第42話 復讐の第一歩
だんだんと更新速度が遅くなってますね……申し訳ありませんm(__)m
途中から三人称です!
見つけた。
────見つけた!
王都に来て、初めて────復讐すべき者を!
正確には、あいつじゃない。だがあいつにも罪はある。そしてあいつの主人は、まごうことなき復讐すべき対象!
未だにあんな屑が生きているのかと思うと、それだけで吐き気がする───。いつ、またこの国に危害を及ぼすか分からない。
よって俺は、あの危険人物であり復讐の対象者でもあるあいつを、そしてあいつの主人を、殺す────。
しばらく便所でぼーっとしてから2人の元へ戻ろうとした俺は、その途中でちょうど窓の外に見えたとある人物に目が釘付けになった。
神経質そうなその男は、かつて『敵』として記憶していたそいつと同じ────つまりは同一人物だ。
瞬間、俺の中は殺意でいっぱいになり、考えるより先にそいつの元へ体は動こうとした。
しかし2人がいることを思い出し、急いでもう行くということを伝える。
「すみません、所用ができたので俺は行きます。ダンズ、エイダ教官を家まで送り届けてやってください。エイダ教官、深夜頃に戻るので先に帰っててください。夕食は7時らしいですが、たぶん間に合わないのでご承知おきを」
エイダ教官が何か言った気がしたが、今はそれどころじゃない。あいつを、まずは────。
─────────
薄暗く、狭い路地。そこは闇街に続く道の1つであり、スラム街でもある。
そんな場所に、挙動不審にあちこちへ視線を向けて背を丸めながら歩く男がいた。
男はそのまま闇街へ身を進ませようとする。が、しかし、いつ現れたのか、前方に1人の青年がそこに立ちふさがる。
「……?」
少々不気味に思いながらも青年を無視して道を行こうとする男に、青年は声をかけた。
「お久しぶりです、アーロン・エージー殿。無視するなんて酷いじゃありませんか」
ビクリと身を硬直させ、男は青年の顔を見る。しかし、ローブを羽織ったその青年など今まで見たことのない顔で、会ったことなど記憶の中では存在しなかった。
にこにこと愛想の良い笑みを浮かべる青年は、怪訝な表情の男を構わずに話し続ける。
「まぁ無理もないんでしょうけど。最後に会ったのは3年以上前ですか? しかも俺の顔を貴方は見たことがない……。見せたことがないので」
何を言っているのだ、と男の表情が告げる。
確かに、青年の言うことは全く意味が分からない。『顔を見たことがない』? 会っているのに顔を見せない者がいるものか。
「ああ、ご安心下さい。『目的』は貴方の主人ですので。なので伝言していただきたい。よろしいですね?」
「……」
こんな変な人間と関わるのはお断りだ、とばかりに男は青年の横を通りすぎようとする。
と、その瞬間────
ボゴッ!!
大きな音を立てて、路地を挟む一方の壁に人が埋まった。埋まったのは、男だ。
男は首を動かして空気を求めようとするが、上手く壁にはまってしまったのだろう、全身がピクリとも動かない。
青年は右手を横に出したままの姿勢で、綺麗に壁に埋まった男の背中を、やはり笑ったまま流し見る。
「素直に受けてくれれば見逃してあげたんですけどねぇ~? こうなったら無理矢理頼みますよ、伝言。いいでしょう? ほら、この国の第1王子の権限とかで。あ、それだと『命令』になっちゃいますかね?」
「……っ!? っ、っ~~~!!」
「おやおや、息ができないようで? じゃあ頭だけ助けてあげましょう」
人の神経を逆撫でするような敬語を吐く青年は、言葉通りに男の頭だけを壁から外した。
男は苦しそうに喘ぎながら、もう一度青年の顔を見ようと首を捩り────そして見る。
「ひっ……!」
冷えきった、闇の底のように真っ暗な青年の瞳を。
それは以前にも目にしたことがある。目の色は違えど、闇のような瞳に変わりはない。
「まさか、本当に……」
青年が先程ぽろりといった一言など、男は気にしていなかった。そんなのは有り得ない、その人物は既に死んでいると信じていたからだ。
しかし青年の瞳を見た瞬間、認めざるを得なくなった。
「どうして……」
「ハッ! 俺こそ不思議で堪りませんよ! どうして、俺が死んだなんて思ったんですか? んな簡単に死ねる訳ねぇだろ? ……大切な妻と子供を、仲間を殺されてよぉ!!!」
笑っていた青年の表情は一変し、怒りと悲しみに塗り潰されていく。
その感情に当てられた男は気を失いそうにまでなるが、気丈にも耐えた。────耐えずにそのまま気絶していれば、これから与えられる痛みを味わうことなどなかったであろうに。
青年は男の体が壁に埋まって動けないと知りつつも、更にテープのような物で壁に固定していく。頭は動けるままだが。
「伝言頼むって言ったよな? でもその前に言っておくべきことがあるんだわ。忘れたら殺すから、よく聞いとけ」
「はい……」
「お前って度胸あるよなー。もっと怯えていいんだよー? まぁいいけどー」
「………」
「はっはっは、拗ねるなってぇ」
不気味の一言に尽きる。
1度激高したのに、今では笑い声すら上げているのだから。ただし目は笑っていない。
男はどうやって生き残るか考えるが、3年前まで宰相に立ち向かっていた賢く強い彼が自分を逃がしてくれるとは到底思えず、半分諦めてすらいた。
しかし目的は主人だけと言っていたこともあり、もう半分は生きることを諦めていない。
「じゃあ、言ってくからな。まず、俺の容姿を誰にも伝えるな。伝えたらお前、内側から爆発するから。あ、アディニスだってのは主人にだけ伝えろよ?
