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第49話 正体不明の存在


「エレン君や、君は長官……いえ、学園に1度来やがった老人に槍を教わったと言っていましたよね?」


「来やがったって……。はい、そうです。10年くらい前から……。俺が10歳になってからは、毎日いじめられてました」


「わぉ、毎日なんて、じじいったら大人げない」


「早朝のトレーニングにも付き合わされるんで、今ではあのじいさんの1日の予定まで分かりますよ……」


 げんなりした様子のエレンが面白くて、俺は笑った。あんなじじいの1日のスケジュールが分かっても嬉しくないよなぁ、うんうん。どうせなら美少女のスケジュールを知りたいものだ。


 午前6時、俺は宛がわれた客室で、1人起きていたエレンと世間話をしている。

 レイシェイラは二度寝をするため、あの部屋でベッドに潜り込んでしまった。暇になった俺が部屋に戻ると何本ものワインの空き瓶を見て目をぱちくりさせているエレンがいたので、そのままトークタイムに入ったのだ。


「……おや、ダリウス君も目が覚めたようですね」


 ダリウスは上体を起き上がらせ、俺とエレンをぼんやりした眼で見ていた。

 そして暫く寝惚けていたと思うと、よろめきながらベッドから下りて歩き出した。

 あっちへふらふら、こっちへふらふらと、かなり危なっかしい。見ているこっちが不安になる。


 ふらふらしているダリウスが部屋を出て数十秒後、『ダンッ!』と大きい音と共に僅かな衝撃が部屋の向こうから伝わってきた。


「「……」」


 エレンと顔を見合わせ、互いに苦笑した。

 何があった、ダリウス。すっ転んだのか?


 面倒だと思いながらもダリウスの様子を見に廊下へ出て、その姿を探した。

 転んだなら目に見える範囲にいるはずだが、廊下を見渡す限りどこにもいない。


「まったく、窓に頭突っ込んでそのまま落ちた、なんてのじゃありませんよね?」


 念のため窓を見るが、開いているのは1枚もないため、落ちたわけではないだろうと流石に思い直した。

 そこまでアホじゃないはずだ、あの子は。……アホじゃないと信じたい。


 2階の廊下にはやはりいないので、まさか1階なのだろうかと階段を下り───


「あ、落ちたのか」


 その一番下で間抜けにも口を開けて仰向けで倒れているダリウスを見つけた。

 怪我でもしているのかと見てみれば、寝言を呟いているので単に眠っているだけだと分かり気が抜ける。

 なんてお決まりな寝惚け方をするんだ、こいつは……。


「放置しちゃあ、駄目だよなぁ。俺も眠くてふらふらなんだが……」


 仕方ない。担いで部屋に連れ戻そう。

 肩に乗せようと屈んだところで微かに誰かの悲鳴が聞こえ、まさか生徒の声じゃないだろうなと続いて聞こえる声に耳を澄ました。

 生徒だとしたら何だろう。ただのふざけあいで出た声だったら俺はさっさと退散したい。

 しかしその声は思ったより悲痛な響きを持っており、しかも聞き捨てならないことを言っていた。


『───子爵と───全員が殺され───』


 よく聞き取れないが、恐らくミハイル・ロマノフ子爵が殺されたことに関する話題なのだろう。

 それはいい。俺も分かっているのだから。

 問題はその後に聞こえた『全員』という単語だ。

 俺が殺したのはミハイル・ロマノフとその従者アーロン・エージーの2人だけだ。

 他にいったい、誰が殺されていた?


