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第18話 集団ボイコット


「起きてください、ノア教官! 遅刻ですよ!」


「眠い……あと5分……」


「起きてぇええええっ!」


 なんかエイダ教官の声がするなぁ。でもここ、俺の部屋。エイダ教官がいるはずない。


「えいっ!」


「うぁああああ寒いッ!」


 毛布を剥ぎ取られた! なんてことをするんだ! 4月上旬ってまだ肌寒いのに!

 ガタガタ震えながら上を見ると、エイダ教官がにっこり笑いながら俺を見下ろしていた。

 なんて楽しそうな顔なんだ……。そんなに俺が震えているのを見て楽しいの?


「ノア教官、時間です。起きてください。もう7時半ですよ」


「7時半……睡眠時間が1時間ちょっとって、キツい……」


 エイダ教官がどこからともなくバケツを取り出してきた。そこには分かりやすいほど氷の浮いた水が……。


「起きるので止めてください! 起きますからぁああっ!」


「そうですか? それは残念です」


 Sっ気のある人だ。

 俺は欠伸を噛み殺しながら起き上がって、洗面所に向かった。いや、その前にエイダ教官を振り返る。


「俺の裸を見たいならこの部屋で待っていても良いんですが?」


 そう言うと、エイダ教官はパジャマ姿の俺を見て意味が分かったらしく、ぎこちない笑みを浮かべながら部屋を出ていった。





 基本的なことをして、クソ神宅のメイドさんに持たされたスーツを適当に着る。デザインは昨日のと同じだ。


「お待たせしました。先に行っていても良かったんですよ?」


 部屋を出るとエイダ教官が待っていた。律儀だ。

 エイダ教官は首を振った。


「1度関わったからには、キリがつくまで一緒します」


 本当に、律儀だ。Sっ気あるけど。



 宿舎を出て食堂に入ったのが7時40分。

 朝食を終えて職員室に入ったのが8時過ぎだ。

 他の教官達に挨拶しつつも自分の席に着いて、置いてあった資料に目を通し始めた。とは言え、適当にだが。

 隣の席には、同じクラスの担当であるエイダ教官が座った。連絡事項を伝えやすいように、何代か前の学園長が『同じクラスの担当教官は近くに』と決めたらしい。


「あ、ノア教官、すっかり忘れていたのですが……」


「はい?」


 何やらごそごそと自分のポケットの中をまさぐり出したエイダ教官。何かくれるのだろうか。


「今朝、ノア教官を起こす前に見つけてそのままだったのですが……」


 そう言って取り出された懐中時計は、俺には見覚えのある───見覚えのありすぎる、懐かしい代物だった。

 思わずエイダ教官の手からそれを奪い取り、凝視してしまう。

 複雑な紋様を血の跡が所々隠しているそれ───懐中時計は、しかしまだ錆びずに白銀の輝きを放っていた。

 開閉ボタンを軽く押し開けると時計が現れる。それは夜の1時で止まっていて、とある記憶が呼び起こされた。

 再度閉めボタンを押したまま開けると、肖像画が現れた。美しい女性と、女性が抱いている赤ん坊の女の子の肖像画だ。


「あぁ……」


 懐かしい。懐かしいだけでなく、いとおしい。

 あの頃に戻ってしまいたい。戻れることなら戻りたい。……だが、もう───


「ノア教官?」


 その声でハッとして、慌てて懐中時計を閉じた。

 顔を上げると、エイダ教官が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あ……すみません、懐かしい物だったので、つい」