あと、俺が伝言書き終わったらすぐ主人のところに行け。このまま闇街とか行ったらやっぱり内側から爆発するから。
ちなみに内側から爆発するって言っても、半径10メートル以内の人間ももろとも死んでくやつ。以上。
じゃあ伝言書いてくわ」
なんだ、それだけか。そう思い、男がほっと息を吐いたその時、背中で何かが裂かれる音がして、すぐに身を強張らせる。
そして────
「ギャアアアアアアアッ!?」
「やっぱ固定しといてよかったな、うん」
青年は手に持ったナイフを男の背中に浅く突き立て、器用にも手本のような文字を書いていく。
ナイフは浅く刺さると言えど、それは正確に男の背中を抉り、血を溢れ出させる。
血は書かれた文字の上に溢れ、重力に逆らうことなく流れていった。
「あー、これじゃ字が読めんな。どうしたもんか……」
痛みによる悲鳴を上げる男の様子など気にも止めず、青年は字を書くことを真剣に考えている。
伝言を頼みたいなら紙に書けば、と思う者もいるだろう。だがそんな『伝言』には何の意味も持たない。青年は、男と、男の主人を、確実に恐怖させたいと思っているのだから。
「なぁ、お前火ぃ使える?」
「ぅ、ぐ……」
「おい、聞いてんだよ。火は使えるのか? 答えないならすぐ殺すぞお前」
ドスの効いた声で聞かれ、意識が遠退いていた男は無理にでも首を上下させる。本当はこのまま意識を手放したい気分であるが、痛みか生かどちらを選べと言われたら、言うまでもない。
「使え……ます……」
答えられた青年は満足そうに頷き、男の手元に手に持つナイフを寄せた。
「……?」
朦朧としながらも青年のやろうとしていることを認識しようとし、そして気付いた。
「ほら、あっつあつに熱しろ」
────きっと、熱したナイフで背中に字を書くのだ。熱してあれば、傷口はすぐ焼かれて血が出ない。血が出なければ文字が読める。
「早くしないと……ほら。他の方法はいくらでもあるんだからな。お前が早く行動すれば、痛みともさっさとお別れできるぞ? 早く動かなくても痛みとおさらばできるけど」
「ぅ、ぐぅっ……。《炎よ……我の意思に応え、見参せよ……》」
「うんうん。言う通りにしていればいいのだよ。アーロン・エージー君。そうすればキミの寿命もちょっとは延びるってもんだ」
やらなければ死ぬ。
本能でも理性でもそう感じた男は、青年の言うように呪文を唱えナイフを熱した。
辛うじて見えるナイフは、やがて周りの空気を歪めてしまうほどに熱くなり、それが己の背中に入り込むかと思うと全身が震えた。
「あっはっは。震えてやんのー。大丈夫だよ、死なないから。
なぁ知ってるだろ? 俺の嫁と子供をお前ら宰相派が殺したの。2人は死んだんだよ。俺もう2度とあの子達に会えないんだよ。会えないのって、すっげぇつらくてさ。宰相派を全員ぶっ殺すって、人殺すのが苦手でしょうがない俺ですらぶっ殺すって決めちゃうほどにつらいんだよ。お前らのせいで俺が何人殺すか分からないくらいだ。……っと、言いたいのはこれじゃなかったな。お前みたいな下っ派に言ってもどうしようもねぇし。つまり俺が言いたいのは、生きてりゃ何でもいいだろってこと。死なないんだから。なぁそうだろ?」
どこか上の空のような声はまるで地獄から上がってくる呪いのようで、男は青年の言うことをほとんど聞いていなかった。聞いたら最後、自分が狂ってしまうように思えた。
ガタガタと震えながら、男は壁の方を向いて青年から顔を背けた。
次の瞬間、背中に先程とは比べ物にならないほどの激痛が走った────。