 ダリウスのことは放っておき、俺は声の元に急いだ。

 話を聞きたい。何があったのか。声が何故こんな悲痛な色で塗られているのか。


 声の主がいると思われる部屋のドアは半開きになっており、中からは女性の泣く声とそれを宥める大きな男性の声───ギレンラ家当主の声と、もう1人の若い男の声が漏れていた。

 盗み聞きは良くないと理解しつつ、俺はドアの側の壁に身を寄り掛からせて目を閉じる。


「どうして……っ! 誰が、そんな……!」


「リリシア……」


「犯人は分かっていません。目的も……」


「マーサ、マーサぁ……!」


 『マーサ』と呼ぶ声は女性───『リリシア』と呼ばれた人物のものだ。それはエイダ教官の母であった。

 これほど取り乱す声を聞いてしまって罪悪感が募るが、今は情報が重要だ。


「知っている情報は?」


 若い男の声はギレンラ家当主の男性に説明を始めた。


「ミハイル・ロマノフ子爵の屋敷にいた者全員の惨殺、中でも子爵自身は何度もいたぶられたような痕がありました。子爵の従者はまるで内側から爆発したかのような惨状……使用人は全員、喉を掻き切られていました。

 発見時、使用人らはまだ出血の止まらない者もいたらしく……殺されて間もないようで、犯人がまだ近くにいるかもしれない、と」


 説明ご苦労様です。

 それから『マーサ』という人物がエイダ教官の母───リリシアさんの従姉妹であることや、若い男が騎士団の一員で『マーサ』やリリシアさんと仲が良いのでその死を伝えに来たなどが耳に入ってきたが、俺は右から左にスルーしていた。


 ロマノフ子爵の使用人全員の惨殺。犯人はまだ近くにいるかもしれない。

 ならば、行かなくては。

 子爵を殺したのが俺なので関係あるからとか、エイダ教官の母の親しい人物が死んだから犯人を捕まえるとかじゃない。

 ただ、『行かなくては』と思った。何故なのかは分からない。

 この出来事に対して胸騒ぎがすると同時に、何かを確かめたいと思った。

 どんな理屈だ、と鼻で笑いたい。こんなの本能で動いているようなものだ。まったく。獣か、俺は。


 謎の焦燥感に駆られながら、俺は昨日お邪魔した屋敷に駆け足で向かった。













 まだ朝は早い。だが朝早くから人は活動を始めるものだ。

 珍しい出来事があると野次馬になるのも、人間共通の特徴だろう。


 なので、ミハイル・ロマノフの屋敷の周りには一般の大衆が何だ何だと集まっていた。

 彼らがあまりに屋敷に近づかないようにしているのは国の騎士か。

 どちらにせよ、屋敷には入れない。だが入れなくてもいい。そんなの、問題ではない。


 注目すべきは、俺の目線の先にいる、()()()()だ。

 ()()の外見は小さな少年だ。ただのボロ衣に成り果てた服を身に纏い、その上に穴だらけのローブを羽織っている、スラム街にでも行けばどこにでもいるような少年。

 しかし()()には、ただの貧乏な少年と思わせてくれないような雰囲気があった。禍々しく、おぞましい、恐怖せずにはいられないような、圧倒的な存在感。

 雰囲気を読めなくても、()()が異質な存在だと分かる者はいる筈だ。

 何故なら、()()の右手には血塗れになった短剣があり、()()の顔にも全身にも、返り血と見受けられる赤がついているのだから。


 そんな異質な存在に、俺以外の誰も気付いた素振りを見せない。屋敷から少し離れた場所ではあるが、これほど悪目立ちする格好であるというのに。

 俺にしか見えていないのか? だとしたら、何故。

 ……分からないことを悩んでも仕方ない。今は取り敢えず───


「捕縛、だな。殺しても問題なさそうだ」


 ───感じたことのない存在に、ミハイル・ロマノフを痛めつけた時以上の力を以て魔法をかける。

 思い浮かべたのは、氷により奴を閉じ込めその中で雷を落として戦闘不能に───否、殺す。

 殺さなければならないと思ってしまうほどに、その存在が恐怖なのだと分かってもらいたいものだ。


 無言で、指も振らずに魔法を行使した。予兆なんか見せなかった。

 だが───弾かれた。

 俺が放った魔法を、()()はこちらを見て笑いながら『シッシッ』と手を払う仕草をして、弾いたのだ。


「クソッ……!」


 魔法が効かないなら、接近戦はどうだ……!?

