第44話 通りすがりの。
早く書きたいけど書けないのは、三人称で書いているから……!? という訳で三人称です!
一緒に行動しているダリウス、エレン、ミリフィア、リマの4人(護衛として着いてきているクリフもいる)は、王都の有名な店が立ち並ぶ通りを歩いていた。
ミリフィアとリマが元気にはしゃいでおり、男2人は荷物持ちだ。クリフは着いてきているだけで、何もしていない。
「王都の有名どころは全部回ったわね。どこもいい値段したわ……」
「教官がお金くれてよかったね、ミリフィアっ」
「ぐっ……そ、そうね」
ホクホクした顔で、男2人に持たせている自分の荷物を見つめるミリフィア。
その隣で、こちらもまた嬉しそうに笑うリマが他意は無しに『これだけの買い物をできたのはノアのおかげ』と言う。
リマにとっては純粋に、思っただけのことを言葉にしただけであるが、ミリフィアにとっては面白いことではない。
何せ自分が嫌っている相手から貰った金を存分に散財したのだ。
理性は罪人から貰ったもので楽しい思いをすることに反対だったのだ。
ならば受け取らなければ良かったのではないか、と言うことなかれ。
人間とは欲望に忠実であり、しかもまだまだ子供であるミリフィアが金という誘惑に耐えられる筈がなかったのである。
「……ッ」
歯を食い縛り謎の敗北感に耐えるミリフィアに、ダリウスがにかっと笑いながら近寄る。
「まあまあ、いいじゃん。黒い金って訳じゃないんだし! 『ちゃんと俺が正統に、せ、い、と、う、に、稼いだ金なので心配しないでください』って教官も言ってただろ?」
「そうそう。あまり教官が罪人ってとこに拘っても良いことないと思うよ?」
ダリウスに続き、エレンにまで宥められ、ミリフィアもふぅと息を吐いて気を抜いた。
「そうよね……。変だけど、普段は悪い奴じゃないもの。……このお金が本当に違法に稼いだものじゃないとは限らないけど」
「あはは……」
「やたら正統正統言ってたから、逆に疑っちまうってなー」
最後に溜め息混じりに呟かれたことに、リマは苦笑いしダリウスはふざけた様子で賛同する。
エレンはにこにこと、護衛としているクリフを見やった。
「クリフさんは、教官とはいつ知り合ったんですか?」
「13年程前です」
「へぇ、結構前なんですね。その頃の教官ってどんな人でした?」
「無茶ばかりする死にたがりでした」
「……。えーっと、教官って何の仕事してたか知っていますか?」
「何でもしていました。私も把握しきれないほど、何でも」
「何でも……」
どこか意味深な言い方をするクリフの表情は、最初から最後まで微動だにしない。
エレンと、会話を横から聞いているダリウス、ミリフィア、リマはそれぞれ顔を見合わせた。
やはりあの教官のことは今一よく分からない。全員そう思った。
(そういえばこの人いるのに教官のことを罪人罪人って連呼してたよね。……気分悪くしてないかな)
(気分悪くされても問題ないじゃない、エレン。急にどうしたのよ)
(折角護衛してくれてるのに、友達がそんなこと言われてたら嫌かなーって……)
(………。悪口は言ってないわよ)
(う、うん)
「1つ、フォローさせて頂きますが」
「「ひゃいっ!」」
エレンとミリフィアがこそこそと小声で話していたところにクリフが話しかけたので、2人は軽く飛び上がった。
そんな驚き具合にも構わず、クリフは淡々と言葉を紡いでいく。
「ノア様がこの3年間マレディオーネ監獄に入れられていたこと、何故そこに入ることになったかを、お嬢様と私はノア様本人から聞かされました。その上で私はまだこの方とは親しくさせてもらいたいと思いました。……つまり、ノア様は根っからの悪人ではないと言いたいだけです。悪人であれば縁など全て全力でぶったぎりますので」
罪人ではあるが悪人ではないと。
勇者候補4人はよく理解できず首を傾げるが、言いたいことは言ったとばかりにクリフはそれ以上語ろうとしない。
黙って歩くうちに一行は商店街から、一般市民の家が立ち並ぶ道に入った。
人気は少し少なくなったが、それでも賑やかであるのは変わらない。
そんな喧騒の中を突然、大きな男の声が響き渡った。
「っざけんじゃねぇぞこのクソアマ!!」
見れば、何やら男が1人の女性の胸ぐらを掴み激昂している。
女性はガタガタと震え、涙目になっている。しかし眼差しは男をひたと見据え、揺るがない。
「何を言われても、何をされようとも、わ、私は……」
「あぁああんッ!? 何だってぇ!?」
「わた、私は……」
しかし男に怒鳴られただけで眼差しは簡単に揺らいだ。もうへたり込みそうなほど震えてしまっている。
