第23話 テストと新人
『───アディニス様。わたくしに隠し事をするのは構いませんが、あまり酷いと悲しいですわ。
何ができるとは言いませんが、せめて一緒に背負わせてくれませんと!』
───ああ、分かっているよ。
ちゃんと言っておけば、君は死ななかった。
ごめんな。でも、笑ってくれよ。
よく言うじゃないか、女の子は笑った方が可愛いって。
それに、さ。君が笑うとあの子も笑うんだよ。
───だから、泣かないでくれ。
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「あー……怠い」
現在の時刻、朝の7時。ちょうど良い時間帯だ。
俺はなんか変な夢を見たような気がするので、どうにも気分が優れない。
ベッドから身を起こして、寝る直前まで読んでいた本を探す。
『それ』はベッドの下に落ちていて、ちょうど表紙を上に向けていた。
題名は『悪魔との契約』。何の捻りもなく、内容も『悪魔との契約』についてだ。
これは昨日、夜になって図書館に行った時にゴリアグレに探してもらった本だ。
これこれこういうのを探している、と言ったら10分くらいで持ってきてくれた。
尻尾がついていたらブンブン振られていたのでは、と思うほどに目をキラキラさせていた。……そんなに俺が憧れなのだろうか?
「考えても仕方ないし、さっさと行くかぁ……」
欠伸をしながら俺は洗面台に向かった。
現在、勇者候補の教室。
視界には、6人の勇者候補達。
そして聞こえてくるのは、
「「「「「ウ゛ー、ウ゛ゥ゛ーーーッ!!」」」」」
大量のブーイング。
「だぁああ、煩いですねぇ! テストくらいで何ですか! 物凄く簡単なテストって言いましたよ!? こんな簡単なテストで根を上げてる学生なんていて良いんですか! いや、よくありません!!」
全ては、俺が壇上に立って『全員揃っていますねー。じゃあ抜き打ちテストします』と言ったのが始まりだった……。
クソ、直前まで隠しておけば良かったのか?
「いいんだよ学生だから! そういうもんなんだよ!!」
威勢良く反論したのは、昨日までは居なかった少年だ。
エイダ教官が言うには、『昨夜連れてこられた平民の子』。新しく発見された勇者候補だ。
渡された資料によると、名前はダリウス・エゼルレッド。14歳。暗い金髪に黒い瞳。父親が地方の衛兵として働いている。
大雑把な性格で、適当な部分も多い。そして欲望に忠実……らしい。
この6人の中で何の反応もしていないのは、意外なことにジルベルトだった。
貴族として英才教育でも受けているのだろう。公爵家嫡男だし、当然っちゃ当然だ。テストなんて余裕ってことですねー。
リマは顔を青白くさせながら、控え目にだがブーイングを。ルツも同じくらい控え目に親指を下に向けている。
エレンとミリフィアと新人のダリウスは、格別に大きな声でテストに反対している。
前世も合わせてこんなブーイングは人生で初な俺。もう泣きそうだよ、泣いていい?
俺が作ってきたこのテスト、滅茶苦茶簡単だから! 地球ので例えるなら小学校レベルだから!
国語→小学校レベル
算数→小3レベル(簡単な割り算まで)
理科→主に、魔物について
社会→この世界の歴史(基本)、この世界の地理(基本)
英語→ありませんが!? アメリカ自体ありませんが!
実技教科→ないよそんなの! 実技は戦うだけだ!
こんなテストをテストと言うのか? 12歳という、地球ではギリ小学校のリマならまだしも、他は皆14歳以上だろうが!
ルツとか何だ、あれか、18歳のくせして算数もできないってか。
俺が死ぬ前まで頑張っていた2時関数とか関数とか関数とか関数とか三角比とか関数とかに比べれば、なんて簡単なことか!
もう数学とかやだ! やりたくない! ……あ、もうやらなくていいんだったわ。
異世界って楽でいいね、勉強は。
「第一これは皆さんの実力を知るためのもので、成績には関係しません。と言うか勇者候補の君達は退学とかありませんから。気に病まなくてもいいんですが?」
点数悪いと留年とか奨学金取り消しとかな! ないからいいだろ、そういうのがさ!
