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第40話 友人との談話

 普段より長めです。


「血でベタベタなんですけど」


「便所にでも洗いに行ってこい」


「ダンズったら、分かってませんねぇ。全身血みどろなので、風呂にでも入らなきゃこのベタベタは落ちないんですよ!」


「チッ……相変わらずで何よりだよ」


「そちらこそ」


 俺の目の前には、複雑な顔をしたダンズが座っている。エイダ教官はお手洗いに行っている。

 ここは王都のとある居酒屋だ。何故こんなところにいるかと言うと、ダンズに引き止められたからだ。

 曰く、『何か礼をさせてくれ』とか、何とか。

 別にいらないと断ったのだが、それなら飯でも奢らせろと言われ、近くにあったこの店に入ったのだ。


「少しは友人でもご近所さんでも頼ったらどうだったんですか。まぁ、金貨3000枚なんて誰も持っていないでしょうけど。それでも信頼できる商会とかに頼み込めば、あんな目には合わなかったでしょう?」


「……」


 おい、目を背けるな。ふいっとあっち向くな。


「ちょうど俺が通りかかったから良かったものを……」


「あぁ。感謝している。ありがとう」


「……………さ、左様でございますか。うん、いいんですよ、別に。ダンズが元気に生きてるなら。うん」


「何で動揺するんだ! 俺まで照れるだろうが!?」


 だ、だって。素直に感謝されるのとか、照れる……。これでダンズじゃなくてエイダ教官なら文句無しだったのに……。


「なんか失礼なこと考えてるだろ」


「べ、別に、あんたよりエイダ教官の方が良かったなんて、思ってないんだからねっ!」


「きめぇ……」


「失敬な」


 でも確かに、女の子特有のツンデレを男がやっても気持ち悪いだけだろう。

 ああいうのは、女の子がやってこそ可愛いのだ。例えば、エルとかエルとかエルとかな! 可愛らしい俺の嫁!

 そんな可愛い嫁を殺した奴らはしっかり殺さないとな! 皆殺しじゃあ! いや、マジで。


「ノア、さっきの女の人は何なんだ? お前、あれか? 浮気してるのか? 3年間どこかに消えたかと思ったら、浮気だったのか?」


「はぁ? 浮気ぃ?」


 それこそ失敬な。俺はエル一筋だ。それ以外なんて考えられない。

 ちなみにこのダンズという男。俺がエルと結婚したことを知っている。と言うか、城下町で俺───ノアとしての俺───と親しくしていた人達は、エルと結婚したことを知っているのだ。

 エルはエレノアの略なのだが、この愛称は俺が『ノア』として動いている時だけに呼んでいた。『アディニス』も時はエレノアと、そのままだった。

 『エル』は常にフードを被って顔を隠していたから素性は知られていない。ただ、俺の嫁とだけ言って回った。

 俺とエルの間に娘が生まれたことも知っているのだが……はぁ。2人共もういないから悲しい。泣きたい。冗談抜きで。




 ……でも、そうか。浮気か。俺の事情を知らない人なら、俺が嫁ではない若い娘を連れていれば、そう見えてしまうのか。

 否定しようと思ってダンズを見ると、そいつはにやにやとからかうような笑顔で俺を見ていた。そうかよ、からかっていたんだな?


