第17話 夜の図書館に、本当の学園長
俺は今、巨大図書館の中で、果てしなく上までそびえ立っている本棚と本棚の間で突っ立っている。
凄いなぁ。日本の一般的な図書館なんて、ここまで本も広さも高さも無いよ。
これを学園が運営してるって言うんだから、驚き桃の木……何だっけ。忘れちゃった。
「まぁ、神だから何でもありなんだろうが……」
これだけ本があると探し物の場所も分からない。分かりやすく整理しろよ、本。
俺が調べたいと思っているのは、勿論だが3年前から今までのことじゃない。そんな最近の出来事なら人から聞いた方が早いだろう。
調べるのは、監獄に入れられる前から調べたいと思っていたことだ。
でもこの広さと本棚の高さだ、見つかる訳がない。どこに何があるかも分からん。
見たところ、司書のような人はいない。つまり読みたい本は全て自分で探し出さなくてはならない、と。
「あんのクソ神、司書入れるように今度脅してやる」
下手すれば、地理の資料集でよく見たアメリカの小麦畑以上の広さを持つこの図書館で探し物など、気が遠くなる。
そうだ、今日は図書館の中を散歩するだけにしよう。それがいい。初っぱなから探し物なんて、疲れるだけだからな!
「散歩だ、散歩。そう、俺は今、ただの散歩をしているんだ。そもそも図書館で迷子になるなんて、有り得ないッ」
例えそれが、3時間歩き回っていて、どこに行っても同じ景色にしか見えなくても……。
はい、迷子ですね。
この歳で迷子とか恥ずかしいな。精神年齢は39だから、余計に。
あ、でも俺、結構若々しいよ! まだまだ気分は高校生!
「いや、今そんなこと言ってる場合じゃねぇしッ!」
おっと、自分で自分の脳内の発言に突っ込んでしまった。重症だな。
この無駄に広すぎる図書館から脱出するために歩き続けてはいるが……これ、奥に進んだりなんかしてないよね?
あと何時間歩けばいいかか分からない。微妙だが、明かりがなかったら監獄に戻ったように感じてしまうだろう。
足元を照らす、窓から入ってくる光はこの世界の月のものだ。
「……ん? 窓?」
あ、キタ! キタよ!
もう窓から逃げちゃえばいいじゃん! 何で思い付かなかったんだよ、馬鹿だな俺!
胸の高さくらいに位置する、近くの窓の鍵を開けると、俺は勢いよくそこから外へ身を乗り出し───
「ぐべッ!」
───透明な壁にぶつかって、鼻を強打した。
この時、俺の悲しみと怒りの感情がぼわわわっと大きくなったのは、言うまでもない。
図書館から窓で出られないように、結界が張ってあったのだ。防犯システムなだけなんだろうが……今は、邪魔なだけだ。
「あのクソ神めぇええっ! てめぇのせいで俺は苦労しまくりじゃボケぇええっ!」
やけくそ気味に叫んでしまった。
すると後ろの方から「ひぃっ!?」という男の声が聞こえてきた。
え、誰だ。声だけは聞き覚えがあるけど、まさかあいつな訳ないよな……?
「……誰かそこにいるんですか? まさかまさかの学園長じゃあありませんよねぇ?」
さっきの声、俺には学園長のものに聞こえたのだ。
だけどあのクソ神が『ひぃっ!?』なーんて声を出すなんて思えない。いや、思いたくない。
俺は声が聞こえてきた方を振り返り、人影を探した。
月明かりしかない暗闇の中で目を凝らしていると、中肉中背の男の姿が見えてきた。
そしてやはりと言うか何と言うか、それはダンディな雰囲気の中年なのだった。
いや、雰囲気が違う。だが見えてきた姿はクソ神そのものだ。
あいつはもっと堂々としている奴だったが、今はどこかおどおどしている。おい、そんな目で俺を見るなよ。怖がらないで!
「これってどゆこと?」
「は、はいっ! 何でしょうか!?」
「……あなたはだぁれ?」
俺の声に過剰に反応する中年……。しかもそれが(外見)学園長って、シュールな場面だ。
ふざけた声で質問してみると、中年のおっさんはビシッと姿勢を正した。そのまま敬礼しそうな勢いだ。
「はい! 僕はゴリアグレ・ブランシュです! 今までの無礼、神様がやったのだとしても身体は僕のなので、謝ります!」
そうして、体を90度に曲げられた。
ははぁ~ん? そういうことかぁ。よく分かった。
クソ神は昼の時に、自分と元々の体の持ち主は共存しているようなことを仄めかしていた。
そういうことだ。
「つまり、昼の時の人格はあいつで、今は本来の学園長だと」
「学園長の仕事も神様がやってくれているので、僕はただの穀潰しですよ~」
これまた、随分とほのぼのした雰囲気の人格だな。まだ少年のような印象を受けるぞ。
……本当にクソ神と波長が合ったのか、疑いたくなる。
「僕のことはどうでもいいんです! そそそっ、それより僕は、貴方に会えたことが、嬉しくてッ」
「あ、もしかして神様が知ってることって全部……?」
「はいっ! 神様が知ってることは僕も知っています! ですので、貴方の正体も……!」
わぉ、思わぬ伏兵! クソ神以外は誰も……例外はいるけど、それ以外に俺のこの世界での生まれを知ってる人物がいたとは。
この人なら、普段はクソ神が表に出ているみたいだから、俺の復讐の邪魔をすることはないだろう……それに、俺に会えて光栄って言っていたし。ん? 言ってなかったっけ? 細かいことは気にすんな!