「それこそ関係ないね! テストは敵だ! だから嫌だ!」
だぁああああああっ!!
何なのこの子!? 欲望に忠実とはあったけど、こういう時は素直にテスト受けたら!?
あ、こめかみに青筋浮いたかも。見えないから分からないけど。
怒るな、怒るな、俺は大人。こいつは14歳の餓鬼んちょ。
「それに俺は、悪い奴から授業なんて受けたくない! どうせテストも意地悪なんだろ!」
「いえ、小学校レベルですが!?」
「は?」
おっと危ない。この世界には『小学校』なんて言葉は存在しないんだった。気を付けないと。
ダリウスは、『小学校』の意味は分からなくても『とても簡単』ということは分かったようで、叫ばずに俯いて何かを唸っていた。
もう観念したのかな。だとしたらテストやらせて。
俺が手に持っている、このテスト用紙(国語)は、パソコンで作成して印刷したものだ。
クソ神がパソコンと印刷機をくれましたので、はい、自分の部屋でなら、と、はい。
しかもあのパソコン、前世の俺のでした、はい。
ありがたいけどありがたくねぇええええっ!
クソ神が部屋に来てパソコンと印刷機を置いたのでポカンとしていたら……!
ポカンとしたままパソコン開いて無意識にパスワード打ったら……!
俺のだった……ッ!
恥ずかしい黒歴史が満載で、見た瞬間にシャットアウトしてたよ。
夜に図書館でゴリアグレに、
『何で(パソコンくれたの)。どうやって(地球から俺のを?)』
と聞いたところ、
『神様だからって言っていますよ~』
と答えられた。
今度会ったらちゃんと問いただす。クソ神に。
まぁ、パソコンあると確かに便利なんだがな。この世界の印刷技術って遅れてるし。
パソコンで作成したテスト用紙をエイダ教官は目を丸くして見てた。綺麗に印刷されているからかね。うむ、美女はどんな表情でも絵になる。
「じゃあテスト配ります」
ブーイングも収まってきたので配ろうとしたら、またもやダリウスが邪魔をした。
「断るッ!」
「黙りんしゃい。時間の無駄です」
「貴様は人殺しなんだろ!?」
おっふぅ、直球かい。オブラートに包んでくれよ。
ほら、リマなんて『人殺し』って聞いて怖がってるから。
うーん……正直に答えるのは気が引けるけど、どうせバレるんだろうしなぁ。
「……それが何か」
「人を殺すのが好きか!?」
「ハァ?」
ちょ、この子大丈夫!? 変なこと聞いてくるんですけど!
「好きで人を殺す訳ないでしょう」
「じゃあ何で人を殺したんだ?」
責めているのではなく、純粋に疑問に思っているだけのようだな。
ミリフィアのように頑固な考えではない。自分で『教官』の価値を見極めようとしている。
良いことだ。考えようとする姿勢は、非常によろしい。
だけどな?
「ハッ、言うわけないでしょう」
人には、隠しておきたいことが1つや2つはあるもんなんだよ。
俺の過去は『隠しておきたいこと』だ。今日が初対面の餓鬼に教えるはずない。
まだ何か言おうとするので、俺は『怖い』笑顔でダリウスを見つめてやる。
「ッ……!」
「いい加減にしなさい。気になるなら自分で調べたらどうです? 第一、そんなこと聞いてどうするんですか。俺を計ろうとでも? 下らない。そんなことよりテストやってください」
「………」
うん、黙った。
あ、あれ……? 俺、言い過ぎた……? そんなはず、ないよな? ちょっと笑顔に凄みを入れただけで……。
他の勇者候補を見てみると思い思いにだらけているし……酷くは、なかったよな?
俯いてしまったダリウスの表情を見ようとして、少し身を屈めた。
するとダリウスは不貞腐れたように唇を尖らせていた。それだけだ。
泣いてるかと思ったよ……。
「……じゃ、テスト配ります」
微妙に静かな教室で、俺は国語のテストを配り始めた。
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。新たな装備としてパソコンをゲット! 神様は何でもできます!
取得属性魔法:闇、水、雷
ダリウス・エゼルレッド 暗い金髪に黒い瞳。14歳。欲望に忠実。精神年齢は幼め。
その他:今回は割愛




