第22話 死刑囚 VS 勇者候補
主人公のノア目線です。
勇者候補5人は、エイダ教官が下がったと同時に動き出した。
打ち合わせなんて俺が見る限りではしていなかったのに、バランスよく動いている。
エレンとミリフィアが前衛、ルツとリマが後衛、ジルベルトがその半ばってところか。
エレンは槍を、ミリフィアはレイピアを、そしてジルベルトはロングソードを構えている。
後方の2人は魔法でも撃つつもりか?
ふむ……。
「一応言っておきますが、殺す気でかかってきてくださいね? 生半可な力じゃ、とても俺には勝てませんから」
挑発することも兼ねて、そう言っておく。
これでミリフィアとかジルベルト辺りが挑発に乗ってくれれば御の字だ。
だがミリフィアは真顔で首を傾げていた。後ろのジルベルトもだ。
心底不思議そうな顔だ。
「何を言っているの? 最初からそのつもりよ」
「俺もだ。殺す気で殺ろうと思っていた」
あ、やっぱり? そんな気がしてたよ! 特にジルベルトとかな!
3人とも身体強化もしていて準備万端だ。
「……さっさとかかってきなさい」
無駄話をしている間にも時間は進んでいます───そう言おうとしたが、槍が突っ込んで来たので言えなかった。
俺は刀で槍を受け流し、横からレイピアを振ってきたミリフィアの攻撃を勢いのまま避ける。
俺に避けられてほんのちょこっとよろめいたので、それを見逃さずミリフィアに足払いをかけた。
「……クッ」
おやまぁ、遠慮なく足払いしたのに、立っていられるとは。
ちなみに足払いは攻撃じゃないぞ。だからハンデの『攻撃はしない、半径1メートル以内で動く』というのは守っている。
ミリフィアの様子を見ていた間にもエレンからの攻撃は続いている。それらは刀で受け流すか避けるかする。
……他の3人はどうしているんだ。
そう思った矢先、気配を感じてバックステップで思い切り───半径1メートル以内でだが───下がる。
下がった瞬間、俺がいた場所が小爆発を起こした。地面が抉れ、土すら俺を襲ってきた。
後ろをちらと見ると、ルツ・ディルスが分厚い本を片手で持ち、もう片方の手には小振りな杖を持って俺に向けていた。
随分と命中力が良いじゃないか。咄嗟に下がっていなかったら、俺は散り散りだったぞ。
魔法についての知識が浅い俺に、取得属性魔法が何なのか後で教えてほしいね。
考え事をしている暇もなく、今度はジルベルトが風を足にまとわりつかせ、スピードを上げてすばしこく斬りかかってくる。
リマを見ると、彼女は胸の前で手を組んでひたすら詠唱をしているようだった。
光か治癒の属性を持っている可能性が高いな。
恐らくリマの詠唱は他の4人の補助をしているものだ。補助系で代表的なのは治癒と光なのだ。
さっきから近接攻撃を仕掛けてくる3人の動きがどんどん良くなっていると思ったら、リマの補助を受けているからだったのか。
ルツからの遠距離攻撃を避けつつ、3人の槍とレイピアと長剣を、避けるか刀で受け流す。
これを10分間続けてるのは、普通の人間であれば酷なことだ。何せ、こちらはハンデのせいで不利になっているしな。
そのハンデを提示したのは俺だが。
そして俺は『普通の人間』ではない。
転生者だから、小さい頃から当たり前の如く魔力向上に努め、王子だから死ぬほど剣術を練習した。勉強もしたのだ。
死ぬほど、とは、比喩じゃない。本当に何度も死にかけた。自分の雷に感電したことだって少なくない。
しかも今の俺にはチートな能力……って言うのかねぇ、これは。
とにかく、俺は強い。たった5人のガキんちょに負けるなんて、ハンデがあろうと有り得ない。
ただひたすら浮け流すことと回避を続ける。
フハハハハハ、この程度で俺に勝てるなんて思うなよ、餓鬼共!
心の中で高笑いをしていたら急に前衛3人が後ろに飛び退いた。
と、同時に巨大な火の塊が襲いかかってくる。それは明らかに2メートル以上あるもので、これを避けるなら俺は『半径1メートル』から出てしまう。
「……まぁ、普通はそう来るよな」
ハンデを破れば俺の負けなのだ、ならばハンデを破らせればいい。
だがな、俺には甘いのだよ、ルツ・ディルス。
向かい来る炎に向き直り、左から右へそれを───斬った。
「なッ……」
「ほらほら、かかってきなさい! その程度じゃ魔王も倒せませんよ? 魔王なんて言うくらいなんだ、相当強い奴でしょう! 倒せなければ世界は滅ぶ!」
たぶん! 確信はないけど!
