第48話 おふざけ
遅くなって、本当の、本当に、本気で申し訳ございませんッッッ!!
ぼんやりと過去の出来事に思いを馳せながら、数本目かのワインを開ける。
そんな不毛な時間をのんびり過ごし、気づけばレイシェイラは寝返りをしたことで床に落ちており、時計の針は午前5時を指していた。
「嵐もそろそろ通り過ぎたかなっと」
窓を開けて外に腕を出すと、たまにぽつぽつと雨粒が当たる程度だ。あと数十分かそこらで止むだろう。
この様子じゃ雷はもう鳴っていないか。もう闇魔法を解いても問題ないな。
「『解呪』」
そう小さく呟いただけで魔法は解かれる。
はぁ……。しっかしあれだな、やっぱり寝不足は良くないな。ここ3年間食っちゃ寝生活だったから、しばらくぶりの寝不足はかなり堪える。
歩けば足はふらつくし、頭はくらくらする。ぶっ倒れそう……。立っていると危険だな。ソファに座ろう。
今から1時間だけでも寝ておくか? いや、またあの夢を見る可能性がたか……くねぇよ! 別にあんな夢怖くねぇもん!
怖いんじゃなくて、あれだし、夢見ると逆にもっと疲れちゃうからだし!?
「ぅ……」
「うおっ?」
小さい呻き声が聞こえ、そちらに首を向けた。どうやらリマが寝惚けているらしく、薄く目を開けてこちらを見ていた。
「ぱぱ……?」
ぱ、ぱぱ……?
そういえばシエラも、何度か俺をそう呼んでくれたことがあった……。もっと呼ばれたかったなぁ……。
泣けてくるよ、本当に。あ、やべ、涙が。
滲んでしまった涙を誤魔化すために欠伸をしていると、リマの意識が覚醒したらしく、顔を赤くして勢いよく身を起こした。
「え、あっ!? 教官……!?」
「はいはいどーも、教官でーす。他の人が寝てるので声を抑えてくれるとありがたいんですが?」
「す、すみません……」
そんな申し訳なさそうにしなくていいけどね? 皆さんぐっすりしてるからそこまで問題もないし。……だったら注意するなってな。
起き上がったリマは二度寝する気配もなく、俺がワインを飲むのを眠そうな表情で見つめている。
眠いなら寝ればいいのに。俺みたいに嫌な夢でも見たならまだしも。
「もう一眠り、しないんですか?」
「え、っと、その……1度起きると、あの……」
眠ろうとしても眠れないタイプか。大人になるとその能力は貴重だが……子供のうちはなぁ。
眠たそうに目をしょぼしょぼさせながらも、いざ眠ろうと目を閉じるリマ。しかし寝つけていないのは、時折もぞもぞ動いているのでよく分かる。
決して睡眠を多くとった訳でもないのにこれは気の毒だ。今まではどうしてきたんだか。
「……リマさん」
「ひゃいぃっ」
そんな怖がらなくても……。それも無理な話か。だって俺、死刑囚。人殺し。
もっとも、『勇者』になるならば自身も人殺しになる覚悟が必要になるのだろうが……。授業でこれ、言わないといけないんだろうな。
俺はぐらつく視界に耐え、リマとミリフィアが横になっているベッドに近寄った。その際リマが怖がって身を縮めたが、気にしない。
……7時に起きられればいいかな?
「ちょっと強制的になりますが、寝かしつかせましょうか? 単に、魔法をかけるだけですが」
「魔法……」
「えぇ。闇魔法なら相手を眠らせるくらいおちゃのこさいさいで……」
「知ってます……」
「左様で」
闇と対極な光魔法を使えるリマなら常識の範囲内だろう。
そして、闇魔法がどんな働きを持つか分かる光魔法の使い手なら、自分に闇魔法をかけられると聞いて怯えるのも無理のない話で。
光魔法は祝福を手向ける類いの魔法だが、闇はその反対───呪いをかけるものだからな。
そもそも闇魔法で眠らせる=悪夢を見させるというのが一般での常識だ。
「……心配せずとも、眠らせるだけですよ。悪夢は見ません……というか、悪夢を見させるような魔法はかけません」
自分で勝手に見るぶんには別だ。
ちなみに光魔法なら悪夢ではなく幸せな夢を見させることができる。
不安そうでも抵抗はしないので、俺はリマの頭に手をかざし、撫でる仕草をした。それだけで小さな少女は眠りの中だ。
……怖がってるけど、嫌われていないように感じた。よくは分からないが。
───子爵を殺したときの証拠品は、全て袋に入れてここに持ち込み、レイシェイラに燃やしてもらった。証拠隠滅だ。
この屋敷に窓から入ってきたのは、そういった証拠品を見られるわけにいかなかったからという理由があった。
いやはや、明かりのついていた部屋が男子組の部屋で良かった、良かった!