「いえ、大丈夫です」


 エイダ教官が自分の資料に向き直ると、俺はもう1度懐中時計を見た。懐かしい、俺の好きな人に貰ったそれを。


 エル……シエラ……。君達が望まなくとも、俺は復讐を───。





 ==========





 8時半。それは、教官も生徒も自分のポジションに着いていなければならない時間。のはずなんだけど……。


「早速ボイコット! 素晴らしいよ、いっそ清々しいよ! 俺そんな嫌われるようなことしたっけ!?」


「自分で死刑囚なんて言うからでしょう! 罪人は無条件で嫌われるものなのに!」


「はい、エイダ教官ツッコミありがとうございます!」


 教室に入ると1人しかいなかった。お人好しのエレン・オスタリアだった。明るい茶髪に蒼い瞳の17歳、だったよな。うん、たぶんそうだ。

 エレンはキョトンとした顔で俺達2人を見ていたが、エイダ教官の慌てっぷりを見てくすりと笑った。

 エイダ教官は俺を強い眼差しで見て、悔しそうに地団駄を踏んだ。


「もう! 初っぱなから自分のこと言っちゃうからッ! 私は皆さんを探してきます! エレン君、ノア教官を見ていてくださいッ!」


「え、俺? はい……」


「何でエレン君が俺を見てるんですか! 逆ですよね……って、エイダ教官、行っちゃったよ……」


 素晴らしい勢いで廊下に飛び出していった美女。何かの映画にありそうなシーンだ。

 エレンは『他に人いないけどどうするのか』と問いかける目で俺を見やっている。正直、俺もう寝たいんだけど。


「教官、眠そうな目ぇしてますよ?」


「眠いんです。1時間ちょっとしか寝てないんですから」


 図書館で迷子になったせいでな。


「でも俺が寝ちゃうとエレン君が暇になっちゃうので、チェスでもしましょうか。ほら、後ろにあるので取ってきてください」


「教室に何でチェス盤が……」


「はて。学園長の趣味じゃないですかね」


 この世界にもチェスは存在している。それも地球と同じルールで。名前も同じだ。クソ神が仕組んだのかもしれん。

 教室にチェス盤があるのは昨日分かったので、それをエレンにベランダへ持ってこさせる。その間に俺はベランダに机と椅子を運んでおいた。

 ちなみにこの教室、8階に位置する。だがベランダは広いので、ボードゲームくらいは余裕でできる。


 エレンはあまりチェスをやったことがないとのことなので、教えながら遊ぶことにした。まぁ、平民は娯楽で楽しむ暇なんて殆ど無いからな。

 俺は一応、これでも王子だったからね。それくらいは、まぁ。しかも転生者だから、ルールくらいは知ってたし。

 初心者には、負けたくない!


「でもこういうのは久し振りだな。しばらく監獄にいたのもあるが」


「やっぱり貴族だったんじゃないですか、教官って。それか裕福な商人の人でしょ」


 平民はチェスを覚える暇なんてないし、そう思われるのも当然だ。でも貴族ってあまり良い印象持たれないから、そうだと言いたくないな。

 エレンは笑いながらナイトを動かした。


「む……」


「今更ですよ、教官。別に教官が貴族だろうと平民だろうと、教官は教官です。変な死刑囚の」


「『変な』とは失礼な。俺はただの死刑囚です」


「死刑囚って時点で『ただの』って言えないと思うんですけど……」


「ただのって言ったらただのなんですよ、っと」


「あぁああっ!」


「フッ、ニューピーが俺に挑もうなんて、100年早いんですよ」


 俺が絶妙な場所へクイーンを動かしたのでエレンは『グギギギ』と、まさしく『グギギギ』と! 歯軋りした。

 おっと、エレンの反応が良すぎて2回も言ってしまった。


「と言うか君、お人好しにしても1人で俺を待つなんて、度胸ありますねぇ? これでも俺、人殺しなんですよ? 知ってる筈ですよね?」


 人殺しって言ってもただの復讐だが。これからもするけど。あれの()()

 でも、あれだな、やっぱ情報を集めないとあいつらがどこにいるのか分からない。


「だって、俺達のことは守ってくれるって言っていましたから」


「あ、ヤバい、デジャヴ……」


 それ、前にも言われたことあるよ。その時は男じゃなかった。俺の好きな人だった。

 でも、俺はそいつのことを───


「守れなかったけどな……」


「教官?」


「あ、何でもないです」


 湿っぽいのはやめよう。思い出しても辛くなるだけだ。

 その後、俺に惨敗したエレンには再戦を申し込まれ、今度は危ういところまでいくのだった。

 ……成長早すぎるんだよ、この子。



 3度目は俺が『眠いから』という理由で断り、チェス盤は片付けた。

 俺は眠ろうと思い、机に思い切り突っ伏した。


「うぅ、クソ神めが……」


 何となく悪態をついたが、何となくだ。他意はない。


「教官ってどれくらい強いんですかー?」


「えー……どれくらいって言ってもな……。ふぁあ……たぶん、王宮くらいなら壊せるんじゃないですかねぇ……」


「破壊力が半端無いんですか」


「失敬な……ちゃんと暗殺もできますってぇ……」


「ほんと、何してきたんですか!」


「何してきたんでしょうね、俺……。ま、兄弟は生きてるからまだ良い方か……」


「へぇ、兄弟いるんですね。どんな人ですか?」


「そりゃ、もう………すこー…………」


「あ、寝ちゃった」


「……………」


「……本当に罪人なの、この人?」


「…………………」


 お読みいただきありがとうございますm(__)m


 この1話の登場人物

 ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。懐中時計をゲットした。

 取得属性魔法:闇、水、雷


 エイダ・ギレンラ 水色の髪と群青色の瞳。うぶな人にしたいと作者は思う。

 取得属性魔法:治癒、火


 エレン・オスタリア 明るい茶髪に蒼い瞳。お人好し。チェスの成長は早かった。

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