第35話 ミーハーなおばちゃん?
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あー……泣いた。暫くぶりに泣いた。レイシェイラに触発されちゃって、もう……。
「顔……洗わないと外に出られない……」
王都でやりたいことがあるから来たっていうのに、予定が遅れてばかりだ。泣いた後の顔はむくんでいるだろうから、すぐ外に出ることができない。
「レイシェイラ、この家ってトイレはどこにあるんだ?」
「そこの廊下の突き当たりを右だよ」
「詳しいな」
『分からないな』って言われるかと思いながら聞いたのに。
レイシェイラは仮面を着けながら胸を張り、ドヤッとした声で言う。
「引き籠るのに、トイレの場所を覚えるのは必須だからな! 部屋で漏らすわけにはいかないだろう?」
「ドヤ顔で言うことじゃないぞ、それ。外に出ろ外に」
自慢にならないって。トイレの場所を知っていたのはありがたいけど。
俺は廊下に誰もいないことを確認して、部屋から出た。泣いた顔なんて誰にも見られたくないしな。男が泣いた顔なんて気持ち悪いだけだ。
小走りで廊下の突き当たりを曲がると、胸の辺りに誰かがぶつかった。
「おっと、すみません……うおっ」
「いえ、こちらこそ……ノア教官?」
ぶつかったのはエイダ教官だった。顔を上げられる前に片手で顔の上半分を覆って、特に目元を見られないように隠した。
ぶつかった相手が急いで顔を隠せば当然、相手は訝しがる。エイダ教官は俺の行動に首を傾げた。
「どうかしたのですか? 顔を隠してしまって……。怪我でもしたのですか? 治しましょうか?」
俺の顔を覗き込もうとしてくるエイダ教官。いや、怪我じゃないんだ。泣いただけなんだ。だから放っておいてほしい。
だが『泣いた顔を見られたくないだけです』なんて正直に言いはしない。何で泣いたかとか、訊かれないかもしれないが不思議には思われるだろうから。
ここは全力で誤魔化して、逃げよう!
「はははっ! 何でもありませんって! それよりトイレ行きたいので、ちょっと退いてくれませんか?」
爽やかに笑って生理的なことを訴えれば、王子時代に接してきた女性は皆顔を赤くさせて、離れていった。例外もいたが……エルとかね!
エイダ教官も育ちは良いのだから、これできっと俺を解放してくれる!
「そ、そうですか。すみませんお邪魔して」
思った通り、エイダ教官はぺこりと礼をするとすぐに行ってしまった。
グッジョブ俺! 早く顔を洗って……顔というか、目を冷やさないと。腫らした目じゃあ、本当にどこにも行けないよ。
……まだ若干腫れぼったいけど、誤魔化せる程にはなったかな?
瞼に軽く触れながら、俺は溜め息を吐く。
────そこそこ気持ちの落ち着いた頃に学園長が来てくれてよかった。そして、俺を勇者候補の教官にしてくれて。
俺が外に出れば復讐をするだろうと分かっていたじじいが後押ししてくれて、……本当に。まったく、じじいは甘い。
いや、もしかしたら、じじいも悔しく思っているのかもしれないな。あの日、仲間を守れなかったことを。だから俺を出してくれた……。
何より、俺が自分の手で奴等を殺したいと思っているのを分かっているから。誰かが代わりに殺してくれることを望んでなどいないと、分かっているから……。
「はは、はっ……」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
復讐なんて、ただの仕返しでしかない。仕返しをすれば、自分も『仕返し』をされる可能性も高い。
苦しみや悔しさに耐えて生きる方法もあるのだろう。復讐なんて、せずに生きていくことも。
もしくは、弟に会えば。俺が生きていることを弟が知れば、王位は俺のものになって、奴等を制裁することも可能だ。むしろそっちの方が奴等を根絶やしにするには楽だ。
だけど、俺はそれを望まない。王位は既に弟のものなのだから、今更欲したりしない。それだけでなく、正式に裁くなら、奴等の家族────妻や子供も裁かなければならなくなる。それがこの国の法だ。
夫や父親の行為を知らずに、純粋に生きてきた者も裁かれるのは、間違っている。そう、例えばジルベルトのように。所詮はただの綺麗事だが。偽善で何が悪い。悪よりいいだろうが。
だったら、俺と敵対していた者達を直接殺してしまうのが、手っ取り早い。
それに……俺個人で動いた方が、事も大きくならないだろうからな。
この身体があと何年保つか分からないが、復讐を終えるまでは死にたくないなぁ。
─────────────
エイダママに聞きたいことがあるんだよな~。リビングにいるかな~。でもまだ若干腫れてるこの目で皆のところ行きたくないな~。リビングには皆さん勢揃いでしょうからね!
