第30話 無実だけど疑われた
「んじゃあ、引きこもるの止めて出てこいよ。外でクリフが伸びてたぞ? 介抱してやれば?」
「やだ。ここの当主怖い。出たらまた怒鳴られる」
「……そういえば、お前何でここにいたんだ?」
クリフ───廊下で倒れていた男を見て、こいつがここにいると分かっただけで、何故ここにいるのかは分からなかった。
ここが商家なら商売の話で来た可能性が高いが……それなら、別の人間が来ればいいのに。レイシェイラだと話にならない。人見知りが過ぎる。
クリフはあくまでレイシェイラ付きの従者だから、1人では自由に動けないはずだし……。
レイシェイラはボソボソと小さく、理由を言った。
「前……よく、君が言ってた道具と似たような物を作ってみたんだ。それを売り出したら商会の中で地位が上がっちゃって、人と関わるのが増えた……。今日のも、原案者がいないと駄目って言われて、仕方なく……」
あちゃー。地球にあった道具を作ったのか。よく作れたなぁ。
あの便利グッズを作れば、そりゃ地位も上がるだろうよ。御愁傷様だ。
「散々だよ……」
「まぁまぁ。凄いじゃないか、あれらを作ったなんて。よくやろうと思ったな?」
「暇潰しでね」
暇潰しで、道具を開発しますか? 俺が一言二言くらいしか説明しなかった地球の製品を?
天才だな。いくらこいつの『暇』がほぼ丸一日中なのだとしても。
作ったのはいいから、こいつを外に出さなければ。
「言っておくが、ここの当主が旦那であるなら今はいないみたいだぞ。奥さんと娘さんしかいない」
「え、いないのか!?」
おぉ、物凄い反応の良さ。旦那がいないってだけで喜びに溢れている。
「よ、よし! なら今のうちに商談を纏める! 当主がいないなら……!」
「その前にクリフ起こせよ。好きな奴に炎ぶっぱなして放置とは……サドか」
「う、うるさいな! 起こすよ。起こすから、あまり好き好き言うな……あれっ?」
レイシェイラはドアのぶを捻ったまま首を傾げた。何度かガチャガチャとドアのぶを捻ったが、外には出ない。
「あ、すまん。逃亡対策で、出られないようにしたんだった。今開けるよ」
「君って奴は……」
呆れられました。いやいや、俺にしてみりゃお前の方が呆れちゃうから。
俺は引きこもりじゃない。対人恐怖症でもない。単に警戒心が強いだけだ。
だから呆れられる要素なんて、ない! はず!
ちょいちょいっとドアを開けると、ざっと9人の人間がこちらを見ていた。最初からこちらを見てたのせいで凄く怖い。
更に、さっきまでドアにへばりついていたであろうと予想できる距離にクリフがいる。目の前に男がいても嬉しくないわー。
クリフは、この世界ではどこにでもあるような茶髪と青い瞳の、28歳独身だ。小さい頃にレイシェイラに拾われたらしく、それから付き人になっている。
元々は裏の世界で自由に動いていたとかで、その手に関しては情報通だ。小さい頃から裏の世界で~なんて、世の中は厳しいねぇ。
孤児だったとのことで、名字はない。
レイシェイラに惚れられているが、レイシェイラが本人にそういう素振りを見せない限りは気付かないだろう。
あのツンデレ、分かりづらいデレしてるから。デレが変なデレだから。
さぁてと、クリフにも俺のこと言っても問題ないだろう。隠し事は得意だし、情報通のこいつがいれば、何かと楽だ。
クリフには協力するかしないか聞いていない? ふっ、こいつはレイシェイラの命令には完璧に従う人間だからな。レイシェイラを先に取り込んだから万事解決!
