ。多少、やり過ぎだとは思うが。


「ったく、心臓に悪い……。ニア、ちょっと下に行っていてくれるか? 良い子にしてればまたノアが遊んでくれるぞ?」

「に……わたし、いい子にしてる!」

「よしよし」


 元気よく返事をしたニアをアルドヘルムが撫でると、彼女はぱたぱたと部屋を飛び出していった。……ドレス姿のままで。


「あ、魔法解くの忘れてた! じじい、魔法……」

「しばらくあのままでいいだろう。キャロリーナにも、息子にも見せたがっていたように見えた」

「わお。流石、愛しの孫のことをよく見ていますねぇ」

「お前に比べれば大人しい子だからな。見るにも楽だ」


 にやにやとした笑いを浮かべていたノアに、アルドヘルムが鼻を鳴らして答えた。するとノアは遠い目をして、誤魔化すように「あははは」とわざとらしい笑い声を上げた。

 予想はしていたが、やはりアルドヘルムはノアの幼少時を知っているのだろうか。まあ、この風変わりな貴族ならどんな人物と知り合いになっていようと不思議ではない。


「あー、それよりもほら、話の続きをしましょう? 魔王と魔族の関係について、でしたよね?」


 あからさまな話題転換にアルドヘルムは口の端を上げた。


「ほーう? 随分と会話が下手になったな。気が弛んでいるんじゃないか?」

「そりゃあ、三年も独房にいればね……」

「それもそうだな!」


 大口を開けるアルドヘルムに対して、ノアは口をへの字に曲げている。

 そんな二人の会話を聞きながら、エレンは一人で眉を寄せていた。

 アルドヘルムは、ノアがマレディオーネ監獄にいたことを知っていたのか。だが、曲がったことを嫌うアルドヘルムが、()()に親しみを持ったままなのは、何だろう、おかしい気がする。

 しかしノアが何故罪を犯したのかを知っていて、その上で理由に納得しているのなら、おかしくはないのかもしれない。けれど……()()マレディオーネ監獄に収容されるような罪ならば、納得するような理由などないように思える。

 分からない。分からないし、このことを今の和やかな二人に訊くのも気が引けるから、聞き出せない。

 人にはそれぞれ事情があるものだ、と自身に言い聞かせて、エレンは半ば無理矢理意識を今へ向けた。


「じいさん、それで、何が分かったんですか?」

「ああ。魔王の復活は様々な事象に影響を与える……その最もたる例が、魔族、魔物、悪魔だ」


 いずれも『魔』のつく生物だ。しかし、悪魔とはまた物騒な。

 魔族は先程までアルドヘルムが説明していた、人間より遥か上位と言える存在。魔物は、魔力を持つ獰猛な動物のこと。そして悪魔は、強い怨念が魔力を帯びたものだ。

 悪魔は、生前意思を持っていた生物が恨みを持ちながら死ぬことで生まれるものだ。死者による呪いとは違い、それらは自身と似た恨みを持つ者に取り憑き、自身と取り憑いた者の恨みを晴らさせる。それだけならまだしも、悪魔の強すぎる力は取り憑かれた者の自我を失わせ、体の主導権を奪う。しかし悪魔とは、怨念だ。明確な意思などなく、強い殺意ばかりの存在が実体を得れば、ただ殺戮を繰り返す殺人鬼となる。

 悪魔の凄まじい怨念に耐えられる人間などいない。早くて一瞬、遅くても五年以内に悪魔の気持ちにあてられて自我を失い、無差別殺人者に成り果ててしまう。

 悪魔に取り憑かれた者を救う手だては存在しない。故に、悪魔に取り憑かれていると発覚したら即刻死刑となる。牢に収容しても、強すぎる力が牢を破壊してしまうのだ。

 存在するだけで危険なのだと、話だけではそう聞かされている。聞いたことしかないので、エレンには実感が欠片も湧かない話なのだが。


「魔王が復活する前後は、大気中の魔力の動きが激しい。復活するその瞬間には、魔法の才がない人間でも魔力を操ることが可能になるほど、大気中の魔力は濃くなる。恐らくは魔力が濃くなるからか、魔族が活発に動くようだ。魔力が濃くなることで活発化する理由は分からん。悪魔は……あれは、“思い”と“魔力”でできているようなものだからな。生まれやすくなるのも、不自然ではない」


 アルドヘルムがすらすらと答えていく。

 要するに、空気中の魔力が濃くなると人間に害をなす存在がどれもよく動くようになる、と。

 魔族と悪魔については実感が湧かないが、魔物なんかは日常的な脅威だ。それが強大になれば、護りの厚い王都は安全にしても、小さな武力しかない村などは犠牲者が多く出るだろう。


「そして、魔王の復活に伴って起こる事件を解決するために『勇者』が必要になる。今はまだ、勇者候補だが」


 アルドヘルムに視線をやられ、エレンは居心地悪そうに顔を背けた。

 勇者候補は、ある過程を経て認められれば、勇者になる。簡単に言えば、試験に合格しなくてはいけない、ということ。

 自分が勇者になれるかどうか、自信などないエレンは期待の目を向けられても困るのだ。


「でもぶっちゃけ、魔物の処理程度なら俺でもやれますし、そんなに焦らなくてもいいのでは? 悪魔……に憑かれたやつも、首を落とせばもう動かないでしょう?」


 思いついたように、ノアが声を上げた。

 その提案は非常に頼もしいのだが、まるで『勇者など必要ない』と言っているかのようで、心が不服を訴える。

 対して、アルドヘルムは眉をしかめさせてため息をついた。ノアを睨むように見つめる。


「お前は魔族の対処法を聞くためにここに来たんだろうが。唯一の対抗策は勇者の力しかないということだぞ、これは。いい加減、自分が抱え込もうとする癖を直せ」

「……この情報、何故あまり知られていないんですか?」


 再び、あからさまな話題転換。

 注意されてなどいないとばかりの様子で、ノアは白々しく疑問を口にした。

 アルドヘルムは不満そうにするが、不満にさせた張本人はどこ吹く風である。あまりにわざとらしいので、アルドヘルムは言いたいことを嘆息に込めて終わらせてしまった。


「最後に魔王が現れたのは千年以上前のことだ。この国が成立するよりも昔だから、まともな資料はなかった。俺の手元に資料があったのは、魔族について調べていたらついでに出てきたから、というだけだ。まあ、国の方もそろそろこの情報を発見するんじゃないか? 王宮にも俺のところと同じ資料はあるからな」

「情報よりも勇者候補の発見と回収を優先させたわけですか」

「そうなるな」

「ふむ……。俺でもそうしたでしょうから、不満はありませんけど……」


 憂鬱だなぁ、と小さな呟きがノアの口から漏れた。何が憂鬱なのかは定かでないが、明らかにげんなりしている。


「魔族の対処に、大量発生する危険のある悪魔とその宿主の対処、魔物の処理、魔王退治。……特に悪魔の対処なんか、殺すしかないじゃないですか」


 そんなことを、マレディオーネ監獄という最悪の収容所にいた罪人は言うのだ。

 本当に、何をして罪人になったのだろうか。望んで罪を犯したのではないかもしれないが、しかしそれなら罪人であることを堂々と言えるだろうか、普通?

 何を企んでいるのか分からない。なのに、今アルドヘルムと話し合っている姿は真面目そのものだ。

 いつか分かる日が来てくれればいいな、と思いながら、エレンは欠伸を噛み殺した。

 なんだか途方もない話過ぎて、眠気が襲ってくるのだ。


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