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第37話 闇街にて。

 三人称のエイダ目線です。


 エイダは、治安の悪い路地裏へ入っていったノアを追いかけていた。

 治安の悪い、と言っても、エイダ自身は入ったことがない。ただ両親や知人に『入ってはいけない』と言われて育ったので、危険な場所だとは理解している。

 そんな場所に入っていってしまったノアを連れ戻すため、ローブ姿の背中を追い続けているのだ。


 ノアは歩いているため、距離は縮みつつある。が、まだ数十メートル離れている。それなのにノアが道を曲がったので、エイダは全力でスペースを上げ、自分もその曲がり角を曲がった。



 すると、たくさんの人影が目に入った。だが皆、どこか血走ったような目をしている。

 怖い。そう思ったが、ノアを連れ戻さなければならない。


(ノア教官どこですか……あ、あのローブは!)


 さっきまで追っていたローブと同じものを見つけ、エイダは急いでそのローブの人物の肩を叩いた。


「ノア教官! 何でこんなところに……痛っ!」


 叩いた手を掴み上げられ、悲鳴が漏れた。振り返ったその人の顔を見たエイダは再び悲鳴を上げそうになったが、必死で堪えた。

 その人物はノアではなく、血色の悪い、顔の至るところにピアスを着けた怪しい男だった。


「何だぁ、お前? 売女かぁ? 誘ってるってぇ?」


「いえ、人違いでした。すみません、手を離してください」


 ぺこりと頭を下げたのだが、相手の男は下卑た笑みを浮かべてエイダの手首を掴む手を強くした。


「随分なべっぴんじゃあねぇか。ちょっと付き合ってもらおうか。まさかこの街でぇ、人違いで済ましてもらえるたぁ思ってねぇだろぉ?」


 男はエイダの胸や太ももの辺りを舌なめずりしながら見回し、思い切り腕を引っ張ると細い道に引きずり込んだ。

 エイダは抵抗したが、女が男の力に逆らえる訳がない。

 荒い息を間近で吐かれ、恐怖に身を震わせた。


(ま、魔法……! 魔法で抵抗しないと……!)


 口を開いて魔法発動のために詠唱しようとするが、上手く声が出せない。


(嫌……嫌っ……! 怖い、怖い、怖い……! 何で、こんな……!)


 男に身体を壁に押さえつけられ、今まで異性に許したことがない距離に男が迫ってくる。にやけた表情が気持ち悪い。息が臭い。生理的な涙が滲んでくる。

 男はエイダの首に顔を寄せると、首筋に舌を這わせ始めた。


「嫌ぁぁ……!」


 顔を背けて身をよじろうとするが、それを許してもらえない。体格の差が大きすぎる。

 零れる涙を悔しく思いながら、ついに声を振り絞って呪文を詠唱した。


「うぅっ……はぁ………燃え……たぎる、炎よ……現れよ!」


 これだけしか詠唱できなかったが、詠唱したと分かった男を一瞬だけ怯ませるには充分だった。魔法で攻撃されると思ったのだ。

 だがこんなちんけな詠唱で魔法を発動できる訳がなく、何も出てこない。

 エイダは男が怯んだ隙に男の脛を蹴り飛ばし、せめてこの細い道から抜け出そうと走り出した。

 しかし男にまたもや手を掴まれ、体勢を崩す。


「この(あま)が!!」


「っ!」


 凶悪に顔を歪めた男に殴られそうになって、思わず目を閉じた。


(ぶたれる……!)