その様子を、エレンは落ち着いた気持ちで眺めていた。
(あの男……酔っぱらっている。顔は赤いし足元もおぼつかないようだし……。あとあの女の人、どこか不自然だなぁ……)
どこが不自然なのか探そうとするが、2人の間にミリフィアが割り込んだため中断せざるを得なかった。
ミリフィアにとって、女性が明らかに理不尽に男に責められているのは許せない行為だったのだ。
「ちょっと、何してるのよ! 嫌がってるでしょ!?」
「はぁあああ!? ガキが大人の事情に首突っ込むな!」
「なんですってぇ!?」
怒りと興奮により、ミリフィアは魔法を使おうと呪文を詠唱し始める。
「あ、駄目、ミリフィア! 火は駄目だよ! ここでは……!」
「リマ!? あ、そっか……」
詠唱された一節が『火』の魔法を行使する呪文だと気付いたリマは叫んだ。
ミリフィアはリマに言われて気づく。ここら辺一帯の家は全て木製であり、もし火が飛べばあっという間に火が回ってしまうと。
ミリフィアにはまだ魔法の訓練が足りない。飛び火しないように完璧にコントロールするには、まだ未熟なのである。
魔法の詠唱を途中でやめ、集中力の切れたミリフィアに男の腕が伸ばされた。
「きゃああ!?」
「結局ただの生意気なガキじゃねぇか! こいつぁ人質だ! てめぇ、それを渡せゴラァアアアッ!!」
ミリフィアの喉にナイフを突き付ける男。
男が言った『それ』とは女性が首にかけているネックレス───一目見て高価だと分かる───のようで、女性の手がネックレスに重ねられる。
女性が大事そうにネックレスに触れる姿を見たミリフィアは人質から抜け出そうと小声で詠唱をし出したが、男の笑い声と同時に詠唱の声は消えた。
「下手な真似はすんなよぉ? 詠唱が終わるのと俺がてめぇの首を掻っ切るの、どっちが速いかくれぇ分かるもんなぁ? ギャッハハハハハッ!!」
「くっ……」
(どうやって助ければいいんだ……? 魔法でどうにか……? いや、詠唱が間に合わない……! 剣で攻撃するとしても、ミリフィアを無傷で助け出せるかどうか……!)
エレンは必死で思考を巡らせるが所詮は実践経験などない子供、良い案は思いつかない。
考えあぐねているその時、エレンの耳にボソボソと呟かれる声が入ってきた。
「……人質か。まったく、人を巻き込むなと言っておいたのに……」
声の主はエレンの少し後ろにいた。
その人物は、街の人は着ていないようなローブを羽織り、フードを顔を殆ど隠してしまうほど深く被っている。
一見不審者なその人物をエレンは上から下まで眺め、
(誰かに……似ている? 誰だろう……最近見たような気がするんだけど)
それどころではないと、考えていたことを中断させた。
ローブの人物はおもむろに、ミリフィアを拘束している男の元へ足を向けた。
男は警戒し、ミリフィアに向けていたナイフの刃をローブの人物へ突き付ける。
「何だてめぇ!?」
「うん。通りすがりの関係者」
「はぁ!?」
「悪いけど、捕まえさせてもらうよ」
声は決して明るくない。あくまで淡々としたその声は、やはりエレンに誰かを思い起こさせる。
ローブの人物は短剣を持つ男の手首を掴み、捻り上げた。すると男はその痛みからか、ミリフィアを拘束していた腕の力を緩めた。
「君、伏せて!」
ローブの人物が放った声にミリフィアはすぐ反応し、その場にしゃがみこむ。
直後、しゃがんだミリフィアの上を突風が吹き抜けた。とても強い……魔法で喚び出されたとしか思えない突風だ。
風によって男は数メートル吹き飛ばされるが、またすぐ立ち上がった。そしてローブの人物、次にミリフィアを睨み付ける。
ローブの人物はミリフィアを庇うように前に出ると、穏やかに男に話しかける。
「大人しく捕まるのと、多少痛い目に遭ってから捕まるの、どっちがいい?」
「ざっけんなテメェ!」
吹き飛ばされても短剣は手放さなかったようで、男は鋭くローブの人物に襲い掛かった。
ローブの人物は素早く短剣を避け、男の懐に飛び込むと腹に思いきり拳を入れた。
「がふぉ!?」
「……呆気ないな。一般人なら当然か」
ローブの人物は頭を掻きながらミリフィアを振り返ると、安心させるように口許を笑みに変えた。
そんなローブの人物に、エレンは少し慌てた様子でいた。
(さっき腹パンした時、あの人の横顔が見えたけど………教官に、似ていた……?)
ちらりと見えた横顔、そして顔が似ていると思ってから気がついた、雰囲気の特徴が似ていること、男の短剣を避けた動作、足の運び。
どれも、どこかがノアに似通っていたのだ。
(もしかして教官の言っていた、弟さんなのか……?)




