第46話 ボーイズトーク?《エレン目線》
春休みって書く時間いっぱいですね……。それでも執筆速度遅いですが。引き続き、エレン目線でどうぞ!
俺とダリウスの両手がこれ以上ないほど大量の荷物を抱えて、手が痺れてきた頃───もう、日は沈みかけていた。
サシャさんから貰ったお金の余りを使いきったので、エイダ教官の家に戻ることになった。
その道中、俺達はジルベルトとルツに遭遇した。
リマは初日でジルベルトと……その、問題があったけど、次の日には謝られたので許している。
「あれ? 2人共、あんまり買ってないんだね」
ジルベルトもルツも、それぞれ片手で持ちきる程しか荷物がなかった。……ミリフィアとリマが買いすぎなのか?
俺とダリウスは女子2人に付き合ううちに色々買ってしまっていた。が、それでも持っている荷物の1割程度だ。
ジルベルトは神妙な顔でこっくりと頷き、袋の中をちらっと見下ろした。
「ああ。……俺は、読むのに時間がかかるからな」
「本を買ったの?」
「前から欲しかったのを、ちょうど見つけたんだ」
「へぇ」
少し目を細めて微かに笑みを浮かべるジルベルトが珍しくて、思わずまじまじと見てしまう。
ジルベルトは普段は無表情か、機嫌悪そうに眉を寄せているのだ。教官に対しての口は凄く悪い。どちらの教官でも。
「じゃあ、ルツは?」
「こいつは見かけより買ってるぞ。袋は1つだが、パンパンだ」
ジルベルトにそう言われ、どれどれと覗いてみる。
「…………」
「パンパンだろ?」
「うん。よく片手で持てるね」
「……大切だと、軽い」
大切なものは重く感じないんだね。……そういうもんなのか?
俺達が喋りながらエイダ教官の家に到着すると、玄関前でなにやらエイダ教官と知らない男の人が話し合っている姿が見えた。
争っているようではないけれど……どうしたんだろう?
「本日は迷惑をかけてしまいましたし、食事くらいしていっても……」
「いや、俺の方こそ助けられたから」
「助けたのはノア教官ではありませんか!」
「あー……その、だなぁ……」
どうやらエイダ教官が男の人を引き留めているらしい。
男の人は俺達を見ると、いいタイミングだとばかりに笑い、エイダ教官から後ずさった。
「ほら、この子達が勇者候補の生徒だろう? 邪魔になっちゃ悪いから、俺はもう行くぞ!」
「あ、ダンズさん!」
そうして、男の人は去った。
…………何だったんだ?
「教官、さっきの人は?」
「……ノア教官の友人だそうです」
むすっとした表情でエイダ教官はそう言った。
「あれっ? 皆さん揃っているのですね。では中に入ってください。もう夕食の時間になるでしょうから。あぁ……ノア教官は戻るのが遅くなるそうです」
戻るのが遅くなる? ……用でもできたのか、教官?
俺は上を見上げ、陰鬱な雲の厚さに、はぁと息を吐いた。
今日は、どしゃ降りになりそうだなぁ。
屋敷の中に入った後は荷物を執事の人に預け、夕食をした。流石お金持ちの家というか、とても美味しかった。
夕食をしたら風呂を貸してもらって、そうこうしているうちにあっという間に寝る時間となった。
エイダ教官は自室、ノア教官は今日寝かされた個室、女子は2人用の部屋で、男子は広めの部屋が宛がわれた。
まだ夜もそこまで更けていないということで、俺達男子4人は寝ないでそれぞれ遊んでいた。
ルツとジルベルトは買った本を読んでいる。俺はダリウスと他愛もないふざけ合いをするだけだ。
「教官、夕食にも来なかったな。何やってんだろ?」
「さぁ……」
俺も思っている疑問を聞かれても、答えられる筈がない。
「娼館にでも行ってるんじゃねーか? 3年監獄にいたなら、したくもなるだろ」
「娼館!?」
いきなりぶっ込まれた単語に、俺の気は動転してしまった。だ、だって、あれだし。うん、あれ。……あれって何だろう。
慌てる俺に、ジルベルトは呆れた表情をする。ダリウスも似たような表情をするものだから、恥ずかしくなってきた。
「お前、本当に俺と同い年か? 娼館なんて聞くくらい普通だろ」
「そーそー。俺もよく親父から色々話聞いてるぞ! もっと高いところに行ってみたいけど、金がないとか! あと、母ちゃんにこのこと言うな、とか!」
「いや、今までそんな話はあまりしなかったから! あとダリウスのお父さん、軽く離婚の危機に晒されてるよ! 分かってるなら行くのやめなよ!?」
そういうもんなの? 結婚していても娼館って行くものなの? それとも人によるの?