それにしてもこの人、本当に子供っぽいなぁ……。クソ神が人生乗っ取った分、経験が足りないから成長もあまりないんだろうか。
俺にはどうでもいいことだが。
「是非、サインと握手を!」
「はいはいどうも~。もしよければ神様に、俺のこと優遇するよう言っといて下さいね~」
「勿論です、革命者様!」
革命者様と呼ばれた。
はい、そうです。俺がクーデターを起こしたと言われる王子様です。あの教科書を読んでびっくりしました。
俺、女の人を口説いたりしてないから! 何だよ、『1夜を共に~』って! ちゃんと一途だったからな!?
それに、革命者様って何なんだ……。恥ずかしい。凄く恥ずかしい。
え、何で王子だったのに監獄に入れられたかって? 大人の事情だよ!
デリケートな問題だったりする。
「ところで革命者様、何でこんな時間に図書館に? 僕は、夜は自分の時間なのでここにいるのが日課なんですけど……」
昼間はクソ神、夜は本人が出るわけか。そして本人は図書館に居る。
「調べ物があるんですけど、本が多すぎるのと広すぎるのとで、迷子になってました」
「あぁ、ここ広いですものね。僕も、最初の1年くらいは本の場所を覚えるのに精一杯でした」
「1年って……。どんだけ広いんですか、ここ……」
「どうなんでしょう? 神様なら分かるかもしれませんけど……でも、隅から隅まで歩くと10時間はかかりますね~」
「うわぁ……」
果てしないな。東京ドーム何個分の広さか聞きたい。俺は10時間も歩いたことがないから、よく分からないんだ。
目安が欲しいものだね。
…………………うん?
さっきの彼の話からして、本の場所、覚えているのか? しかも、この分じゃ出口も分かるのだろう……。
素晴らしい! 本物の学園長ってば素晴らしいよ! いや、知っているとは限らないのか……?
「学園長!」
「えっ? ……は、はい!」
「出口はどこですか!?」
「あ、案内します!」
うん、素晴らしい! 疑ってごめんね!
学園長が歩き出したので、俺は後ろからついていく。柔らかい月明かりが俺達を照らした。
結果、俺は外への脱出が出来た。
でも外に出るまでの過程が大変だった。何しろ、あっちを曲がりこっちを曲がり、細道を通ったりと、遠回りにしか思えない通路を通ったのだ。
近道はないのかと訊くと、
『僕も最初はそう思って他も探してみたんですけど……何故かこの道が1番近いんですよ~』
と言われた。
どうにもこの図書館の中は不思議なことになっているらしい。
「ありがとうございました、学園長。あのままだと餓死していたかもしれません」
「そんな、大袈裟ですよ! それと、『学園長』っていうのは止めてほしいかなぁ……と。普通に、ゴリアグレでお願いします。学園長の仕事は神様がやってくれているので……」
僕には、そう呼ばれる資格がない。
───聞こえなかったが、口の動きで、読めた。
これについて、俺は何も言わない。何を言っても、下手な慰めにしかならないからだ。
学園長本人には、人の上に立つ才能がないのだろう。優しすぎるし、気が弱いから。
そしてそれは、俺にも───。
「あっ、革命者様! サインをありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ」
「次に来たときは、調べ物をするなら僕を呼んでください! 案内できますし、僕自身が本を持っていくこともできるので!」
「おぉ、それはありがたい!」
良い奴だ。とてつもなく良い奴だ。本当に何でクソ神と波長合っているの?
ってか、そもそも波長って何!?
空は、もう太陽が滲んできていた。
その後。
「無事でしたか~!」
「え、図書館って危険でもあるんですか」
「いえいえ、夜中の図書館で男の笑い声や泣き声が聞こえるという噂があるので、ちょっと。無事で良かったです」
「(ゴリアグレだな、その正体……)」
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この1話の登場人物
ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。実は王子だった。『大人の事情』で監獄に入れられたとか何とか。現在の国王の兄。
取得属性魔法:闇、水、雷
ゴリアグレ・ブランシュ 学園長。昼は神様、夜はゴリアグレ本人が体を操る。記憶は共有しているようで、ゴリアグレ本人もノアのことをよく知っている。
取得属性魔法:?