俺の出鱈目に闘志を燃やした前衛3人の動きが素早く、武器が重くなった。
────と、ここまでの時間は8分。
あと2分で、どう動いてくれるかな?
=========
────結果、危うくなることもなく、俺は勝った。
目の前には、体力を切らしたミリフィア、エレン、ジルベルトが地面に転がっている。
数メートル先では魔力を枯渇させたリマも、地面に転がっている。
ルツは……大丈夫そうだな。いつの間にか読書しているくらいだし。
時間は、俺の体内時計で計っていた。完璧な10分間を計りました。
「終わった終わったぁ。じゃあエレン君以外の皆さん、今日はもういいので明日はちゃんと授業受けに来てくださいね」
「俺は……いい、ん…………」
「君は何も言わなくても来てくれるじゃないですか、お人好し」
最後にちゃんと忠告して去ろうとすると、エレンがぜえぜえしながら身を起こそうと頑張っていた。
うん、君ほんと良い子!
感激していたら、エレンは俺の後ろを見て目を丸くしていた。
うーん? 何を見ているのかなぁ?
振り返ってみたら、そこにはなんと、あら不思議! 俺が収容されていた監獄のじじいがいましたとさ!
あとついでに学園長もいるんだけど。何なのあのクソ神。来なくていいから。
エイダ教官と何を話してるんだよ、オイ。
……それで、何で長官がこんなところに居るんだ?
「じいさん……!?」
おや? エレンが何やら驚いているな。
「エレン君、どゆこと? 長官と知り合いなんですか?」
学園長のことを『じいさん』とは言わないだろうから、長官のことなのだろう。
いや、もしかしたら学園長のことを『じいさん』と言っているのかもしれない……いやいやいや、クソ神の外見は中年親父だし。孫いるけど。
エレンは呻きながらも起き上がり、地面に座り直した。
「長官? よく分からないですけど、あのお爺さんが俺に槍を教えてくれた人です」
「あー……長官だったんですか……」
うーん、確かにエレンの槍捌きはどっかで見たことがあるかもないかもとは思っていたが……確かに、似ている……かなぁ。
あんま覚えてないわ。
まぁそれはいい。エレンが長官が戦闘訓練を受けていようがいまいが、俺にはそこまで関係ない。
エイダ教官と学園長と長官の3人はこちらに歩いてきた。
エイダ教官は倒れている生徒に近付き、怪我がないか確認している。
俺は、俺より背の高い長官を睨み上げ、皮肉気な笑みを浮かべてみせた。
「何でこんなところに居るんですか? 暇なんですか、仕事してないんですか、アホなんですか? ってかエレン君の『近所のお爺さん』という立場になってるとか、普段何やってんですか」
「……様子を見に来たのだ。何かやらかしていないか」
「失敬な」
本気で心配していそうな表情にならないでよ。俺の方が『え、何かやったっけ!?』って不安になる。
ちなみにこのじじい、俺の過去を知っている。
王子として生まれたことも、何故マレディオーネ監獄に入れられたかも、知っている。
俺をあの監獄に入れたのは、他でもなくじじいだったりもする。
そのことを恨んだりはしていない。感謝こそしても、恨むなど絶対にない。
そして俺が復讐しようと思っていることも、勿論知っている。
事情が事情なために、俺を止めない。有り難いことだ。
「……やめるつもりは、無いのだな?」
復讐を。
やめるなんてとんでもない。
大切な人を殺されて、大人しく生きていられるほど、俺は人間できちゃいない。
これは俺のやりたいことで、私のやりたいことでもあるのだから。
だから、こちらを物憂げに見下ろす長官にニヤリと笑ってやった。仄かに暗く、人を嘲るような笑顔で。
そして王子として、答えた。
「当然だ。私の気が済むまで、奴等には苦しんでもらう」
「…………御意」
ペコリと一礼し、長官はエレンに絡み始めてしまった。
ふむ、じじいに鍛えられたくらいだし、エレンは厳しい訓練を強いてもいいかな?
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。死刑囚。
取得属性魔法:闇、水、雷
エイダ・ギレンラ 水色のロングヘアーと群青色の瞳。
取得属性魔法:治癒、火
リマ・ニフェン ピンクゴールドのショートボブに琥珀色の瞳。12歳。
ミリフィア・メイデン オレンジ色の髪をポニーテールしている。瞳もオレンジ色。15歳。正義感が強く、勝ち気な性格。
ルツ・ディルス 新緑色の髪を長い1本の三つ編みにしている。瞳は深緑色。細身。18歳。常に読書している。
エレン・オスタリア 明るい茶髪。蒼い瞳。お人好し。17歳。
ジルベルト・ド・ワーシレリア 濃い灰色の髪。くすんだ緑色の瞳。17歳。ワーシレリア公爵家の長男。




