第47話 夕立の夜
ちょっと遅れました、申し訳ありません! ノア目線です!
そこは戦場だった。
人は人とぶつかり合い、命を散らし合った。
兵に駆り出された人間は捨て身で敵に向かい、そして壊れていく。
血みどろで、生者なんてすぐいなくなって、ただの肉の塊が増えて。
生者は自分を見失ってただ戦うのみ。それは俺だって同じで。
向かってくる者は殺して、俺からも敵に向かい、殺して、殺して、殺して、殺して────。
『貴方が殺したんでしょう!? 貴方があの子を殺したのよォオオオオッ!!』
『おい、その女を取り押さえろ! 殿下に近づけるな!』
『殺してやる! 私が貴方をッ! 貴方をッ!!』
『殿下、お下がりください!』
『アアアァァァアアアァァッ!!』
『殿下────!』
痛い。痛い。痛い。
刺された脇腹から命が流れていくのを感じる。
きっとこれは天罰なんだろう。自分の勝手で人をたくさん殺したのだから。
俺の足を絡め取り、引きずり下ろそうとするこの手達はきっと、俺が殺した死者の手だ。
でも、俺はまだ死ねないんだ。目的を達成するまで、まだ……!
死者達の手によって真っ暗なそこに引きずり込まれそうになる。抵抗しても抵抗しても、上には上がれず、次第に呼吸すらできなくなっていく────。
────────
「……暑苦しい」
久々にあの夢を見てしまった。駄目だねー、人を殺すと。高確率であの嫌な夢を見てしまう。
そして……このだらだらと流れる嫌な汗の原因は、夢の他にもう1つある。
これは単純に暑いため。暑苦しいのはこのためだ。それ以外に考えられない。
「レイシェイラ……何故私に抱き着いて寝ているのだ……」
俺に腕を巻き付けてすうすうと心地良さそうに眠っているこの仮面女───今は仮面をしていない───は、静かな寝息を返すだけだ。
体に絡められた腕を外そうと動けば、こいつの腕はキツく締め付けてくる。……こういうのはクリフにやってやれよ。
「離れろ……普通の男ならお前、襲われているぞ……。私だからよかったものを……。あぁ、私だから抱き着いているのか……?」
時計を見ればまだ1時過ぎだ。1時間しか眠れていないなんて、通りで疲労感が取れていないわけだよ。
今の体勢だとレイシェイラの顔の半分が見えない。隠れているのは火傷を負っている半面だけなので、俺からはただの絶世の美女が抱き着いているように見えるのだ。
本当に、俺じゃなければ襲ってるよ。反対に、俺はこいつを襲わない。エル一筋ですから!
さて……あの夢を見た後はどうにも寝るのがこわ……いや、違う。怖くなんかない。ただ酒が飲みたくなるだけだ。
酒だ酒。飲んでしまえ。買ったじゃないか、こっちに来てから何本か。
数分後。俺はレイシェイラの腕からどうにか脱け出して酒瓶を開けていた。そんな高くもない、普通のワインだ。
膝にはレイシェイラが突っ伏す形でしがみついているが、もう気にしない。結果的に膝枕している格好なのだが、気にしない……。
俺が腕から脱け出した瞬間に鳴った雷の音にビビって起きたこいつが俺にずっと抱き着いていることなんか、どうでもいいのだ。
こいつが顔半分に火傷を負った日は雷の鳴り響く日だったらしく、雷はそれ以来苦手になったらしい。
本当に苦手なのか今は疑ってしまっているが。だってこいつ、俺に膝枕させてすぐに眠り始めたんだもん。
ワインをグラスに注いでは魔法で氷を作り、表面に浮かべ、味わいながら飲む。
次第に眠気が酩酊する感覚と共に襲ってくるが、溜め息を吐きながらそれに抵抗する。
ぼんやりとしながら、時たま聞こえてくる雷の音に耳を傾け、またグラスも傾ける。
────ロマノフの死体は、朝見つかるだろうか。俺が数時間前に殺した、3年前宰相派に属していたあの子爵は。
使用人は屋敷から出さない限り目覚めることはない。闇魔法とは本当に便利なものだ。
死体が発見された時、きっと騒がれるだろうな。あれだけ派手に殺したのだ、きっと細かく調査もされる。
調査されても俺だと分かることはないと自信はある。……例え犯人が俺だと知られても、俺は何も気にしないが。
また捕らえられたとしても、そこがマレディオーネ監獄であれば長官のじじいが協力してくれるだろうし、違う監獄では俺をそこに留めておけない。魔法で脱獄するなど、容易いのだから。
また、復讐が開始されるだけだ。
だが────。
俺は、まだろくに知り合ってもいない6人の少年少女を思い浮かべる。
捕まってしまったら、もう教官はできないだろうか……。そこんところは、クソ神が頑張ってくれちゃうのだろうか。
教官でなくなることなどどうでもいいが、宿舎で寝泊まりできなくなるのは惜しいな。クソ神が守護しているあの学園だからこそ安心できる部分というのもある。
いや……そうじゃないのか? 何気に、あの生徒達に愛着でも湧いてしまっている気がする。
そんなまさか……。俺ってば、どれだけ甘ったれてるんだよ……。愛着なんぞ要らないものじゃないか。
もう一度、先程よりずっと深く溜め息を吐いたその時、今までで一番大きく雷の音が鳴り響いた。思わず鳥肌が立ってしまったほどだ。
そしてその雷の音が聞こえて数十秒後のことだ。
バタバタバタと複数人の足音が近づいてきたのは。夜中なのに随分とお元気なご様子で。
若い少年少女の声も聞こえるので、足音の主が誰かなんて分かりきっている。
バタンッ! と大きな音を立てて部屋のドアが開かれ、我が生徒達がなだれ込んできた。
彼らは最初こそ怖がるようにブルブル震えていたが、俺の姿を見るとピクリとも動かなくなった。
いや……俺じゃないな。視線は俺の膝……つまりレイシェイラに向かっている。
あ。
男が女に膝枕しているとしたら、そういう関係をまず思い浮かべるだろう。……弁解しよう。
「これはその」
「「「「失礼しましたー!」」」」
「失礼してません……勘違いしないでください」
綺麗にお辞儀して去ろうとした生徒達に口元をひくつかせた。こういうときは息ぴったりなんだな、お前ら。
来たのは5人か。ルツがいない。仲間はずれとかじゃないだろうな?
