第33話 3年前のあの日
途中から回想です!
俺は17歳になって学園を卒業してから、王都の端に自分の屋敷を持っていた。それは王にも秘密のことで、信頼できる貴族にしか事実を伝えていなかった。屋敷の使用人も、幼い頃から世話になっている乳母やエルの家の使用人数人しか連れて行かず、存在はほぼ秘匿されていた。
その屋敷と少し離れたところに、俺を慕ってくれた貴族がよく集まった小さな家があった。惨劇の発端は、その場所で起こった。
俺の敵はワーシレリア公爵が筆頭に、わんさかいた。特にワーシレリア公爵は宰相という地位についており、手を下すことはほぼ不可能だった。有能すぎて悪事の証拠を掴めなかったのだ。国王も、宰相には弱みを握られていて、身動きの出来ない状態だった。
宰相は、気弱な俺の弟を王に据えたがっていた。自分が関白にでもなるつもりだったのだ。俺が王になったら、俺自身が政治をすると分かっていたから。
つまり俺は邪魔者だったというわけだ。何度も殺されそうになった。犯人は分かっていないが、あいつ以外に誰がいるって話だ。
あの宰相が国を操ったら何が起こるか分からない。小さい頃からそう思っていた俺は、王になるべく、奴等と戦ってきた。そうしたらいつの間にか俺に従いたがる貴族が増えたのだ。
俺たちの争いは、3年前まで拮抗していた。だがあの日、理由は分かっていないが、俺の屋敷の近くのあの家に、俺の派の貴族たちが集まるその家に、宰相派の者達が襲ってきたのだ。
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ゴロゴロピシャアッと音がして、本日何度目か知れない雷が落ちた。ざーざーと雨も降っているし、陰気な天気だ。
何で今日に限って王城で仕事なんだ。いつも通り家でやりたい。エルとシエラが心配すぎて仕事に身が入らん! もう帰らせろよ! めんどい! もうヤダ引き籠りたい!
積み重なった書類が急に崩れそうになったので、慌ててバランスを整える。王子って派手な印象あるけど、本当は地味なんだよ。やること地味なんです。書類仕事ばかりなんです。他の国のことは知らないけど、少なくとも俺の国はそうなんです。
さっさと仕事を終わらせて我が家に帰りたい。帰ってもエルとシエラいないかな。最近はよくあの離れの家であいつらと騒いでるもんなぁ。仲がいいのは嬉しいけど、もう少し俺のこと労わってほしい……。
家族のことを想いながら書類を書いて判子を押してを繰り返していると、ドアが凄い音を立てて勢いよく開かれた。あぁっ、ドアの衝撃波で書類が崩れた。
「何の用だ。もっと静かに開けろ」
入ってきたのが俺の派閥の貴族だったので愛想笑いをすることなく、書類が倒れた恨みとばかりに睨み付けた。どうせ仮面でよく見えないだろうけど。
仮面は装着必須なんです。これがないと俺の顔が見られちゃうんです。火傷で顔が焼け爛れているからって設定だけど、本当は無事です。でも見せません、だってそうすれば仮面を取っちゃえば俺は自由に動けるからです!
ちなみに俺の顔を見せたのはエルとシエラととある監獄のじじいにだけだ。あ、あと弟。
入ってきた若い男は、真っ青の顔で叫んだ。
「殿下、奴等がッ! あの家に、奴等がァアアアアアッ!」
泣き叫びながら、その場に崩れ落ちた。力が抜けたのだろうか?