「うぅん……」
「何悩んでんだ……。娼館で気に入りの嬢ができれば通え詰めてしまうものだと聞くぞ」
「う、うぅん……。教官が娼館に行くって、想像つかなくて」
「いやいや、妻も彼女もいない男なら誰だって娼館に行く。金があり余っていれば大抵の男は女を買うな。しかもあいつはまだ二十……四だったな。そんな若くて3年もお預け食らってりゃ仕方ない。あの大量に卸してた金は女に使ってんじゃねーか?」
「そーだよたぶん。うまい人は凄いって親父も言ってたし」
息子に何を吹き込んでるんですか、ダリウス父さん!?
聞きたくなかった、そんな事情……。これ、ダリウスの母さんには漏らしちゃ駄目な情報だよ……。
……ハッ!
グリンと勢いよく首を曲げてジルベルトを見ると、気味悪そうな顔でドン引きされた。
「どうした……? 頭が壊れたか?」
「ジルベルトって……貴族だよね?」
「? あぁ。それが何だ」
「お金持ちだね」
「そうだな」
「じゃあ行ったこと……あるんだ」
「なッ!?」
おぉ、これもまた珍しい。ジルベルトがカチコチに固まるなんて。
ダリウスと一緒ににやにや笑って返事を待つ。やがてジルベルトは体の力を抜くと、全ての感情が抜け落ちた表情────これがまさに『無表情』という顔で、呟いた。
「ない」
「「ない?」」
「そうだ。ない。3年前、宰相の父上がいなくなってから公爵になるため勉強づくめだったから、そんな時間はなかった」
公爵になるため、って……。
「あ、そっか! お前って闇宰相の子供か! どっかで聞いたことあるなーとは思ってたんだ! そっかー、ワーシレリアって、闇宰相の名字だったんだな!」
「ちょ、ダリウス……!」
からからと笑いながら、何も気にすることなく吐き出される言葉達に俺は慌てた。娼館と聞いたとき以上に。
初日でジルベルトが問題を起こしたのは、リマとミリフィアが闇宰相───ジルベルトの父親のことを悪く言っていたからだったはずだ。
だからダリウスが無神経なことを言えば、また怒ってしまう────
「まぁ、一般市民だと貴族の名はそんな有名じゃないからな」
────あれ?
怒らない……だって!?
驚きを思いきり顔に出していたからか、ジルベルトにじろりと睨まれた。
「ンだよ」
「いえ、別に!」
「俺だって、事実を知ったらそれを受け入れる。……今更かもしれないが」
力なく声を溢すジルベルトは、初日に暴れていたのと同一人物には見えなかった。
「ジルベルト……」
何て声をかければいいか分からず迷っていると、どこからか『コンコン』と音が聞こえた。
ドアをノックされたのかとそちらを見るけど、繰り返されるその音は違う方向から来ているようだった。
「どこからだ……?」
耳を澄ませば、いつの間にか大雨になっていたのか、ザーザーという音が耳に入る。
「なーエレンー。親父が言ってたんだけど、幽霊って2時くらいが一番よく出るってー」
「まだ12時前だからね!?」
幽霊なんて怖いこと言わないでほしいよ、まったく。まだ、あと数分で12時になろうとしている時間じゃないか。
そしてコンコンコンコンと音が響く中、ルツは変わらずに本を読み続けている。動じないところを尊敬する。
音は、まだ鳴り続けている。
コンコン、コンコン……。
「おい、これ窓から聞こえる。外から誰かが叩いてるんじゃないか?」
「あ、ちょ、ジルベルト、雨が入ってくるよ!」
音の発生源を見つけ、ジルベルトは迷いなく窓を開け放った。雨が風と一緒に入ってくる。
開いた窓枠には、びしょ濡れになった人の手がかかっていて……。
「「ギャアアアアアアアッ!?」」
俺はダリウスと仲良く悲鳴を上げ、お互いに抱きつきあった。
怖い怖い怖い怖い。怖いって!