「……違います。彼女は同僚です。ただの」


「怒るなよ。それで、エイダ教官? って呼んでたよな? 同僚ってことはノア、お前、どこかの学園で働いてたのか?」


 ダンズは、すっと無表情になった俺を怖がるように肩を竦めた。普段笑っている俺が無表情になると怖いらしいな。

 それでも普通に会話しているのは、幼い頃から知り合いだったからか。


「えぇ。今はブランシュ学園で教職に就いています。勇者候補の教官ですよ。エイダ教官は俺の補佐でして」


「へぇ。ブランシュ学園と言ったら名門校じゃないか。しかも勇者候補の教官か……。お前ってそんな凄い奴だったっけ」


「さぁ? 俺って凄いんですか? 天才であることはぁ~? そりゃまぁ~? 認めますけどぉ~?」


「うわっ。腹立つなぁこいつ。急に消えたかとおもったら良いとこに就職しやがって。おまけに結婚済みだし……クッソ羨ましい……」


「はっはっは。未婚ですもんね、貴方は。あ、でも、俺もう嫁いないんで」


「……………………ほう。逃げられたのか? そうなんだろうっ!?」


「目をキラッキラさせないでください。逃げられてませんよ」


 こういうことは、友人には言った方がいいだろうから、俺は言う。身内の死を友人に知らせないのは、変だから。

 だけど、この楽しそうに笑っているダンズの表情を曇らせるのは……憚れるなぁ。

 はぁ……。せめて俺はいつも通りでいよう。気にしてほしくない。

 あと、詳しいことは言わないでおく。エルが死んだ真実を、俺はきっと誰にも話さない。誰がどこまで知っているか分からないが、俺から教えることは、ない。


 俺は、テーブルの向かい側で笑うダンズをしっかりと見つめ、普段通りのへらりとした笑みを作った。



「エルは、死んだんです」


 その時の俺の声は、何の感情も籠らない、事実を淡々と伝えるだけのものになっていた。


 エルが死んだと言われたダンズは、一瞬間抜けに口を開け、次に掠れた声で囁いた。


「何で……」


「そうなる運命のようなものでした」


「そう、か……」


 そう。非人道的なことを楽々やってのける連中に、常人が勝てるはずもない。

 俺と一緒にいることになった時点で、エルの人生は危険なものに変わってしまったのだ。

 俺が彼女を受け入れなどしなければ、きっと今も元気に生きていたはずだ。

 ────俺ではない男と、幸せな家庭を作って。


 3年前のあの日から、何度後悔したか知れない。けど、それと同じくらいに、エルと、そしてシエラと一緒の時間が幸せだったことを思い出して。

 幸せだった。幸せだったから、だからこそ。あいつらは許せない。



「エルが死んで、娘も死んで、少し落ち着きたかったので、黙って王都を離れました。すみませんでした。何も言わなくて」


 苦笑を浮かべながら頭を1度下げた。

 顔を上げると、ダンズは眉尻を下げて遠い目をしていた。


「そうか……。あの人が……」


 エルは基本、誰とでも仲良くなれた。それはダンズも例外でなく、軽口を叩き合っている姿も見たことがある。

 友人の死を悲しんでいるのが、よく伝わってくる。

 ここで死因────貴族の手引きで襲われたこと────を言ったら、きっとダンズはもっと悲しみ、そして貴族に対して憤るだろう。次に、何故貴族に狙われたのかを疑問に思い────


 芋づる式に俺の正体、つまりは王族であることがバレるだろう。


 だから本当のことなんか言わない。正体は勿論、死んだ原因も。これ以上、悲しむ人はいらない。


「ふぅ……。ダンズ。1つ聞きますが、何故あんな奴らに金を借りたんですか?」


「……親父の病気の治療費が、足りなかったんだ」


「ほう。もう治ったんですか?」


「ああ」


「それは良かった」


「は?」


「へ?」


「いや、何か説教されるんかと思ってた」


 はえ? そんなことしないよ? 説教って、何で? そもそも俺って、そこまで厳しい人間じゃないからさぁ。説教垂れるとかキャラじゃないんだよ。

 そりゃあ、あんな奴らから金借りたのは間違ってるし、良くないとは思ったが、もう終わったことなのだから気にしても仕方ないだろう。


「しませんよ、そんなこと」


「ヘー」


 何だこいつ。今こいつ、『ヘ』が片仮名だった。俺には分かる! 片仮名だった!

 平仮名は『へ』だ。『ヘ』との違いは分かるだろうか。少なくとも俺には分かるんだよぉ!

 つまり何が言いたいかっていうと、片仮名だから棒読みな感じがすると言いたい訳で────


「ノア教官!」


 若い娘っこの声が俺を教官と呼ぶとは……。エイダ教官しかいないですね。はい。

 後ろを見れば、案の定、そこにはトイレから帰還したエイダ教官がいた。

 まだ少し顔色が悪いだろうか。あのショッキングな光景は見なかったにしても、声は聞こえただろうからなぁ……。気分も悪くなっておかしくない。

 顔色のことを聞くのも無粋な気がしたので、俺は無言で空いているもう1つの席を勧めた。

 すると俺が手を動かした瞬間にビクつかれた。怖がられてますねー。心が傷ついちゃう……。


 ビクつかれたことに気付かなかった振りをし、俺はいつものように笑ってみせる。

 エイダ教官は、おずおずしながらではあるが、しっかりと席に座った。


 折角居酒屋に来たのだから料理でも頼もうかと考えている途中、エイダ教官に話しかけられる。


「ノア教官。貴方がしたこと、ちらっとですが見えました」


「……ダンズ、ちゃんと隠しといてくださいよ」


「悪い」


 見えていた。と言われて、少しばかり動揺してしまった。何故だろう。

 ああいうことを軽々しく行う人間だと思われたくないから?

