第25話 教官の過去を予想?《エレン目線》
エレン目線……シリアス回です!
背筋が凍った。
体は動かなくて、目は教官しか見れない。視線を外してはいけない気がする。
教官は一切の表情を消し、濁った瞳で新人のダリウス・エゼルレッドを見ている。
───追求、し過ぎているとは思っていた。新人の子がずかずかと教官の過去に入り込もうとしているのを見て、心配していた。
教官の方を、だけど。
でも、大丈夫だと思ったんだ。ノア教官は変な人だけど、簡単には怒らない人だって分かったから。
それは違っていたらしく、今の教官は怒っている。
ダリウス君の『予想』は、俺の知らないことをたくさん知っていてのものだった。
流石に革命者様に妃がいたのは知っていたけど、クーデターの時に革命者様と親しかった貴族も死んでいたなんて……。
教官は、自分が彼らを殺したのでは、と言われてもまだ、歪み始めてはいたけど微笑んでいた。
だけど、
『辱しめられたらしい姿で死んでいたんだもんなっ?』
と、ダリウス君が妃様のことをそう言った瞬間に、教官の表情が抜け落ちた。
「───あ゛?」
この3日間だけだけど、ほとんど敬語を崩さなくてヘラヘラしていた教官が、ドスの効いた声を吐いた。
教室中の空気が冷たくなった気がした。
鈍感らしいダリウス君も、ここまでくると『まずい』と気付いたらしいけど、もう手遅れだった。
一瞬で教官はダリウス君のに近づき、その頭を片手で掴んで、教室の前の空いてるスペースに放り投げた。
ダンッ、と大きな音を立てて床に落ちたダリウス君に、エイダ教官とミリフィアが心配して近付こうとしたけど、ノア教官の「動かないでください」という一言で動けなくなっていた。
……俺は、最初から動こうと思うことも出来ない。逆らったら死ぬと、本能が言っている。
教官は静かにダリウス君を見下ろすと、自分の体を抱えて丸まり呻く彼の傍でしゃがみこんだ。
そして、怒りによって少し震えた声で話しかける。
「人には、話したくない過去ってのがある。暴かれたくない、自分だけのものにしていたい、と思うと、誰にも知られたくないと思う」
恐怖からか、教官を見上げながらガタガタ震えているダリウス君に、教官は変わらない視線を投げ続ける。
「……理解していないようだから言っておくが、俺は死刑囚だ。そして、お前が言うように人殺しだ。やろうと思えば簡単に人を殺せる。例外はない。
人を殺した人間に理由なんか聞くな。それに、お前の予想なんて必要ない。……王子の妃と仲間を殺したのは俺じゃないしな」
「う、ぅ……」
「お前のその考えは間違ってはいないが、正しくもない。理由を求めるな。そしてそれを、当事者から求めるな。分かったか?」
「は、はい……」
ダリウス君は泣いていた。たぶん、俺がダリウス君でも泣くと思う。
それくらいに教官は、怖い。
教官の表情は抜けたまま、声も無機質なままで、まるで機械のようだ。
「……相手が嫌がることをしたと気付いたら、何と言う?」
「ご、めんなさい……ひっく……」
「反省したか?」
「けふっ……はい……」
「じゃあ許すから、これからは気を付けなさい。分かったか?」
「はい……」
ずびっ、ずびっと鼻水を吸い込む彼を汚いと思ったのか、教官はポケットからハンカチを取り出して、彼の顔を拭き始めた。
拭き終えるとダリウス君の脇に手を入れて床に座らせ、
「これはやる。今度からハンカチとティッシュをちゃんと持ちなさい」
「はぃ゛」
返事を聞いた教官は頷くと、俺達を振り返った。
「それでは良い週末を。月曜日にまた会いましょう」
───最後まで無表情のまま、教室を出ていった。
教官が出ていくと、固まっていた教室の空気が、ようやく本来のものに戻った。
エイダ教官は、ノア教官に掴まれたダリウス君の頭と床に打ち付けた体を心配して、治癒魔法をかける。
ダリウス君は落ち込んでいると一目で分かるほど、落ち込んでいる。たぶん、反省しているのだろう。
観察していたら、ミリフィアに声をかけられた。
「ねぇ、どう思う?」
「どうって?」
「決まってるでしょ? あいつと革命者様と妃様の関係よ。
関係が無かったのなら、ダリウス・エゼルレッドの言葉にあそこまで過剰に反応することはないわ」
確かにそうだと思う。
でもそうすると、教官は王族や貴族の人達と関わりがあったってことになってしまう。
あの人なら王族とも普通に接していそうだな……と思える。
「有り得るわね。じゃああいつと革命者様は恋敵……!?」
「うーん……?」
「でも妃様は革命者様と添い遂げることを決められ、自暴自棄になったあの教官……! 自分の想いを受け止めてくれない妃様と、にっくき恋敵の仲の良い方々を殺す……! 苦しみを与えてしまった……!