 身を強張らせた瞬間。肩を誰かに引き寄せられ、次に『パシッ』と軽い、しかしどこか強い音が聞こえた。鼻に当たるのは服か。

 目を閉じたままでいると、頭上から聞き覚えのある、だが聞いたことのない声音が落ちてきた。


「こいつは俺のだ。失せやがれ。今なら殺さない」


「あ゛ぁ゛……?」


 顔を上げようとするが、肩に回されていた手が今度はエイダの頭を押さえていて、上を向けない。


(ノア教官、ですよね……)


 ダリウスを怒った時と違う、憎しみすら感じられる声に、助けられたのだと分かっていても恐怖を感じる。


「ふざけんじゃねぇぞ! 俺が先に見つけたんだぁ!」


 先程の男のガラ声が響き、頭にノアの息を感じた。


「それが貴様の答えか。なら仕方ない」


 地の底を這うような声とは、このことを言うのだろう。

 そしてエイダがぼんやりとそんなことを考えている間に、男の耳障りな悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃぁあああぁぁぁあああ!!」


「次は左手だ」


 男のくぐもった悲鳴を聞かせないようにするためか、ノアの腕がエイダの頭を包み込む。

 だがエイダの頭の中には安心感と、矛盾した恐怖しかなくて。男の悲鳴ではなく、ノアの吐き捨てるような声しか入ってこなかった。





 男の悲鳴は次第に離れていき、やがて聞こえなくなった。どこかへ逃げたのだろう。

 エイダの頬を流れていた涙はあれから止まっていなくて、生まれて初めて味わった恐れに身体も震えっぱなしだった。

 そんなエイダを抱き締めて、ずっと優しくノアは髪をすいてくれている。


「はぁ……何でこんなところにいるんだかねぇ」


 呆れたような声の中には、安堵の響きが混じっていた。今までと違って敬語ではなく、子供を諭すような声音だったので、妙な面白さを感じる。

 こうして頭を撫でてくれてエイダは安心感を得る。恐怖はもう薄らいでいた。

 しかしエイダは、ノアのことを少し変にも思っていた。よくは分からないが、どこかに違和感があるのだ。



(ノア教官……トイレに行くって言った時から、変ですよ……)


 トイレに行くと言われた時、少し鼻声だった。


(泣いたのかな、とは思いましたけど……)


 エレノアの墓に行った時も、変だった。

 しばらく動かなくなって、話しかけたら動いたかと思うと、エレノアに挨拶をしたいのだと言う。



 それに、こんなところに入っていった理由も分からない。


 エイダはノアに抱き締められながら、頭を撫でられるがままにされていた。











「貴女はアホなんですか。馬鹿なんですか。頭ん中が空っぽなんですか。王都にだって危険なところはあるんですよ? なに自分から来てるんですか。しかも早速変な奴に絡まれてたし。ひやひやさせられました。こんな思いはもうしたくなかったんですよ。トラウマを蘇らせないでください。第一、こんな場所に貴女のような嬢ちゃんは来ちゃ駄目なんですよ。速攻で人拐いに拐われて奴隷にされるか、荒くれ者に取っ捕まってひんむかれるかしかありません。それに────」


「……………」


「聞いていますか、エイダ教官?」


「はひぃ……」


 頭を撫でてくれていたノアは、エイダが落ち着いた頃を見計らって、説教を始めた。それから10分以上はこの説教が続いている。

 エイダの精神的疲労はピークを迎えそうであった。


「俺は実力があるので良いんですよ? エイダ教官はのんびりと観光してれば良かったのに、何でわざわざ……」


「ノア教官が……入っていったから、注意しようと……」


「それ無駄です。俺強いんで」


 ズバッと言葉で斬られてエイダはうるっと瞳を潤ませた。1度泣いたら2度目は楽だった。

 だがノアは泣き落としには鼻っから応じず、逆に不愉快そうに眉を寄せた。


「考えてみれば、俺が強いのは分かることなんですよ? 勇者候補に勝ったのはともかく、死刑囚なんですから。しかもマレディオーネ監獄に入れられるほどの。あそこって相当な実力を持った凶悪犯しか入れませんからね。つまり俺は相当な実力を持ってるんです。分かりました?」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 エイダは弱々しいながらに頷いた。


「俺は、そんじょそこらの殺し屋にも負けませんし。何せ4歳で兇手を撃退し、6歳で闇街を歩き、8歳で10人の荒くれ者を返り討ちにした経験がありますからね。自慢できることじゃありませんが、1年ほど戦場で戦ったこともあります」


