第50話 虚無の『ゼツボウ』
更新が……遅くなっております……。テストとか学校行事とかで、これからも遅くなってしまうでしょう……。
この作品を読んでくださっている方には、本当に、本当に、申し訳ございません!
───眠っていたのだろうか。いや、眠らされた?
気が付いて、目を開けると───真っ赤だった。
比喩じゃない。見えるものほとんどが真っ赤だったのだ。
「どういうことだよ、これ……?」
見渡す限りの赤、赤、赤。
赤が何から現れているのかと言えば、それは───
「は……? なん、で……」
───全て、人の死体から溢れ出ているのだ。
強烈な鉄の臭い。
視界に入り込んでくる深紅の色。
異常なまでの静けさ。
晴れていたはずの空には、今や分厚い雲が広がっていた。
死体は全て喉を掻き切られていた。喉の深い裂き傷が致命傷のようだ。
───致命傷が、喉に?
そうか、と思い出す。
あの少年の皮を被った化け物だ。あいつがここで死んでいる人全員を殺したのだ───。
でも、不可解だ。あいつは最後に、俺を殺すかのようなことを仄めかしていたのに……何故、俺以外を殺した!?
人が死んでいる。たくさん死んでいる。誰も、俺以外は生きていない。
思い出す。思い出してしまう。いや、思い出さなくても、俺は……!
この人生では人の死に深く関わってきた。関わらざるを得なかった。関わらなくてはならなかった。
死んだ人間を見てきた。俺も人を殺した。たくさん殺した。昨日も殺した。
なのに、なのに、まだ、『死』に慣れることができない。
死んだ人間を見れば怖くなる。
人を殺せば罪悪感に押し潰されそうになる。例え殺した相手が復讐すべき奴なのだとしても。
皆が幸せに生きてほしいなんて矛盾した、甘ったるい希望を持つ屑野郎だ、俺は。
『皆』を幸せになんか出来ないと知った俺は、せめて自分の大切な人だけでも守りたいと、そう願ったが……結果が3年前の、あれだ。
また、守れなかったのか? 守ると、そう言い切ったのに。
ブランシュ学園で知り合った者達の顔を思い浮かべ、俺は力の入らない足を前へ進めた。道に倒れる死体を見る度に速くなる鼓動を抑えながら、おぼつかない足取りで屋敷に向かった。
その場に血塗れの短剣を持った化け物は、いなかった。
───────
ギレンラ邸に入った瞬間、また1つ死体が俺の前に現れる。
綺麗な水色の髪は、喉から溢れ出たのであろう血液で赤黒く汚れている。自身の血の池に、身体は沈んでしまっていた。
「あ、ぁ……」
喉の奥からひきつった音が漏れた。掠れた、絶望の声。
震える指を彼女の首に添えるが、触れてもそれは冷たさしか伝えてくれなかった。
生きている人はいないのかと屋敷内をさ迷い、俺は1つ、また1つと死体を見つけていく。
屋敷で働いている使用人の女性数人と男性数人。
大声を出してレイシェイラに怖がられていたギレンラ家当主。
淑女然としていたのに、実は普通のおばちゃんみたいに気安く話す、ギレンラ夫人───リリシアさん。
クリフとレイシェイラも、宛がわれていた客室で見つかった。
クリフはレイシェイラを庇うかのような格好で死んでいた。
レイシェイラは仮面が取れ、泣きそうな顔で死んでいた。
あぁ、2人は襲撃にあったことが分かったんだろうな。
今まで見てきた死体は皆、穏やかな表情で死んでいたから……きっと、死因も知らずに死んだのだろう。恐怖も感じず死んだのだろう。
でもこの2人は、他の人と違って───。
「は、ぁっ……。うっ……」
長年の付き合いがあった友人2人の強張った顔を見ていると、吐き気が込み上げてきた。
「ん、ぐぅ……ッ」
まだ、駄目だ。早く、早く他も確認しなければ。
あと残っているのは……見ていないのは……生徒全員。6人だ。
情けないことに全身が震えている。そんな臆病な身体を引き摺って、希望を探す。
もともと男子達に与えられていた部屋を覗くと、ベッドの上に綺麗な姿勢なまま動かなくなったルツがいた。
表情は無い。顔だけ見れば生きているようにも見える。喉だけが傷つけられていた。
まだ……まだ、あと5人……!
