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第54話 強くなったら

 ノア目線に戻ります


 部屋を出ると共にレイシェイラに向き合い、礼を言った。さっきも言ったけど、もう1度伝えたかったのだ。


「ありがとう、レイシェイラ」


「何だよ気持ち悪い。焼くぞ」


「感謝を伝えただけなのにそれって酷くね?」


 そっぽを向いたレイシェイラの顔は既に仮面で隠れているが、声色と態度で照れているのが丸分かりだ。ツンデレめ!


「なぁ、アディニス。学園にはいつ戻るんだ? あと、戻り方は? こっちに来るときは妙な魔道具を使ったらしいけど、それだと君の負担が大きすぎるだろ」


 それについては、昨日エレノアの墓へ出かけるとエイダ教官が言った後、エイダ教官と生徒達にも言ったが……。


「何とかするよ」


 曖昧に笑って誤魔化す。


「何とかするって……まさかその魔道具を使うんじゃないだろうな? 風の魔法を極めていれば話は違うけど、君の取得属性魔法には含まれてないよな」


 俺を疑うようにジロッと睨むレイシェイラに肩を竦め、歩を速めた。もう俺が王都でやることはない。いや……一応、1つだけあるか。

 『風の魔法を極めていれば話は違うけど』とさっきレイシェイラは言ったが、それは風の最上級魔法の1つに自分の身体を転移させる魔法があるからだ。あるにはあるがとても難しく、下手をすれば転移させようとした身体がバラバラになるので、その危険度から練習しようとする者も少ない。

 どんなに練習で成功しても最終的に自分や誰かを転移させるときになって失敗した――なんて話を昔聞いたことがある。だから風魔法で転移できる奴は非常に少なく、この国には1人しかいない。




 レイシェイラの追求の目から逃れて1階へ下りると、とある一室で声がしたので入ってみたら、何故かエイダ教官がお怒りモードでそこにいた。

 腰に手を当ててぷりぷりしているのだ。俺に対してではない。ソファに座らされている2人――ダリウスとミリフィアに対してだった。

 もう長い時間怒っているのか、ダリウスとミリフィアの2人はどこか遠い目をしていた。


「2人はもっと警戒心を――!」


 何を怒っているのかよく分からん。確かにその2人は生徒の中でも無茶しそうな子だけど。


「まぁまぁエイダ教官。どうしたんです? そんなに怒って」


 怒るエイダ教官を爽やかに止めに入る俺。感謝してもいいんだぜ! と思って怒られていた2人を見ると 、ダリウスは『救世主(メシア)!』という目で見てくれた。ミリフィアは逆に睨んできた。

 レイシェイラはツンデレだからいいけど、ミリフィアは本気の敵意だからツラいね!


「ノア教官……おはようございます。実は2人が王都を探険したいと言い出して……」


「あぁ、いいですよね探険。やってみると意外な発見もありますし」


 俺も子供の頃はよくやったもんだ。大抵治安の悪いところへ行っていたから、ならず者に襲われたけど。


「ただの探険ならいいのです! でも行こうとしていたのが危険なところなのですよ!」


「例えば闇街とかですか?」


「そうです!」


「エイダ教官も昨日行ってたじゃないですかー」


 俺を注意しようと追いかけたかららしいけど。

 棒読みな声とわざとらしいに笑顔にエイダ教官もわざとらしく拗ねた顔を作った。


「あれは探険なんかではありません! ノア教官を心配して……」


 そこで眉を寄せ、首を傾げる。


「ノア教官は、何故あそこにいたのですか?」


 うん、それ聞くと思った。

 あそこには市場に出回らない道具とか裏の情報も取り扱う情報屋があるから、アディニスとして王都(ここ)にいた時もよく行っていた。

 昨日は、宰相派だった貴族の生死や現在いる場所を聞くために情報屋を訪ねたのだ。

 だが情報屋と言えど只の情報屋ではないので闇街にいる。つまりあそこを訪ねる人間は皆()()()だ。というか闇街に用がある時点で怪しい。

 なのでこういうときは適当に誤魔化す!


「ふっ……そういうのは、聞いてはいけないんですよ」


「疚しいことだったのですね」


「あー、はい、そうですね。だって俺、死刑囚になっちゃうようなことやる人ですしね」


 諦めて軽く笑っておこう。エイダ教官の冷たい視線が痛いけど、気にしないよ!