 空間魔法を使ってそこから愛用の刀を取り出し一気に駆けていって()()の左肩から右の腹まで斬る───筈だった。


「あはっ」


 最高の速さで斬りかかった。なのに、小さく笑われ、避けられた。

 衝撃を受けている暇はない。これくらいなら今までにもあった。重要なのは、次へ次へと重ねる攻撃だ。


「シィィッ!」


 鋭く気合いを入れて刀を振るう。たぶん、ここ数年の間では一番のキレだっただろう。

 だが相手は刀を受けてなどくれず、たまにくすくす笑いながら全てを避けた。

 俺は最終的に全出力を以て───魔法で撹乱や動く先に罠を仕掛けたり妨害したりしながら自身も動いたが、全てを化け物じみた速さと動きで避けられる、避けられる、避けられる───。

 俺に敵う相手ではない。そう思い知った。敵うわけがない。こんなモノに、敵うわけが……。


「……飽きたー」


 どこまでも純粋で無邪気な響きのそれが鼓膜を震わせた瞬間、バックステップで思いきり下がる。

 ひゅんっという乾いた音と共に先程まで俺の喉があった空間を血塗れの短剣が通り過ぎた。


「喉、ね。じゃあこいつがあの屋敷の使用人を殺した犯人、か……」


 相手の反撃に、若い男が言っていた『使用人は全員、喉を掻き切られていました』という発言を思い出した。

 こいつは喉を狙いたがる癖があるようだ。


 警戒して()()と距離を置く。するとこちらを観察していた()()は首を傾げ、小さい子供特有の高い声を出す。


「ねー、おにーさん。何でぼくのこと見えるのー? 見えないようにしているのにー。他のニンゲンには見えてないのにー。どしてー?」


「何で見えるか……? そんなん、俺の方が知りたいんですけど……」


 落ち着いて向かい合うことで、相手の姿を再確認した。

 まず、髪は茶髪。目は、赤だ。

 ───赤? この国の王族も目の色は赤だが、確か他にも赤だと決定している何かがあったような……。


 思い出す前に、また目の前の存在が話しかけてきた。


「あ、そっかー。おにーさん、けーやくしゃなんだ! だからぼくのこと見えるんだねー。じゃー、オイシイ『ゼツボウ』を味あわせてくれるかなぁ」


「……何を言ってるのか、説明してほしいんですけど」


「んー、ぼくね、お腹減ってるんだ! そこのニンゲンを食べたんだけど、やっぱりカンジョウがないとダメだなーって。スパイス、ってやつ? が、欲しいの!」


 『そこの』と言った時、()()は子爵の屋敷を指差した。

 やはり、こいつが犯人だったのか。

 人間を食べただの感情がスパイスかのような言い方だの、まったくもって不気味だ。

 出来ることなら捕縛して兵に突き出したいものだが、捕縛より簡単な筈の殺しもできないのだ。手出しができない……。

 どうするよ、俺? いっそのことここら辺一帯を凍らせる覚悟で魔法を使うか?

 いやいや、そんな被害が出るようなことは元王子として許せない。国民を困らせてどうするんだ。

 だがこいつを野放しにしておく方が余程危険だ。

 どうする、どうする、どうする──! 感じたことのない存在感に対しての最善の方法とは、何だ……!?


