第45話 レイとサシャ《エレン目線》
三人称が書きにくいなら一人称にすればいいじゃない! エレンに力を借ります。
エレン君目線!
俺にとって、ノア教官はあくまで教官だ。
例え極悪人しか入れられないと言われているマレディオーネ監獄に収容されていた死刑囚なのだとしても、教官は教官だ。
いつもヘラヘラ笑っているけど、生徒のことは守ると言った。だから怖がったりはしない……ようにしている。
分かったことは、革命者様と友人だった、そして婚約者がいた、となれば貴族……ということだろうか。
本人は全力で否定していたけど、そうとしか思えない。それでも確信は持てないでいるが。
過去を詮索するつもりはないけど、それでも気になってしまうものは気になってしまうのだ。予想くらいしてもいいじゃないか。
エイダ教官は本当に普通の……言っては悪いけど普通の教官なのであまり気にならないが。
……俺が『ノア教官のことが気になってる』って言ったらホモ扱いされそうだから、こういうのは誰にも言わない。
俺はホモじゃない。女の子が好きだ。いやいや、思い込みとかじゃなくて。ほんとのほんとに。
……俺、脳内で誰に弁解してるんだろう。
────────
ここは城下町にある1軒の食堂だ。たまたま近くにあったので入ることになった。
荷物持ちもなかなかに体力を使うので空腹だった俺とダリウスには、このタイミングでの食事は最高だった。
「何でも頼んでいいよ。巻き込んでしまったお詫びだから」
向かい側に座るローブの人物の心底申し訳なさそうな声は、やはりどこかがノア教官に似ている。
が、それを指摘することなく俺はダリウスと共に店の人に料理を注文していく。
ミリフィアとリマは食事なしにデザートを注文したようだ。遠慮なく高いのを頼んでいる。
何故こんな状況───助けてくれた人に食事を奢られていること───になっているのか。それは、酔っ払いの男に絡まれているように見えた女性に原因があった。
俺達勇者候補の向かい側に座るローブの人物の隣に、その女性は座っている。
その女性も申し訳なさそうな表情でいるのだが、ひくひくと動く口元のせいでふざけているようにしか見えない。
彼女は、実はローブの人物の従者であると言う。ローブの人物───レイと名乗ったその人物曰く、『戦闘狂』だそうだ。彼女の名前はサシャと言われた。20歳手前程の年齢だろうか。
酔っ払いの男を衛兵に突き出した後、レイさんとサシャさんは俺達に同時に頭を下げた。
『巻き込んでしまって申し訳ない!』
とレイさんが謝りながら。
『実はこいつは僕の……不本意だけど従者なんだ。それで───』
『わたくしは、騒ぎを起こせば若が見つけてくださるかと思ってあの行動に出たのです。決して、通行人の迷惑になっていたあの男を憂さ晴らしにぶっとばそうとしていたのではありません』
『白状してる! 白状してるよねこいつ! いつもこれだよ、僕の精神的疲労感が半端ないからやめてくれないか!?』
『そもそも若が仕事から抜け出して城下町に出るのが悪いのです。わたくしは若を手っ取り早く探しだす最善の方法を選んでいるのに過ぎません』
『でも人を巻き込むなって言っておいただろう!? ついに巻き込んだじゃないか、ほら!』
『申し訳ございませんでした、皆様。どうかお詫びをさせてください。お腹すいていませんか? よろしければご馳走しますよ、若が』
『サシャァアアアアッ!!』
────こんな具合で、ご馳走になることになったのだ。いや、巻き込まれたもなにも、ミリフィアが突っ込んでいっちゃったのが悪い(?)んだけど。
つまりレイさんが仕事を抜け出すと、サシャさんが憂さ晴らし兼騒ぎを起こしてレイさんを発見しているらしい。
週に1度はレイさんは仕事を抜け出し、その度にサシャさんはどこぞの迷惑者をぶっ飛ばしているとか。
そう、サシャさんはかな~り強いらしいのだ。だから怖がっていたのはただのフリ。騒ぎをなるべく大きくするためにやっているらしい。決して、怖がったフリを見た迷惑者の愉悦に染まった表情が恐怖に変化するのを見るためではない……というのがサシャさんの言い分だ。
騒ぎを起こすと必ずレイさんがやって来る……とサシャさんは言う。
レイさんは感情の起伏が激しい、素直な人だ。フードを深く被っているので口元しか見えないが、それでも感情がよく伝わってくる。
サシャさんは平坦な物言いだけれど、どこか面白がっている響きを持つ。どうやらレイさんをからかうのが好きなようだ。
そんな2人のコンビは、見ているこちらが面白く感じてしまう。ほら、今も───
「次からはもっと上手くやってくれ……」
「いえ、今回も絶妙な絡まれ具合でした。さりげなく肩をぶつけ、ちょうどあの身長の目線から見えるようネックレスを掛けておいて大正解です」
「絡まれ方なんて聞いてないから! 人を巻き込むなって言ってるんだ! 迷惑がかかるだろう!」
「か弱い女性が男に脅されているあの瞬間に助けに入るミリフィア様は度胸ありますよね。若より男前です。どうです、騎士団に入れては」
「お前のどこがか弱いんだ!? しかも僕のことをそんな風に思っていたのか!」
全力で突っ込みを入れるレイさんは既に息も絶え絶えだ。これを毎日やっているのなら同情してしまう……面白いけど。
俺は、そういえば、とレイさんに質問してみる。
「あの、レイさんにお兄さんっていますか?」
「えっ?」
一瞬だけレイさんは固まり、眼差しを迷わせる。
えぇっと……何でそんな困るんですか? 聞いちゃ駄目なことでしたか?