 俺とエイダ教官の会話を聞いていたミリフィアの目まで鋭さを増した。正義感強い子だったね。でもそういう子は余計に闇街に行っては駄目だと思う。現実に打ちのめされるだろうから。それくらい、あの場所はヤバい。


「教官達はあそこに行ったことあるのか?」


 と、目を輝かせて質問したのはダリウス。いかにも、興味津々です、という顔で俺達を見ている。


「聞いたことだけあるんだ。王都に()()()()場所があるって。だから俺も行ってみたくて、ミリフィアを誘ったんだけど……」


 こいつが元凶か。なんてガキだよ。


「それも父親から聞いたんですか?」


「うん、そう」


 父親、子供に色んなこと吹き込みすぎ。もっと考えろよ。言っていいことと悪いことがあるだろ。せめてダリウスがもっと大きくなってから言えよ。この子の性格のことも考慮してさ。

 ソファに座って説教を受けていた2人の前に立ち、その顔色を窺ってみる。ミリフィアは相変わらず睨んできて、ダリウスは不思議そうな顔。

 どちらもそこそこ実力はあるのだろうが、ある決定的な1つが、2人を闇街に行かせてはいけない理由になる。


 エイダ教官から説教を受けつつも納得がいかないという表情をしていたので、絶対にあそこへ行かないよう、俺からも言っておくことにしよう。


「闇街って、楽しいことありませんよ?」


「えー……」


 不満の声を上げたのはダリウスで、ミリフィアは何も言わない。ただ反抗的に俺を見ているだけだ。


「2人共、人に襲われても平気ですか?」


「前に強盗捕まえたことある!」


 ダリウスは意外と逞しい子でした。じゃあ別の方向からいくか。


「捕まえた奴のことは、どうしました?」


「え? 気絶させて、衛兵に持ってった」


「それだと闇街では死ぬって言ったら?」


 え、と再びダリウスは声を漏らし、ミリフィアが顔をしかめた。

 そこまでは考えていなかった、って顔だな。

 はっきり言おう。2人のように、大切に育てられた奴にはきっちり教えておいた方がいい。


闇街(あそこ)は危険です。1度目をつけられたら死ぬまで追いかけてくるやつで溢れています。金目の物は奪われるし、身体だって狙われる。だから、ただ自分の身を守れるだけでは死にます。その時は無事でも、後になって必ず。だから闇街(あそこ)へ入れても生きられるようになるには、覚悟が必要になるんです。人を殺す覚悟が」


 俺はもう何人も殺してきた。数えきれないくらいの人を。闇街でも、そうでないところでも。――昨日だって。

 でもこの子達は違う。人を殺したことのない、命を奪う感覚を知ったことのない、純粋な子だ。


「君達は人を殺せますか? 自分に殺意と共に武器を向ける、悪人を」


 悪人であろうと、それは人間だ。


「自分を守るために、他者を殺せますか?」


 自分の命と引き換えにその命を奪い、人生を奪い、上へ上がっていけるのか。


「人を殺してまで生きたいと、人を殺してもなお、生きたいと思えますか?」


 そうでないと、いつかきっと狂ってしまうから。






「ノア教官。朝食まだですよね。食べてきてください」


 沈黙の落ちた部屋に、エイダ教官の有無を言わせない声が響いた。その意味を正しく理解し、俺は苦笑する。


「分かりました。では」


 嫌とは言わない。だって、言われてみたら腹が凄く減っていたから……。

 後は何とかしてくれるだろう。だから俺は気兼ねなく朝食を食べるのだ。







 ノアが出ていった部屋には、今一度沈黙が落ちていた。

 ダリウスは気まずそうに身動ぎし、ノアに言われた言葉について考えている。

 だがミリフィアは、不満そうに口を結んで膝の上に置いてある自分の手を見つめている。

 エイダはミリフィアのノア嫌いっぷりに苦笑いした。その気持ちは分からないでもない。だから注意こそしないが、あまり嫌いすぎてその言葉までも疑われるとエイダまで困る。


「ダリウス君、ミリフィアちゃん」


 呼ばれると同時に顔を上げ、エイダを見る。ミリフィアは小声で「ちゃ、ちゃん……」と呟いているが、幸いなのか生憎なのか、エイダの耳には届かなかった。

 エイダは真剣な眼差しで2人の顔を交互に見る。


「私は昨日、闇街に入っていくノア教官を偶然見かけ、そちらは危ないということを注意するために追いかけて、私も闇街に入りました。でも途中でノア教官を見失い、やっと見つけたと思って話しかけたら、知らない男性でした。そうしたら襲われました」


 最後の一言に2人の顔は強張り、エイダを心配するように見た。

 そんな2人にエイダは安心させるよう微笑みかけ、話を続ける。


「でも、ノア教官が助けてくれました。助けてくれたのに、怖くて、私は泣いてしまいましたけれど……」


 あの時は、本当にどうなることかと思ったのだ。怯えて魔法をまともに使えなくなり、体格の差で負けてしまって。

 ノアが現れてくれなければ、あの街で酷い目に合っていた。ノア本当に感謝している。


「それにですね、その後あの街でノア教官のご友人がその……大変なことになっていて、ノア教官はその人のことを躊躇いなく助けたのです。相手は大人数で、自分は首に剣を押しつけられて、危険な状況で……。でも、勝った。