「おにーさん?」


 呼び掛けられて思い直した。何も、暴力的な手段で解決できるとは限らない。こいつは一応、話ができるのだから。

 会話に乗ってくれるかは不明だが、今は賭けてみるしかない。


「……貴方の目的を聞いてもいいですか?」


「ふぇ? ぼく、お腹いっぱいでいたいだけだよ?」


「どういう食事なんですか?」


「……? オイシイのはね、『タマシイ』と『カンジョウ』だよ! 『カンジョウ』は『ゼツボウ』が一番だよ!」


 成る程。人間じゃないな。さっき『化け物じみた』って思ったけど、違うわ。こいつは『化け物』だ。

 俺の予想では、こいつは人間を殺して魂を喰うのだと見た。そして同時に感情も味わうのだろう。だが今回の襲撃では使用人は眠っていたので感情は喰えなかった、と。

 にこにこと笑う()()に吐き気を覚えつつ、会話に応じてくれてホッとしてもいる。

 言質だけじゃ頼りないが、今はそれしか手がない。どうにか王都から追っ払うまでだ。


「……もう、お腹はいっぱいになりましたか?」


「んー、まだー」


 おいおい、それじゃあまだ人を殺すってか? 冗談じゃないぞ、まったく。

 人を殺されたら大問題だ……。どうしたら止められるんだ? 歯が立たないのに? あ、八方塞がりか、これ?


「カンジョウが食べたいなー。食べれてないんだもん。あっ、そーだおにーさん。おにーさんが食べさせてくれればいーんだよ! おにーさんのなら、けーやくしゃだし、オイシイ『ゼツボウ』を覚えてるでしょ?」


「……ん? はぁ?」


 つまり、俺の感情を喰うの? ってことは、俺を殺すの?

 ───ぞわっとした。死んだことは1度だけあるが、到底安らかな死に方ではなかった。あの時のことを思い出すと今でも胃の中の物を吐き出したくなる……。

 死ねない。まだ死ねない。死んではいけない。復讐を達成するまで、俺は死ねないのだ。それに、今は生徒達(あいつら)もいるから……死ねないんだよ!


 もういい。周りの建物を倒壊させても何でも、こいつを動けなくするのが最も重要だ。

 寝不足で頭がグラグラして今にもぶっ倒れたいと思っている今日この頃だけど、今は『倒れる』が『死ぬ』と同じ意味だ。

 頭の中で数々の魔法を創造し、魔力を込め、具現化させる。ここまで、自分が『はぁ?』という間抜けな声を出してから1秒も経っていないだろう。

 建物は倒壊してもいいが人の命まで壊しては後々罪悪感で死にたくなるので、周りの人間は出来うる範囲で守護。目の前の存在には、闇魔法で精神を汚染させながらも氷で体を串刺しにして、雷で自分が死ぬ一歩手前までの出力で黒焦げにさせる。

 ここまでやられれば死ぬ───だが、発動できなければ、意味はないのだ。

 そう、具現化させた筈の魔力がない。否、そもそも魔力が出てこない。


「魔法が……! 出ない……! 封じられた……!?」


 魔法が発動できなくなった。何故だ。何故何故何故何故何故何故!?

 魔法を封じる方法ならある。だが俺が知るそれはこんな、何の予兆もなくは出来ないものだった。

 得体の知れない()()は、ただただ無邪気にはしゃいでいる。


「あははっ。さすがけーやくしゃ! あれぇ? でも力を使えてないの? それに……まだ、カンゼンじゃないかなぁ」


「何を……! 契約者だぁ? 完全じゃないとか、どういう意味だ!?」


「あははははははっ! おにーさんのカンジョウ、イッタダッキマーッス!」


 しまった。魔法を封じられてアホみたいに取り乱してしまった。たかが……たかがと言えないくらいに努力して身につけた力だが、今はもっとやるべきことがあったのに。

 こちらに手を伸ばした()()に刀を向けるが、すぐにぐにゃりと視界が歪んで───真っ暗になった。


 最後に見えたのは、少年の皮を被った化け物の、爛々と輝く血のような赤い瞳だった。


 書けました! テスト期間中に書いた私は偉くないですね! テスト終わるまで書けないと思うので、次話も少々お待ちしていただきたく……。来月になればいける気がします!

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