ダリウスと部屋の隅で震えながら、俺はおそるおそる窓を見る。人の手は怖いが、好奇心が『見ろ』と言うのだ。
びっしょりの手の次はやがて腕、肩、そしてその上にある────顔が現れた。
……顔?
「ふぅ、唯一明かりがついているから誰の部屋かと思えば。君達でしたか」
窓枠に乗り上げて『よっこいしょ』と言いながら中に入ってくるその顔は、少し前まで噂していた人のものだった。
雨でびしゃびしゃに濡れたままで入ってくるから、床も濡れる。
「子供はさっさと寝ないと、背ぇ伸びませんよ?」
背中に大きな袋を背負っているけど、中身は何なのだろう?
ノア教官はスタスタと部屋のドアまで普通に歩き、普通に出ていこうとする。
「おい、床濡らしたまま出ていくんじゃねェぞゴラ」
と、そこでジルベルトがドスの効いた声で呼び止める。
呼び止められると、教官はげんなりした顔で露骨に嫌がったが、ジルベルトの視線はとても強かった。
「やれやれ、仕方ありませんねぇ」
「教官!」
「んー、何ですかダリウス君。俺は水を拭き取るのが面倒なので他の方法を考えてる最中なんですけど」
「気持ちよかったか!?」
「ぶふぉっ!?」
吹いたのは俺だ。だって、吹いちゃうだろこんなの聞いたら!
ダリウスはさっきまで話していた『ノア教官は娼館に行っている』という予想を信じている。そして感想を聞いているのだ。本当にそうなのか確認もしないで!
いきなり『気持ちよかったか』なんて聞かれた教官は訝しげな表情になり、壁に体を寄りかからせた。
「何ですかそれ。君、俺が何してたか知りませんよね? もしかして知ってるんですか? いや、それなら聞いてこないか……」
「え、娼館に行ったんじゃないのか?」
「はっ? 娼館?」
益々教官の頭の上には『?』のマークが浮かんだ。それもそうだ。
説明を求めるように顔を俺に向けるので、先程話していた会話の内容をそのまま教えることにする。
説明を聞き終えた後、教官はニヤァと笑って意味深に頷き始めた。
「そんな話をしていましたか……。考えることはやはり男の子ですねぇ。いやはや、うぶだなぁ。ちなみに全くもって検討外れな予想ですよ、それ」
「チッッッ!」
「ジルベルト君舌打ち怖いですから!?」
あ、似てる。レイさんに突っ込みの仕方が似てる。声のトーンとか、何となく。
突っ込みの仕方って兄弟だからって似るものでもないだろうけど……でも顔だって似ているしなぁ……。
わざとらしく涙目になった教官は、落ち込んだ振りをしたままで深く息を吐き、次に空いている右手を部屋にかざした。
「水はこうしましょう」
かざした手で床一面を撫でるかのような仕草をすると、水が全て氷に固まった。
教官の目がすぅっと細まり、氷は宙にぷかぷかと浮き出す。
固まらせて外に出すのかな、でも外に出すなら固まらせる意味ないよな、と思いつつ見守っていたが、教官の指がパチンと軽快な音を立てて鳴らされた瞬間、氷は散り散りになって部屋の中を舞い降りていた。
「すご……!」
散り散りになった氷は部屋の明かりに照らされてキラキラと宝石のように輝き、消えていく。
ルツはちらりとその様子を見ただけだが、ジルベルトは驚いたようで、目を少しだけだが見開いている。……綺麗だからという理由ではなく、無詠唱で魔法を使ったことを驚いているのかもしれない。
ダリウスは『すげー、すげー!』とはしゃぎ回っている。……俺もはしゃぎたいけど、子供っぽいので躊躇ってしまう。
ルツは除くが、俺達が驚いたり喜んだりしているのを見て満足なのか、教官はふふんと小さく鼻で笑った。愉快そうだ。
「それでは、ジルベルト君の要望を叶えたところで俺は行きますね。やること残ってますし。おやすみなさい」
そうして部屋を出たが、完全に出る直前、俺達を振り返って強めの口調で言った。
「そうそう、俺は好きな人以外は抱きません。つまり娼館をそういう意味で利用したことはありません」
バタンッとドアが閉められた。
…………今度こそ本当に行ったようだ。
部屋には、未だ舞い降りる氷の粒にはしゃぐダリウスと、それぞれ違う意味でだけど微妙な顔をした俺とジルベルト、変わらず読書をしているルツが残された。
…………教官。最後のって惚け?