ノア教官ってもしかして、マレディオーネ監獄に入れられたせいで家族に嫌われているのか?
……本当にレイさんが教官の弟なら、だけど。
レイさんが固まった一瞬に、代わりとばかりにサシャさんが答える。
「いらっしゃいました。……と言えば、分かってくださいますか?」
「あ、はい……すみません」
もういない、ってことですよね。
でも、それだとはっきりしないんだ。もしかしたら監獄に入れられた兄なんて死んだも同然、って理由でその発言かもしれないのだから。
よし、こうなったら直球で聞くか。
「じゃあ、ノア・アーカイヤって人は知っていますか?」
サシャさんだと分からないだろうけど、レイさんなら名前を聞いたら何か反応をしてくれるはず。
そう思って名前を出したのだが、逆に今度は何も分からないようで、レイさんもサシャさんも不思議そうに顔を見合わせた。
「聞いたことないな。何故そんなことを聞くんだい?」
「ノア教官とレイさんが、なんとなく似ているな……って思ったので」
顔が見えたことは言わなかった。こうしてフードを被って隠しているし、そこまでよく見えたわけでもないから、言わなくていいと思ったのだ。
「……従者というわたくしの存在があるので分かっているのでしょうが、若はいいところの坊っちゃんで温室育ちの能天気です。ですので、若と同じように育てられた人間であれば皆雰囲気は似てしまうものかと。ノア・アーカイヤという人物は、貴族の方ですか?」
「さりげなく僕の悪口を混ぜるのはやめてくれないか!? で、どうなんだい?」
「え、えぇと……」
分からない。でも貴族かもしれないとは思う。
何て答えればいいか悩む俺に、それまで黙って会話を聞くだけだったミリフィアとダリウスが口を挟んでくる。
「まったく分からないのよ。自分のことは何にも言わないし、まだ知り合ってから3日程度だもの」
「でもエイダ教官の母ちゃんに挨拶した時は、金持ちの雰囲気だったぜ!」
確かに、あの時は貴公子然としていた。貴族と言われても信じてしまっただろう。
そういえば、あと、チェスも上手かったんだよなぁ……。今時チェスなんて貴族か裕福な家のところの人しか出来ないのに……。
……………温室育ちには見えないけど。
頭がこんがらがってきた。
教官とレイさんの顔とかが似ていて兄弟かもしれないけど、兄弟なら同じように育てられると思うけど教官は『温室育ちの能天気』には見えなくて……。
しかも名前に聞き覚えがないってことは、本当は赤の他人なのか?
うーん?
「その人には、1度会ってみたいな……」
レイさんがポツリと放ったそれに、サシャさんが素早く反応する。
「仕事を抜け出してまで、死んだ筈のあの方に会うのですか?」
「死体は見つかってないだろ」
「それなら何故連絡をくださらないか考えてください。生きていたとしても、もう壊れてしまっているでしょう。あれほど愛情深かったあのお方なら」
「………」
この会話でだけはサシャさんの声にからかいの色は見られず、ただ真剣にレイさんを説得しているようだった。
………あのー、そんな暗いお話なんですか……?
どんよりした空気を変えるためか、サシャさんがパンパンと軽く手を叩いた。
「申し訳ございません。こちらの事情です。それと、そろそろ若のサボり時間が終了するのでここいらでおいとま致します。食事のお代金はこちらです。余ったら皆様でお使いください」
そう言ってサシャさんは金貨を数枚置き、無表情で黙り込んだままのレイさんを肩に担いで行ってしまった。
……結構、呆気ないな。
「エレン! この金貨だとまた買い物できちゃうぞ!」
「そんなにくれたのか!?」
高いデザートをミリフィアとリマが頼んだっていうのに、それでも!?
レイさん、サシャさん、あなた達ってどこの金持ちですか!? 気前よすぎる!! 気前よすぎて貴族の印象がぐっと上がったよ!
「ちょうどいいわ! まだ買いたいものがあったのよ!」
「ミリフィア……目がキラキラしてる」
ミリフィアさんや、荷物持ちは俺達にやらせるんですかい? ツラいぜ……。
リマみたいに、もう少し謙虚になってほしいな……。これは男の願望ですか?
ダリウスも、金貨を見てはしゃいでいたのに今では目が死んでいる。荷物持ち、一緒に頑張ろう。
サシャさん! 代金ぴったり欲しかったな、できれば!!
俺達の王都観光は、まだまだ終わらない。
───────
「若……いえ、陛下。この後はルエット伯爵の処遇についての会議が控えております」
「ああ……」
「陛下、また軽くなりましたね。ちゃんと食べてください。貴方が倒れたら国が混乱しますよ」
「分かってる……」
「わたくしの手作りを『あーん』して食べさせて差し上げましょう」
「断る! お前の料理はどうかしている! あんなの食べられるわけないだろう!? それに『あーん』って何だよ、1人で食べられるからいい!!」
「ふふっ」
「む?」
「やっといつもの調子に戻ってくださいました」
「……」
「もっと元気になってもらうために、激辛料理でも作って差し上げます」
「お前にとっての『激辛』は一般的に『劇薬』って言うんだ。分かるか?」
「初耳です」
「はぁ……。相変わらずだな」
「えぇ、まぁ。変わらず貴方をお支え申し上げますよ。レイモンド・レイリッジ・レヴェリッジ陛下?」
クリフがいないことに気づいた人はいるでしょうか!? ……いないことに理由はあるのです。。