ここまでの思考にかかった時間、一瞬。そしてその一瞬後に、胸元をガシッと掴まれた。
誰かなんて……クリフしかいない。
「お嬢様をどうした!?」
失敬な。俺がレイシェイラをどうにかすると思うのか。俺はエル一筋だぞ。
レイシェイラが部屋から出てこないから心配しているとは分かるが……俺の影になってて見えないだけだ。
俺の胸ぐらを掴み必死な表情で俺を睨み付けてくるクリフ……。こりゃ面白い。
からかいたい。
俺はわざと厭らしい笑みを浮かべ、クリフの手を払った。
「ああ、快く協力してくれると言っていましたよ。これからもその身体(を使って作る物)を利用させてくれると、ね」
「ッ! 貴様……!」
あはは、面白い。ほんのちょっとそういうことを匂わせただけで、こんなにイイ反応するなんて。
怖い形相のクリフをにやけながら見てたら、脇腹を思い切り殴られた。
……犯人はクリフじゃないデス。
「いだいッ! 痛いですエイダ教官!」
殴られて倒れた俺を更に蹴りつけてくる、寒色系の外見の美女。
見た目はか弱そうなのに、なんて力なの!?
「ノア教官は遂に犯罪に手を染めてしまったのですね……。見損ないました……!」
「いえもう染めてます! とっくのとうに染めてます! だから(?)蹴らないでください!」
エイダ教官はゲシゲシと、自分が殴った脇腹を蹴りつける。痛い。
俺の冗談を真面目に受け取るなんて、流石エイダ教官。クリフだけでいいのに、聞いてるの。
何とか蹴りを避けて立ち上がろうとするが、今度はクリフが襲ってきようとする。
が、とある1人の女の叫び声によってクリフは止まった。
「ぎゃぁあああああああああっ! な、なんっ、なんてものここにいるんだーっ!?」
「お嬢様!?」
仮面が大きなローブにくるまりながら、勇者候補達を見て震えていた。
「聞いてないぞこんなの! 当主の奥さんと娘さんしか今はいないって言ってたじゃないか! 子供がいるとはどういうことだアディむごぉおおっ!!」
「へいへい。煩いから黙ろうなー」
アディニスと呼ばれそうになったので、急いでその口を手で塞いだ。エイダ教官はレイシェイラの登場に固まっていたから逃げられたのだ。
クリフはレイシェイラの様子に安堵し、その後訝しげに眉を寄せた。
レイシェイラが俺に人見知りしていないからだろう。それどころか馴れ馴れしいまである。
レイシェイラにしか聞こえないよう、俺は耳を引き寄せて小声で叫んだ。
(今はノア・アーカイヤって名乗ってるから、ノアって呼べ! 王子だってこと、お前以外にゃ話してないんだよ)
「ふ、ふんご。ふがんが」
『そ、そうか。分かった』かな?
そしてクリフには、俺がレイシェイラの耳許でいかがわしいことを言ってるように見えたらしく、レイシェイラを自分の影に隠して俺に突っかかってきた。
「貴様……!」
や、俺、何もしてない。察しろよ、レイシェイラったら俺になついてくれてるんだぞ!
視界いっぱいに男の顔面が広がっていて、喜ぶ男なんてゲイくらいだろう。俺はノーマルだから、やはり不快に思う。
1発殴って気絶させようか、と拳を作った。
しかしクリフの主人───レイシェイラが、俺とクリフの間に割り込んできた。
「クリフ、落ち着け! ボクは何もされていないぞ! それに、こいつは昔からの友人だ!」
「えっ、そんなはず……」
「う、煩い! 事情は後で話すから! 今は商談をまとめてしまうんだ!」
「はい……」
胡散臭そうに俺を見る。
それもそうだ。レイシェイラの狭い人間関係くらい、クリフは隅から隅まで把握しているのだろうから。
いきなりノアという人間が出てきたところで、疑うのが普通だ。
後でちゃんとアディニスだってことも話してやるさ~。だからさっさと行ってほしい。商談とやらをやってこい。
クリフはエイダママに頭を低くして謝り、乗り気でないレイシェイラと共に下へ下がっていった。エイダママも一緒だ。
さぁて、俺はちょっくら出掛けるかねぇ───
「おわっ!」
横からネクタイを引っ張られて、足を止めるしかなくなった。
振り返るとそこには、極寒の如くの表情をしたエイダ教官と、じとっとした目を向ける我が生徒達。
………………え?