燃やしてもらった時、レイシェイラはクリフが護衛完了の報告をしてどこかへ行ってしまったと言って、むくれていた。
愚痴を聞かせられる俺の身にもなって、クリフよ、構ってやってくれ……!
「アァァァァディィィィィィニィィィィィスゥゥゥゥゥゥ」
「……噂、してないぞ。ちょっと考えてただけだぞ!」
いきなり名前を呼ばれて驚いた。そりゃ、床からしゃがれた女の声が聞こえたら、誰だって驚く。
座って酒盛りを再開していた俺の膝に登ってきたレイシェイラは、俺が持っていたグラスを奪い取って中身を飲み干した。
「あ」
「……ぷはっ。あまりいい酒じゃないな、これ!」
「だったら飲むんじゃねぇ!」
飲み干したと思ったら、中身を足してまた飲んでいるのだから酷いものだ。俺のなのに!
ごくごくと、寝起きの癖に勢いよくワインを飲み下すレイシェイラに文句を言うが、内心少しほっとしていた。
喋る相手がいれば、眠気を誤魔化せるからだ。
「ったく、元気になるとこれだよ。さっきまでの女々しさはどこいった?」
「雷雲と一緒に飛んでいった。アディニスこそ、ひっどい顔してどうしたんだ? 地獄の呪縛から逃れようと頑張っている悪霊みたいだ。実はもう死んでるんだろ」
「色々酷すぎないか、それ。私はこの通りぴんぴんしているのに。足もあるだろう?」
「悪霊に足がないなんて、誰が決めた? ないって言い張るなら証拠を見せろ」
「そこまで拘ってないのだが……」
「……なぁ、アディニス。君って口調が色々混ざってるよな。統一できないのか?」
「お前を見てると混ざっちゃうんだよ!」
『アディニス』と『ノア』の時で、対応する相手はそれぞれ決まっていたから、相手によって混ざってしまうのだ。無意識に。
レイシェイラには『アディニス』として接していたが今の俺は『ノア』であってだな……。
「そんなことはどうでもいいや。アディニス、君に渡したい物があるのを忘れていた。ボクの部屋まで来い」
「渡したい物? お前が言うと不気味な物にしか思えないんだが……」
「君はボクのことどう思ってるんだよ!?」
仮面で顔を隠している、万年反抗期の、ツンデレを拗らせた変態……?
ぎゃあぎゃあと喚きたてるレイシェイラを宥めながら、俺達はレイシェイラが『ボクの部屋』と称したこの家の客室に移動した。
レイシェイラに宛がわれた客室のテーブルには、何かを隠しているのか、小さいカバーが掛けられていた。これは俺が証拠品を燃やしてもらおうと訪れたときと同じだ。
レイシェイラはそのカバーを丁寧に持ち上げ、その中身を明かした。
「……ほう」
「『ちょちょいっと仮面を作ってくれるだけでいいから、最初は』と君は言ったな。だからボクは作ったよ、3年前と同じようにな。これが君の復讐に役立つなら、いくらでも作る。協力だって惜しまない。勿論、出来ないこともあるけど」
現れたそれは、1つの仮面だ。真っ白な、何の飾りもない仮面。
王子として動くときは必ず仮面を着けて素顔を隠していた。その仮面の製作者は、他でもない、このレイシェイラだ。
材料など詳しいことは知らないが、こいつの作った仮面は顔によくフィットするし、ちょっとやそっとでは取れない。
「じゃあ、ちょっと拝借」
一言断ってから仮面を手に取り、顔に着ける。すると以前と同じようにそれは顔に馴染み───
「今更ながら、仮面が顔に馴染むって気持ち悪いな」
「いらないなら返せ!」
「いらないとは言ってないだろ!? 折角、時間もないのにこんな丁寧に作ってくれたんだし……」
「ハッ! そうだよ、もっと感謝したらどうなんだ、ええ?」
「上から目線やめろい」
わざわざ靴を脱いでベッドに登るな。そんな鼻高々するな。流石にムカつくぞ?
「ふっ……ボクぁ自分の才能が怖いね。おかげで人間と関わらざるを得なくなってしまったが」
「はいはい、気取るのはいいから、ベッドに登るんじゃありません。ベッドとは寝っ転がりながらお菓子食うためにあるんだから」
「それも違うよな!? 寝るためにあるって言えよ!?」
「はぁ? んなまともなこと言うわけないだろ? 俺を誰だと思ってるんだお前?」
「世界一のアホ王子だよ!」
「何だとコラ!」
───なんて、くだらない言い争いをしながら俺達は朝を迎えた。
レイシェイラと枕を投げ合って戯れていた俺はこれから改めて知ることになる。
世界にはいつだって理不尽な出来事が起きるのだということを。
考えていたプロットがへんてこになって、着地をどうしようと悩んだ結果、『そうだ、賑やかし担当(?)のこいつがいた!』ということでレイシェイラカモンしました。
無理矢理感があってすみません。次回はちゃんと話進みます。。