誰か生きていてくれ、と誰にともなく囁きながら、次に向かった。
俺がいた客室の床は、既に赤黒く染まっていた。
リマとミリフィアが横たわるベッドはシーツの端から端まで深紅に染まっている。
ジルベルトが寝転がっているソファも、真っ赤だ。
床を染めるこれは、ダリウスとエレンのだった。
「……あ……はは、は……」
何だ、これ。
「ははは……」
何なんだよ、これは。
「はは……はぁ……」
何で、こんなことに……。
何で皆、死んでいるんだ? 人の声1つ聞こえてこないじゃないか……。
まるで、王都に生者が俺しかいないかのようだ……あれ?
「俺しか、いない……のか……?」
この街にいる人全員、殺された? 誰も彼も、皆?
城下町の人も、貴族も、王族も、俺の知り合いも?
今度は……今度は本当に、本当の本当に……?
「独り、に、なった……?」
王都だけじゃない。この被害がどこまで広がっているのか計り知れない。あの化け物なら、どこまでも人を殺しに行けそうだ。
どこまで殺している? この国の国民全員か? えぇ……?
「……どっちにしろ、もう、終わりだ」
守るべき者達を守れなかった。家族も、おそらく。
また、守れなかった……!
「う、おえ、ぇッ!」
先程抑え込んだモノが逆流してきて、今度は我慢もせず床にぶちまけた。
1度吐いても吐き気は収まらず、2度、3度と連続で吐き出してようやく胃の中身が無くなった。
中身が無くなっても未だ消えない嘔吐感に抵抗せずにいると、少量の胃液が垂れ流れた。
「はぁ……はぁ……ッ、おぇぇぇッ」
吐いても吐いても、気持ち悪くて仕方なかった。
数時間後。昼頃になって、俺は力の入らない身体でギレンラ邸を出た。
ギレンラ邸で死んでいた人達は全員、庭に埋めた。火葬も何もなく、埋めただけだ。
今日は俺の知り合いも死んでいるのか確認……いや、それは違うな。確認するまでもなく、死んでいるだろう。
この状況で誰か1人でも生きていると思えるほど、楽観的にもなれない。
今日は、俺の知り合いも埋葬するために動くんだ。
精力的に動いた。
見つけた知り合いを運び、土を掘り、埋めるの繰り返し。
気づけば太陽は沈んでおり、辺りは暗くなっていた。
「……あとは王城だけか」
心当たりのある場所は全て回った。魔法で土を掘れたので、こんなにたくさん動けたのかもしれない。
3年前まで普通に出入りしていた城門の前には、門番なのであろう男2人が倒れていた。当然、死んでいる。
門を潜ると、あちらこちらに花が咲いていた。色とりどりの、綺麗な花だ。
きっと王女───妹の趣味だろう。あの子は男勝りな性格をしているくせに、花とかふわふわしたものとかが好きだったから。
でも、あの子ももう……。
歩けば見つかる死体の数々。
王宮内で見つかった使用人や騎士や貴族も、死んでいた。その中に見知った顔が複数あり、中身もないくせに吐きたくなってくる。
精神的にボロボロになりながら、奥へ奥へと進んでいった。
最奥には王族の私室がある。
今では主のいない、俺の部屋だったそこに、2人はいた。
弟のレイモンドと妹のフランチェスカだ。
2人は談笑でもしていたのか、向かい合う形でソファに座っていた。───綺麗に座ったまま、喉を裂かれていた。
ソファに挟まれているテーブルには紅茶の入ったティーカップが2つ……まだたっぷり残った状態で置かれていた。
部屋に2人きりだ。紅茶が入れられたばかりだったのだとしたら、メイドがここにいないのだから妹が入れたのだろう。
それとも弟だろうか。器用なレイモンドなら紅茶を上手に入れられそうだ。
どっちにしても、3年前に出来なかったことをどちらかは出来るようになっていた。
「あぁ、大きくなったなぁ……」
レイモンドの身長は伸びたし、顔から幼さも抜けた。ちゃんと大人になって、国王として努力してきたのだ。
フランチェスカは少しは淑女らしくなったのだろうか。手に生傷の絶えなかったこの子は、今は生傷など見当たらない。成長してくれた……そう思う。まだまだ小さいけどな。
王族らしいキラキラした外見の2人の成長っぷりを目に焼き付け、2人共肩に担ぎ上げた。
部屋を出てからは、どこに埋めればいいかに思考を巡らせた。