ジルベルトは眠そうに欠伸しながらも俺を睨み付けているが、それ以外は皆雷の音が鳴る度に怯えている。
つまりは、雷が怖いやつらがジルベルトを巻き込んで俺のところに来たわけか。
何故俺のところに来たのか不思議だが。男3人はともかく、リマとミリフィアはエイダ教官のところの方がいいだろうに。性別的に。
「その、教官、お楽しみだったなら、俺達すぐ出ていきますんで……」
エレンが1歩前に出て申し訳なさそうに言ったが、お楽しみとか言ってる本人の顔が真っ赤だ。初々しいものだ。
ただ、やはり勘違いされているのは良くないな。
「そんなんじゃありませんよ。雷が苦手なこいつが勝手に部屋に来ただけですから。あと、こいつには好きな相手がいます。当然、俺じゃありませんよ?」
「「「「えっ!?」」」」
……何なんだ。何でそんな驚くんだ。
疑問が顔に出ていたのか、またもやエレンが発言する。
「てっきり、教官とその人は付き合ってるのかなーとか思ってたりして……。あはははっ」
ほうほう。付き合って……ねぇよ? 俺、エル一筋だよ? というか君達、こいつがレイシェイラだって分かるんだね? 今は顔を臥せっているし、普段は仮面だから分からない筈だが……雰囲気とかですか?
「付き合ってませんのでご安心を。で、こんな夜中に君達は何しに来たんですか。雷が怖いならエイダ教官のところにでも行って下さい」
「エイダ教官、もう寝てたんです……」
集団の中で一際怖がっている様子のリマが、消え入りそうな声で言う。その様子からして、エイダ教官は余程深い眠りに落ちていたらしい。
おそらくミリフィアあたりは体を揺さぶるくらいしたのだろう。だが起きなかったと。
例え何があろうと、実家だと安心して深く眠れるものなのだよ。
ジルベルトを除く4人の雷の音に一々震える様子を見て、冷たく突き放すような俺でもない。
ふぅと息を吐き、ベッドを首の動作で示した。
「……女子達はベッドを使ってください。野郎は床……はぁ、そんな目で見ないでください。ソファで寝ればいいでしょう」
要は、誰か起きている人がいてほしいのだろう。起きている人がいるというのは、案外心の支えになるのだ。
その為、爆睡中であるエイダ教官はまったく頼りにならないことになる。……普段は、頼りになるんだぞ! ………たぶん!
リマとミリフィアはいそいそとベッドを占領し、エレンとダリウスは広いソファに寝転がった。
ジルベルトは椅子に座り、腕を組んで目を閉じた。
これで寝る準備は皆、万端なのだろう。それでもゴロゴロという音が外から聞こえる度に震えるのは、どうにもならないのか。
しょうがないなぁ。俺が一肌脱ごうじゃねぇの!
パチンと指を鳴らし、部屋全体に闇魔法をかけた。今回のは幻術のようなもので────。
ゴロゴロともピシャアッとも音が聞こえなくなり、代わりに静寂に包まれる。窓の外を見れば厚い雲と雨や稲妻は消え、澄み渡った夜空と月が覗いた。
ジルベルト以外の4人は急に怖い音が聞こえなくなったことを不思議がったようだが、静かになったことによって眠気に襲われたのだろう。すぐに寝息を立て始めた。
ジルベルトはと言うと、しかめっ面で窓を見ている。俺の魔法に驚いてでもいるのだろうか。そうなら嬉しいけど。
窓をそのまましばらく眺めた後、椅子から立ち上がった。目はとろんとしており、眠そうだ。
「……ここで寝ないんですか?」
部屋を出ていこうとしたので、つい声をかけてしまった。
ソファはもう1つあるので、こいつが寝る分に問題はないのだ。ソファ1つはとても広く、ジルベルトくらいなら楽々横になれる。
ジルベルトは俺を眠そうな目でじろりと睨み、いかにも不機嫌ですといった声で応えた。
「俺はベッドで寝たいんだ」
「朝起きたとき、君がここにいなかったらエレン君やダリウス君が寂しがりませんかねぇ?」
「……」
あの2人はジルベルトになついている。見ていてよく分かる。たぶん、俺の見ていないところで兄貴風を吹かせているのだ。そうに違いない。
だから、ここで寝たと思ったジルベルトが実は部屋に戻っていたなんて知ったら、多少なりとも心に来るはずだ。
そう思って指摘してみたら、効果はてきめんだったようだ。ジルベルトはもう1つのソファに転がって目を閉じた。
生徒は眠ったようだし、俺は酒盛りの続きに興じるとしよう。
書きたいように書いていると、進むのが凄い遅いですね……。どうしたらバランス良く進めるんでしょうか……?(´・ω・`)