 やり方は、とても酷いやり方でした。襲ってくる人を遠慮なく斬って、相手のボスを拷問まがいのことをしながら殺しました」


 ミリフィアが怒りのような、哀れみのような表情を浮かべた。きっとノアに対して怒り、ノアに殺された人物に対して哀れんでいるのだろう。

 エイダも、それを見た直後は同じような感情を抱いた。しかし今は違う。その時助けられた、ノアの友人であるダンズから話を聞いてからは。そして先程ノアがこの2人に語ったことを聞いて、余計に。

 ノアがダリウスとミリフィアに問いかけた先程の言葉は、エイダにとっても考えさせられるものだった。


「あの時は怖かった。何故相手を殺したのか分からなかった。でも、ノア教官が助けた、ダンズさんという人が、言ったのです。ノア教官に『殺すことはなかったのではないか』と尋ねた私に」


 すぅと息を吸い、ダンズが自分に言った言葉を復唱する。あの、静かに怒りの潜んでいたあの声をしっかりと思い出し。


「『あんた、甘やかされて育ってきただろ』と、まずは言われました。それに対して反発すると、彼は更に言いました。

 ――『甘やかされた奴には、俺達がどう生きてきたか理解できない。そういう人間は、『生きていくのに必要なことも分かっていない』ってヤツだよ。

 俺達はな、一歩間違った道に入っちまえば拐われて売られて奴隷になる危険が身近にありながら生きてきたんだよ。

 ノアとあんたがいたのは『闇街』っつって、犯罪に手を染める奴が大半の場所だった。そこで荒事が起きれば、『自分は強いから危険だ。手を出したら殺されるぞ』と示さなきゃならない。

 そこで、脅しだけして逃がすなんてやってみろ。後で必ず報復に合う。ああいう連中は執念深いから、どこまでも追いかけてくるんだ。

 だから実際に殺すしかないんだ。実力を示すために。ノアの様に、相手を苦しめた末に殺すしか、これから生きる手立てがない。殺らなきゃ殺られるから。

 『生きていくのに必要なことも分かっていない』ようなお嬢様が、俺達の生き方に難癖をつけるな。迷惑だ。

 それに、今回に限ってはノアを責めるのはお門違いだ。ノアは俺を助けるためにあんなことをやってくれたんだから。人助けをしたんだよ、謂わば。

 ノアだって好きで拷問紛いの殺しをした訳じゃない……。本当は、こいつが一番、人殺しを嫌っている。だから、ノアを責めるべきじゃない』――って」


 大体、こんな風だったはずだ。あの声音だけは再現できないが、言葉はほぼ合っていると思う。

 ダンズは静かに怒っていた。人を殺したノアのことを咎めたエイダに。本人はその感情に気づいていなかったかもしれないが。


「その人はノア教官の昔からの友人らしくて、とてもノア教官を大事に思っているようでした。だから闇街で助けてくれたことを感謝しているように見えました。けど、それと同時に、自分がいたから面倒ごとに首を突っ込んできたんだって、悔やんでいるようにも見えたのです」


 エイダが2人に言いたいのは2つ。1つは、闇街は危険なのだと、入ってはいけないのだということ。

 もう1つは、ノアを()()ではないのだということだ。確かに犯罪者ではあるが、()()()()()()ではない。もっと、人間性の部分だ。過ごした時間が短いため、まだまだ知らないところもたくさんあるのではあるけれど。

 ダリウスや他の生徒がとにかく、ミリフィアは反発心が強すぎる。反発心から、彼に言われたことと逆の行動を取ってしまう危険もある。

 そうなる前に、せめて心にある憎悪をなくす――とまではいかなくても、憎悪を小さくしてほしい。


()()()()()()()()()()()()()らしいノア教官が、ご友人のために首を突っ込むほど、()()()()()なのです。なので2人共、あそこへ行ってはいけませんよ?」


 最後にそう言って締めると、エイダはパンッと手を叩いて乾いた音を響かせ、にっこり笑った。


「では、皆さんのところへ戻りましょうか」


 説教はこれで終わりだと言外に告げ、余所を見ることなくエイダは他の生徒がいるリビングへ行った。

 残されたダリウスとミリフィアは互いに顔を見合わせ、どちらも相手がまだ不満な顔をしていると分かると、どちらともなく小さく噴き出した。


「……もうちょっと強くなったら行ってみよーぜ」


「そうね。もう少し強くなってから」


 それは、2人にとっての妥協案だった。


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