「で、何をしたのですか、死刑囚殿?」
「いえ、むしろ俺が聞きたいです。何かしましたっけ?」
「あの仮面の方には?」
「昔からの友人って、本人も言っていましたよね?」
「てっきり、ノア教官が脅してそう言ったものかと……」
「あの人見知りが脅しなんか聞くわけありませんよ……」
俺に手を離された瞬間に、あの驚異的な脚力で逃げてしまうだろう。『効かない』じゃなくて『聞かない』のがポイントだ。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて相手の話なんか聞きやしない。
……さて、俺は只今、尋問中である。エイダ教官に尋問されている。
生徒達は1階でおやつタイムを再開させているので、ここには居ない。
エイダ教官は、俺がレイシェイラに何かしたものと疑っている。何もしてません、俺は無実だ!
それにしてもエイダ教官、あの不審者臭がプンプンするレイシェイラを庇うとは、本当に流石としか言いようがない。
仮面にローブの変態じゃないか、あいつ。おっと、王子時代の俺だって仮面を着けていたと言ってはいけない。決して、仮面が気に入っていたなんてこと……無いよ?
ちなみに、俺はレイシェイラが居た部屋で正座して、仁王立ちのエイダ教官から尋問を受けている。
「……では、そういう関係なのですか……」
どういう!? 邪推してませんかい、お嬢さん!
「友人ですからね? 本当にただの友人ですからね? 恋愛対象としてなんか、あんなの見られませんからね?」
「いえ、いえ、いいのです。いくらノア教官が犯罪者と言えど、恋人の1人や2人くらいいてもおかしく………そういえば、あの方はノア教官が死刑囚だと知っているのですか?」
変なこと呟いた後に質問は止めようか。突っ込みかアンサーか迷うからね。
エイダ教官が変な誤解をするのも、ある意味仕方ないのだろう。だって俺死刑囚だから。過去とか話してないから!
だから敢えて誤解を解かずに質問に答えようじゃないか。
「知ってるんじゃないですかねー。何かと色んな情報持ってますし、あいつ」
正確にはクリフが、だが。
「知っていなかったとしても、話したところで『死刑囚? 君、遂に捕まっちゃったんだねぇ。アッハッハ、いいザマだ!』とか言って高笑いでもしそうですが」
「……類は友を呼ぶ……」
何か失礼なこと言ってないかい? 俺が仮面の変態と同類だって? いくら3年前まで仮面仲間だったからって、それはない。
ああ、さっきまで騒いでいたから忘れていたけど、静かなこの感じで怠さを思い出した。
怠さのお陰で、俺もエイダ教官に聞きたいことを思い出した。
「エイダ教官。朝のアレは何だったんですか? お陰様でぶっ倒れましたよ。まぁ、あいつに会えたので、悪いことばかりではありませんでしたが」
昨日の俺の苛立ちモードを思い出したのか、エイダ教官の表情と身体が強張っていった。楽にしてくれていいんだけどな。
今はもう怒っていないし。1回落ち着けばそこまで責めない人間なんだよ、俺は。
俺の正面に座り込み、おずおずと、エイダ教官はこちらを上目遣いで見ながら口を開いた。
「実は、ダリウス君が───」
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。復讐したがってる。
取得属性魔法:闇、水、雷
レイシェイラ・ルティエンス 顔の半分に火傷を負っている。子供を見た瞬間叫ぶ。商会の中で地位が上がりつつある。対人恐怖症、引きこもり。(何気に作者のお気に入りです。動かしやすい……。
取得属性魔法:火、?
エイダ・ギレンラ 寒色系の外見。美女。商人の娘。正義感が強い。言葉遣いは丁寧。
取得属性魔法:治癒、火
その他 モブってい(以下略