どうしよう、どうしようと思いつつリビングに向かっていると、エイダママが前方から姿を現した。グッドなタイミングだ。
「ギレンラ夫人。少々、お時間はよろしいですか」
エイダママの名前はまだ知らない。クリフも『ギレンラ夫人』と言っていたから、真似をするしかないのだ。
王子時代のように甘く微笑む俺に対して、エイダママも淑女らしく笑みを作り、頷いた。
「えぇ、勿論です。こちらの部屋にどうぞ」
「ありがとうございます」
エイダママは俺の目元を見たけど、何も反応しなかった。
反応はしなかったけど、こりゃバレたな。でも見てない振りをしてくれると。いやぁ、いい人だ。
案内されたのは、さっき商談に使った部屋だった。
エイダママはソファに座り、向かいのソファに座るように俺を促した。しかし俺は座らず、深々と頭を下げた。
「まずはお礼を言わせてください。家に入れてくださり、私を介抱してくださり、本当にありがとうございました」
「いえ、いいのですよ。家の者がいきなりエイダや子供達を馬車に乗せて戻ってきたのには、驚きましたが。王都の郊外を歩いていたそうで」
そうだったのか。じゃあ王都に入ってすぐに拾われたのか。それは良かった。王都の中でも治安が悪い場所はあるからな。
「アーカイヤ様のことはその時、エイダが背負っていたと聞きました」
「っ、げほっ!」
つ、唾が、気管に!
エイダ教官! 何やってるんですか! 男共に背負わせれば良いでしょう!? ジルベルトはまだしも、エレンとか! ダリウスとルツは無理そうだな! うん、エレンしか俺を背負ってくれる人がいなそうだ!
「だからてっきり、2人はもう付き合っているのかと……」
「違います! 俺にはちゃんと好きな人がいますので! その人以外は考えられませんから!?」
「一途なイケメンも素晴らしいと思います」
真顔で言うから思わず焦っちゃうよ。俺はもう誰とも結婚する気はないってば。
第一、復讐しようとしてる男に嫁ぎたがる女の人なんていないだろ。昔と違って、俺は王子でもないんだし。
「ところで、お話とは?」
話題転換ですか。引き際を分かっていると言うか、何て言うか。
まぁいいや。のんびりしているとこの後の時間が無くなってしまう。
俺はソファに座り、こほんと咳払いを1つ。
「えー、私や生徒達のことなのですが、すぐに宿屋を探そうと思っていまして……」
「? 学園に戻られるまで、ここに泊まるのでは?」
「いえ、そうさせていただけるとありがたいのですが、流石にこれ以上の迷惑はかけられないかと」
「まったく迷惑ではないのですよ?」
キョトンとした顔のエイダママが、嘘をついているとは思えない。
迷惑じゃないの? いいの? 後から『嘘でした~!』とか、止めてね?
まぁ……エイダ教官の母親の言うことなんだし……信じて、いいかな?
「では、お言葉に甘えて……」
「あら、嬉しいです。賑やかになりそうで楽しみだわ。晩餐が2人だけというのも寂しくってね? 実家が騒がしかったからか、まだ静かなのに慣れないのよ~」
近所のおばちゃんみたいだぁ……。その、左手を口元に添えながらの右手をピッと広げて先の方を上下に動かしているところとか。
あっるれぇ? さっきまで淑女らしかったよね? おばちゃんなの? 本性はこっちですか? 俺はこっちの、おばちゃんっぽい方が好きだけどね?
エイダママの変貌に内心で突っ込みを入れている俺に、暖かい笑みを向けてくれるエイダママ本人。
「私のことは母親だと思って接してもいいのよ? だからこの家でゆっくりしていってちょうだいね~。これからも、いつでも歓迎するわよっ」
「は、はぁ……」
「じゃあ私はもう行きますけど、自由にしていていいからね? あっ、そこの冷蔵器に冷やせる物があるから、どうぞ~」
冷やせる物……あ、目に使えと。やっぱりバレてたんですね。ちなみに、冷蔵器は地球で言う冷蔵庫のことだ。電気でなく魔力で動いている。
急にミーハーになったエイダママは『おほほほ』と笑いながら部屋を去った。
「……平和だなぁ」
これが、弟が王になったからなのか。それとも、貴族以外は3年前よりも前からこれくらい平和だったのか。
どっちも、なんだろうけど。
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。復讐しようとしてる。
取得属性魔法:闇、雷、水
レイシェイラ・ルティエンス 引き籠り。対人恐怖症。元は美人。騒がしい。29歳。大商人の娘。
取得属性魔法:火、?
エイダ・ギレンラ 勇者候補の教官。商家の娘。正義感が強い。
取得属性魔法:治癒、火
エイダママ 名前はまだない。外向けは淑女。実はミーハーなおばちゃん。イケメンの婿が欲しい……。