奴等とは、何のことだ。あの家? 哀れな姿になりながらも俺にすがろうとしてくるのは何故だ? まさか────
「おいッ、どういうことだッ!? あの家に奴等が来たのか!? エルはッ、シエラは!? 皆は無事なのか!?」
崩れた書類なんてもうどうでもいい。足元の書類も足で押し退け、倒れた男を問い詰めた。
だがその男を抱き起こした瞬間、ごぼっという水音と共に男が口から血を吐き出した。よく見ると、服は雨だけでなく、血にもぐっしょりと濡れていたのだった。
「な……ッ!」
「殿下……すぐに、あそこへ……向かってください……! 奴等が、奴等が……皆を……!」
「待ってろ、治癒魔法を……ッ!」
「僕のことはどうでもいいんですッ!!! 早く行って下さい……ッ! み、んなを……国を……」
頑なに治癒を───治癒することによって消費される時間を自分にかけられることを拒まれる。
「分かった。ありがとう、知らせてくれて」
最期なのだからいいだろうと、俺は仮面をずらして自分の顔が男に見えるようにしながら、礼を言った。
俺の顔を見た男は目を見開いたが、次にふっと笑った。
「光栄で……ございます、殿下!」
その声を後ろに聞きながら、俺は部屋を走り出た。
「アディニス王子殿下と……レヴェリッジ王国に、万歳ッ……! ごほっ……」
今行くから……どうか、生きていてくれ……!
今までないほど全力で離れの家に向かった。家に近くなるとたくさん悲鳴が聞こえてきて、最悪の事態を予想してしまう。
壊された玄関から家に入ると、大勢の兵士に囲まれる。だが俺は生きている仲間がいないか探すのに夢中で、彼らのことはさほど気にしなかった。
「エル!? シエラ!? おい誰か!!」
返事は聞こえてこなかった。囲んでくる兵士に遮られて、周りを見渡すこともできない。
俺は、この目で確認するまでは……生きていると信じたかった。
「王子を殺せぇええええええッ!!」
図太い声が兵士達を指揮する。兵士は俺を殺そうとしてきた。
彼らの使い込まれた鎧と武器を見る限り、歴戦の者ばかりだ。そんな、屈強な男共が向かい来る。人数は100以上のようだ。洗練された動きは力強く、普通の人間であればすぐに殺される。
そう、普通の人間であれば。
「ッ────邪魔だ。退け!」
俺は普通じゃない。すぐに殺されなどしない。生き残ってすらみせよう。
生まれた時には前世の記憶があった俺は、誰にも負けないくらい努力して強くなった。魔法に頼ることも多いが、剣技だって磨いたのだ。
俺が手から黒い光を出して兵士にばらまくと、彼らは動かなくなった。
闇魔法により、彼らの身体が縛り付けられた────と、思い込ませる。
闇魔法は呪いの類いを操る魔法だ。それは心を病ませることも出来る、危険な魔法。病ませることには、思い込みによりそうさせることも出来るのだと、俺は気づいた。
思い込みの力は強い。前世の記憶がある俺は、そのことを誰よりも分かっていた。
プラシーボ効果という言葉を知っているだろうか。
例えば、1人の囚人がいるとしよう。その囚人を目隠しをして、腕を少し切りつける。傷は小さく、血が浮かぶ程度だ。その傷に、人間ほどの温かさの水を垂らし続ける。囚人にはその時、血が溢れ出ていると言っておく。
囚人は素直に、その言葉を信じる。腕を深く切られ、血が流れ続けている、自分から血が失われていくと。そして囚人はやがて、死ぬのだ。
大量に失血したのだと思い込み、死んでいくのだ。
思い込みの力は、本当に強い。
闇魔法を応用すればプラシーボ効果は使えるようになる。俺はこれを極めた。思い込みは、他にも役立てることが多い。
動けなくなった兵士達を尻目に、生きている仲間がいないかを探す。
生きていてくれ。頼む、捕虜として捕まったとかでもいいから……!
奥に進むにつれて血の臭いが濃くなっていく。そしてこの家で一番広いリビングに入ったとき。
真っ赤な光景が目に入った。
シリアス感を上手く表現できない……! 申し訳ありません。
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。王兄。3年前まで王子として生きていた。
若い貴族の男 第一王子の派閥にいた貴族。宰相派の兵士が襲ってきたのをノアに伝えた。襲ってくる兵士の攻撃を避けて、王城に向かおうとすると追いかけてくる兵士を返り討ちにした(という設定の)、けっっこう強い人。最期にノアの顔を見る。モブであるが、重要なことを果たしたので後書きに登場。




