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第21話 長官が授業参観に来た

 三人称ですが、エイダ目線っぽいです。

 戦闘の被害を受けないように下がったエイダの元に、2人の男が近付いた。


「……学園長! と、どなたですか?」


 1人はこの学園の長だったが、もう1人のことをエイダは知らなかった。

 体格のいい、髭を生やした老人───ノアが収容されていたマレディオーネ監獄の長官であるが。


「こちらはアルドヘルム・エイリング辺境伯だよ。ノア教官がいた監獄の長官」


「へ……? そ、それは! 失礼致しました!」


 慌てて頭を下げたエイダに、アルドヘルムは苦笑した。

 この人物は貴族と言えど、実は普段は平民に混じって生活しているため、本来の礼儀を取られると居心地が悪くなるのだ。

 だがそんなことをエイダが知るはずもなく、またアルドヘルムも知らせようとは思わない。

 知らせたところで、これといったメリットはないのだから。


「辺境伯、こちらはエイダ・ギレンラ教官。ノア教官と同じく、勇者候補の担当だよ」


「そうですか、あいつの……」


 紹介されたエイダは再び一礼した。

 アルドヘルムが貴族だと知ってから背筋がピンと伸び、表情は堅くなり、緊張していることを表していた。

 そんなエイダの様子を『大袈裟な』と思うものもいるだろう。

 しかし『大袈裟』 ではない。貴族でない者は、貴族に対して最大限の敬意を払わなければならないのが普通なのだから。───生徒であるジルベルトは例外だ。


 顔を上げたエイダは、ゴリアグレに寄り、耳に口を寄せた。


「学園長、辺境伯は何故ここに?」


「ノア教官を見たいって言うから、連れてきたんだよ。授業参観みたいなものだね」


 折角耳元で囁いたのに、普通の声量で返事されたエイダはパッとアルドヘルムを見た。

 しかし彼は何食わぬ顔でじっとノアと生徒の戦闘を見ているため、エイダは小さく安堵の溜め息を吐く。

 目をつけられたら堪らない、と思って。


「その、辺境伯は……」


 ノアとの血縁関係があるのか、と聞こうとするも、躊躇われて口ごもると、ゴリアグレは首を振った。

 否定の意味で、だ。


「いや、辺境伯はマレディオーネ監獄の長官でね。昨日連れられた囚人のことが気になっているそうなんだ」


「長官……!?」


 先程は『辺境伯』という言葉のせいで見逃していたが、これも大層な衝撃であった。

 マレディオーネ監獄の長官が誰なのかは、貴族でも一握りの情報通しか知らないと言われる。

 長官が誰なのかを公開されない理由は、その者が利用されないようにするためだ。

 正体を知れば長官の弱味を見つけ、脅すこともできる。賄賂を送ることもできる。

 そうして監獄に囚われた囚人を脱獄させる輩が、いないとは限らない。

 あってはならないことなのだ、それは。

 だからマレディオーネ監獄を管理する者のトップの名前は明かされない、のだが───。


「わ、私っ、知っちゃって……!」


 知らされてしまった。

 知ってはいけないことなのに。

 エイダは慌てるが、ゴリアグレは反対に笑った。


「大丈夫だよ。知るだけなら罪じゃない。それに、ノア教官と一緒に仕事をしていくなら知っておいて良いと思うけど?」


「そう、ですか……」


 落ち着くために深呼吸して、エイダは記憶を整理させた。

 そこで、疑問に思ったことが1つ。


「学園長、ノア教官のこと、どうやって監獄から出したのですか?」


「んー、それはだねぇ───」


 にこっと笑ったゴリアグレは、エイダに向き直ると掌を上にし、人差し指と親指で丸を作った。

 その丸を見たエイダが目を見開いた瞬間、ゴリアグレは、


「賄賂を送ったんだよ~」


「だ、だ、駄目じゃないですか、それぇええええっ!」


 マレディオーネ監獄の長官は、利用されないようにするために公開されない。


「利用してますよね! 利用しちゃっていますよね、それ! 学園長何そんなことしているのですかッ! しかも───」


 先程までは緊張していた貴族にも、エイダの怒りや焦りの矛先は向いた。


「辺境伯……うわぁっ!?」


 向いた、がしかし、アルドヘルムその人に両手を両手で握り込まれ、エイダは驚いて叫ぶ。

 握られた手を見て、悲しそうな表情のアルドヘルムを見てを繰り返していると、低い声がエイダに訴えてきた。


「……頼む」


 その声はアルドヘルム辺境伯のもので、貴族が平民に物を頼むには、必死すぎていた。

 老人の瞳は鋭くエイダの目を射抜く。しかし少し泣きそうだった。


「辺境伯、様……?」


 戸惑い、何でもいいと思って言葉を紡ぐ。

 応えるように、アルドヘルムは掠れた声で囁いた。


「詳しいことは言えない……。だが、頼む……あいつを、ノアを支えてやってほしい……。普段はふざけているかもしれないが、本当はとても優しい奴なのだ……。あれでいて、重荷を背負ってしまっている。辛いことを忘れて生きようとすれば、まだできる……! まだできるが、あいつは絶対に忘れようとしないだろう。忘れないで、報いを受けさせようとしている……! そしてまた優しいあいつは苦しんでしまう……! やろうとしていることを止めようとはしなくていい……! だが、どうか、支えてやってほしいのだ……ッ!」


 細かい説明は抜きで、何かを言われている。何かを頼まれている。だが、頼まれているという事実しか理解できない。


「………は、い。承りました」


 何が何だか分からない。

 エイダはそう思ったが、辺境伯───今は1人の青年の心配をする老人にしか見えない人が、自分をすがるように見るのだ、断ることは出来なかった。


 分かったのは、この人物がノアのことをとても大切に思っているということのみ。

 何を言っていたかは、頭から抜けてしまった。


(あ、あれ……? どうしてこんな展開になってしまったのでしょう……)


 よく分かっていないが、エイダはしっかりと頷き、アルドヘルムを見返した。


「同僚のことは、支えます。例えノア教官でなくとも!」


 本当に、あまり理解できていないが言い切ってみせた。

 アルドヘルムは微かに笑い、ようやくエイダの手を放した。


「ありがとう」


 たった一言だが、重い一言だ。


(つまり、同僚として当然のことをしていればいいのですよねっ! 同僚は支えるべきですものねっ!)


 遠からずも近からずの結論を出したエイダだった。



 そんな風に、アルドヘルムがエイダに頼み込んでいるうちに、ストップウォッチは10分の時を刻み終わろうとしていた。


 お読みいただきありがとうございますm(__)m


 この1話の登場人物

 エイダ・ギレンラ 水色の髪に群青色の瞳。悪いことは許さない子。

 取得属性魔法:治癒、火


 ゴリアグレ・ブランシュ 学園長。神様が憑依中。ノアのことを賄賂で教官にした。


 アルドヘルム・エイリング 体格のいい老人。辺境伯。普段は平民に混じって生活している。ノアの昔からの知り合い。

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