「戦場……」


 エイダは首を傾げた。この国はもう50年ほど平和で、戦争などなかったからだ。

 しかし外国では何度か起きたらしく、同盟国への助太刀にこの国の兵が参戦したこともある。だが、それは10年以上前のことだったはずだが……。


 それに、兇手を撃退とはどういうことだ。兇手に狙われるなんて、普通なら有り得ない。6歳で闇街とやらを歩く……のは、エイダには意味がよく分からなかった。


 エイダが首を傾げているのを無視し、ノアは自分のローブを脱いでエイダに着させた。フードは深くまで被せられる。


「仕方ないので送ります。顔見られるとまずいので、ちゃんと被ってください」


「ノア教官は……」


「俺は大丈夫ですから」


 顔を見られるとまずいのなら、ノアも見られてはいけないはずだ。そもそもこのローブは最初からノアが着ていた。

 遠回りに断ろうと口を開くが、有無を言わせないノアの言葉に黙り込んだ。


「俺の服を掴んで。……そう。絶対離さないでください。何かあったら呼ぶこと。すぐ、表の大通りに抜けますから、それまで静かにしていてください」


 言われた通りにノアのスーツを指先で強く摘まみ、離さないようにする。


 それを確認したノアはツカツカと細い路地を出て、先程の、誰もが血走ったような目をしている通りに入った。エイダもそれに続く。

 異様な雰囲気の人間しかいないこの通りは、一体何なのだろうか。どうしてここの人の大部分が、こうも顔を隠すのか。


(不思議な場所……。怖いけど、ノア教官がいるから大丈夫ですよね……?)


 鋭く尖ったような空気に身をすくませるが、ノアから離れないように指の力は強くさせる。

 ノアも、たまにチラチラとエイダが着いてきていることを確認し、速足で歩いていく。


「もう少しです」


 ノアがエイダにそう言ったその時だった。



 少し煩い集団が前方から現れたのは。



 ノアはエイダを引き寄せると、回りに聞こえないよう囁く。


「ああいうのには関わらないよう、道を譲ります。雑魚いんですけど、人数が多くて相手が面倒臭いので」


 面倒臭いと言うノアの言葉を裏付けるように、周囲の人間も、その騒がしい集団に道を譲るように端に寄った。

 ノアとエイダは集団の先頭とすれ違い、そして最後の1人と擦れ違い────


「あ、ちょっと失敬」


 その1人の肩を、ノアが掴んだ。


(じ、自分で『関わらないように』って言ってた相手に絡んでどうするのですかーーーっっ!!)



 ノアに肩を掴まれたその人物は立ち止まり、振り返った。この通りには場違いな()()の顔がエイダの目に入る。

 振り返った顔を見たノアは小さく舌打ちをした。

 すると舌打ちをした音が聞こえたのだろう。集団の後方を歩いていた数人がノアを見る。地球で言うヤンキーが喧嘩を売っているような表情だ。

 何人も立ち止まれば、前方を歩いていた男達もこちらを見て、何かが起こりそうだとばかりに戻ってくる。


 ノアに肩を掴まれた青年は、ノアの顔を見た瞬間から硬直して動いていない。

 そんな青年を見ていたノアは、ぞろぞろと戻ってきた集団に気付いて『うげぇっ』といった風に口を歪ませた。


「ふぅむ。何でこうも面倒なことが起きるんでしょうねぇ……」


(今回は貴方のせいだって分かりきっていますよね!? ノア教官ってば、何やっちゃってるのですかぁあああっ!!)


 エイダの全力の心の叫びはノアに届くことなく、消えていった。





 お読みいただきありがとうございますm(__)m


 この1話の登場人物

 ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。王兄。復讐するために動き出した。今回は美女を助けるというテンプレの行動に。


 エイダ・ギレンラ 正義感が強い。商家の娘。今回はノアに助けられる。(ちなみにノアに恋愛感情を抱くことはありません!


 その他 モブだったので割愛。

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