王族なのだから専用の場所に埋めた方がいいかと考えたが、2人が気に入っていた場所があったことを思い出し、そこに埋めることにした。
向かった先は広い王都の中でも隅の隅。誰も立ち入らないような、深い森を進んだ向こうだ。
かろうじてある獣道を、草木が2人を傷付けないようゆっくり歩む。
森に入って20分程で、その場所には着いた。
下には花。花の上には大きな青い空が広がる、王都で唯一の、自然しか見えない場所。
ここは何年も前、俺達兄弟が探検に来たとき発見した、他に誰も来ないところだ。
森の奥に入れば入るほど危険なので、魔法か剣の実力がある者しか入れないのだ。
綺麗なこの場所で、俺は2人の墓を作った。
もう俺には、これくらいのことしかできないのだ───。
王都の外のことを知るため、俺は墓を作ってすぐに立ち上がった。
例えまた絶望を味わうことになろうが、希望を捨てたくない。誰か、知り合いじゃなくてもいい。誰かに生きていてほしい。
ポケットから取り出したのは、クソ神から拝借した転移用の道具。使うと気持ち悪くなる、あの金色の光を放つ球体だ。
全体的にボロボロな今の状態でこんなものを使いたくないが、背に腹は代えられない。
球体に魔力を込め、小さく呟いた。
「───『マレディオーネ監獄の長官室』へ」
───俺の人生で、もしかすると一番世話になったかもしれない人物のところへ。
────────
「───がふッ!」
転移の反動で襲ってきた不快な感覚に耐えきれず、崩れ落ちた。
床に手を着いて肩で息をしていると、前方から声が聞こえた。───勿論、俺以外の、声だ。
「ノア!? どうした、何があったのだ!」
「ははは……。生きてたよ……。さっすが長官……」
「何を言っている!? ほら、座れ!」
「おじいちゃん逞しー」
アルドヘルム・エイリング───この監獄の長官であるじじいは俺を担ぎ上げてソファに座らせた。
俺は自分以外に生きている人間がいたことによる安心感で、身体の全ての力が抜けてしまい、ソファに思いきりもたれ掛かった。
「……それで、何があったのだ? お前、酷い顔ではないか。髪はいつも以上にボサボサ、泣いたのか目は真っ赤で、顔色は真っ青だしそこらじゅうが汚れているぞ」
言われたので自分の惨状を見下ろしてみると、確かに全身が薄汚れていた。顔は見ることができないので、分からないが。
長官は悲痛な表情で俺を見つめている。俺がこんな有り様だから心配してくれているのだろうか。
とにかく……長官の言った通り、現状を話さなければならない。王都で起こったあの出来事を。
「長官、実は王都で───」
説明をしようとしたその時だった。
視界の端で金属の輝きが見えたのは。
「ぅ……るぁぁッ!」
長官の喉に迫り来ていた短剣を、魔法で氷の剣を作り跳ね返す。
長官を後ろに庇い、どこにいるか見えないあの化け物を探した。
「ノア!?」
「王都で大量虐殺が起こりました! 犯人は、今───」
長官を襲おうとした短剣の持ち主です。と、そう言おうとした。
けれど、後ろから何か温かい液体が首にかかってきたので、口が止まってしまう。
まさか。まさか……だろ? だって、後ろに、庇って……。
振り返ると、ちょうど長官が後ろに倒れ込むところだった。その喉は、パッカリと綺麗に割れている。
「ぁ……」
溢れ出る血を止めようと傍にしゃがんで首に手を当てたが……もう、死んでいた。
アルドヘルム・エイリングはぴくりとももう、動かない。
「ぅ、あぁ……」
「あはははははっ! ちょっと時間かかっちゃったかなぁ。おいしかったけど。でもまだ足りないかなぁ……」
背後からの笑い声に反応することもせず、俺はただ項垂れた。
もう嫌だ。守れなかった。今度は、一緒にいたのに。誰も守れなかった。圧倒的な力に、勝てなかった。
「まだまだオイシイの食べたいなー。だからもうちょっと協力してー、おにーさん」
そう最後に聞いて、俺の視界がぐるんと回った。見えたのは自分の膝。
首を落とされたのだと認識するだとか、痛みを感じたりだとかする前に、意識は消え失せた。
『さぁさぁ、お次のゼツボウに行ってみよー!』