これなら、図星なのかもしれないわね」
自分の世界に入り込んでしまったミリフィアに、俺はついていけない。こうなったら放置が一番楽なんだけど……。
でも、何となく教官のことを庇っていた。
「でも、さっき『殺してない』って言ってただろ?」
「あら、嘘かもしれないじゃないの」
「あの状況で嘘なんか……」
「つける人はつけるわよ」
キッパリと言い張るミリフィアに軽い苛立ちを覚えて、俺はもう部屋に戻ることにした。
しかしそこで、床に落ちている銀色の物体に気付く。
拾ってみると、それは懐中時計だった。所々に血がこびりついていて、少し怖い。
開くと、針は止まっていた。もう壊れているのか。
誰のだろう……?
懐中時計を手で弄んでいたら、今度は肖像画が現れた。美人な女の人と、可愛い赤ちゃんの肖像画だ。赤ちゃんは女性に抱っこされている。
もしかしたら赤ちゃんがクラスメイトの誰かなのかなーと思って教室を見回すけど、当然、赤ちゃんが誰かなんて分からない。
「エレノア・ジェレマイア伯爵令嬢。さっきあいつが言ってた、『革命者様の奥さん』って人だ」
突然聞こえてきた声にドキリとしたけど、その声の持ち主───ジルベルトは、肖像画に目が釘付けになっていた。
「……エレノア・ジェレマイア様?」
復唱すると、ジルベルトは頷く。いつも通り、少し顔をしかめている。
「ああ。だが……あの方に子供がいらっしゃったのか……? この赤ん坊は誰の子だ?」
その問いは明らかに俺に向けられていて、焦った。これは俺のじゃなくて落とし物なのだから。
「この時計は、俺のじゃなくて───」
「妃様がどうしたの!」
途中でミリフィアが割って入ってきた。……空気読んで欲しいなー?
ミリフィアまでこの肖像画を見たら嫌なことになりそうな気がして、俺は時計を閉じた。
「あれ? どうしたのですか?」
騒いでいるせいでエイダ教官も来た。その側にダリウス君はいない。もう帰ったのだろう。
エイダ教官は俺が手に持つ懐中時計を見て、ひくっと口許を歪ませた。
「それ、ノア教官のですね?」
「それは分かりませんが、落ちていました」
「血のついた時計を持ち歩く人は少ないのです……。あっ、そうだ……ノア教官に届けておいてください。大切な物のようですので」
何で俺が、と言う前にエイダ教官は教室を出てしまった。
「……逃げたな」
大切な物であれば、生徒ではなく教官が届けるべきだ。だけど俺が渡すように言う……。
やっぱりエイダ教官も、ノア教官のことが怖くなったんだなぁ。
俺もまだ怖く思ってるけど、大切って言うなら早めに届けた方がいいよな。
俺は予定を変更して、自分の部屋に戻る前にノア教官の部屋に行くことにした。
「あっ、ノア教官の部屋ってどこ!?」
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
エレン・オスタリア 明るい茶髪。蒼い瞳。お人好し。17歳。
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。死刑囚。今回はキレた。
取得属性魔法:闇、水、雷
ダリウス・エゼルレッド 新人。14歳。阿呆だけど素直。
エイダ・ギレンラ 水色のロングヘアーと群青色の瞳。
取得属性魔法:治癒、火
ミリフィア・メイデン オレンジ色の髪をポニーテールしている。瞳もオレンジ色。15歳。ノアの過去を予想し、自分の中では既に確定してしまっている。
ジルベルト・ド・ワーシレリア 濃い灰色の髪。くすんだ緑色の瞳。17歳。ワーシレリア公爵家の長男。貴族なので、貴族の顔には詳しい。