 今更、罪悪感が出てきたとか? あんなゴロツキを殺して? ……まさか。そんなはずない。


「それで?」


 内心は恐る恐るだが、続きを促した。

 やはりこういう善人からキツいことを言われそうになると、俺の心は酷く狼狽えるらしい。悪人からなら言われなれているのだが。


 エイダ教官は睫毛を伏せながら、俺と目線を合わせずに問いかけてきた。


「ノア教官は、ああいうことをして、その……」


 ちょいちょいっと手招きされたので、耳をエイダ教官の口元に近づける。


「……ああいうことをして、投獄されたのですか?」


 城下町に蔓延るちゃらんぽらんを殺して、投獄されたのかどうか、か。


「いえ、違います。あれくらいなら、一般に生きている人もしたりします。どうしようもない、自己防衛として」


「ノア教官のは……?」


「さっきのは、ダンズの素性を知っている者を脅しておかなければ、また彼が狙われると思ったので、見せしめに殺したまでです」


 言い訳でなく、考えて行動した事実をただ伝える。エイダ教官がどう思っているか知らんが、俺はむやみやたらと人殺しをする人間ではないぞ。

 俺の言葉を受けたエイダ教官は暫く押し黙っていたが、やがて咎めるような目付きになって俺を上目遣いで見上げた。


「でも、殺すことは、なかったのではありませんか……?」


 甘いな。その考えは甘過ぎる。蜂蜜に砂糖を一袋ぶっかけて、その上にまた蜂蜜をかけた物くらいに甘い。甘過ぎて気持ち悪くなったドーナツのようだ。

 今ではこのように甘い甘い言える俺だが、幼い頃は努力したのだ。

 話し合いで解決しようと、金を使ってまで努力したことがある。

 結果は惨敗だった。結局ああいう連中は人を拐うか、人を騙すことしか出来ないのだ。


 このことをどう説明しようか悩んでいると、横から口を挟んでくる者がいた。


「なぁ、あんた、甘やかされて育ってきただろ」


 言わずもがな、ダンズである。

 彼は眉の間に皺を寄せ、微かな嫌悪感を露にしていた。

 横槍を入れられたエイダ教官は不機嫌そうに唇を尖らせたが、言葉は返した。


「確かに私は、大切に育てられたかもしれません。ですが今の話と私のそのことと、何の関係があるのですか?」


「大有りだね。甘やかされた奴には、俺達がどう生きてきたか理解できない。そういう人間は、『生きていくのに必要なことも分かっていない』ってヤツだよ。

 俺達はな、一歩間違った道に入っちまえば拐われて売られて奴隷になる危険が身近にありながら生きてきたんだよ。

 ノアとあんたがいたのは『闇街』っつってな、犯罪に手を染める奴が大半の場所だった。そこで荒事が起きれば、『自分は強いから危険だ。手を出したら殺されるぞ』と示さなきゃならない。

 そこで、脅しだけして逃がすなんてやってみろ。後で必ず報復に合う。ああいう連中は執念深いから、どこまでも追いかけてくるんだ。

 だから実際に殺すしかないんだ。実力を示すために。ノアの様に、相手を苦しめた末に殺すしか、これから生きる手立てがない。殺らなきゃ殺られるから。

 『生きていくのに必要なことも分かっていない』ようなお嬢様が、俺達の生き方に難癖をつけるな。迷惑だ。

 それに、今回に限ってはノアを責めるのはお門違いだ。ノアは俺を助けるためにあんなことをやってくれたんだから。人助けをしたんだよ、謂わば。

 ノアだって好きで拷問紛いの殺しをした訳じゃない……。本当は、こいつが一番、人殺しを嫌っている。だから、ノアを責めるべきじゃない」


 つらつらと真面目な表情と声音でそう言われて思わずジーンと来た。

 と、同時に、心にグサッと何かが刺さった。

 刺さった何かを無視し、俺は曖昧に笑った。


 何だろう。ダンズの言葉の何かが俺を苛む。



 エイダ教官は顔をしかめて、片手で額を押さえた。ごめんね、なんか。

 ダンズの何かは俺の胸にもやっとした物を与え、でもそれが何なのかを、俺は考えたくない。けど、ダンズを見ていると考えてしまいそうで……。


「俺……ちょっとトイレ行ってきます」


 少し、1人になろう。


 お読みいただきありがとうございますm(__)m


 この1話の登場人物

 ノア・アーカイヤ 王兄。復讐を企て中。ファミコン設定有。


 エイダ・ギレンラ 正義感強い。世間知らずっぽい。商家の娘。


 ダンズ・フロリオ ノアの友人。肉屋の息子。ただの一般人。

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