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第12話 ステーキが美味しいので幸せ

 ノア目線に戻ります。


 今の俺は、とてつもなく落ち込んでいる。この世の終わりみたいなレベルで。

 そりゃあ、監獄から連れ出されて何時間も馬車に乗り、学園なんかに行って色々暴露して、美人の刺々しい空気に当てられれば誰だってこうなる。

 しかも、だ。

 そう、これだけでは落ち込みはしない。ここまで気力もなくならない。

 問題は───


「腹減ったぁああっ! 説教はもういいので食堂の場所を教えて下さい!」


 ───腹が減っては戦は出来ぬ、って言うじゃん?


「駄目です! まだまだ足りません! あんな顔色悪くさせて、ジルベルト君に何言ったのですかッ!」


 エイダ教官はご立腹中です。それはもう、俺がスリーサイズを聞いたとき以上に怒っている。美人が怒ると怖いなぁ……。


「聞いていますかノア教官!!」


 ズビシッ、と指差された。

 俺はキリッと背筋を正し、顔を真剣なものにしてみせる。


「聞いていますとも。ですが内容は、男の友情によって話さないと決め……」


「あなたとジルベルト君に友情なんてあるはずないでしょう!!」


 その通り! あいつ絶対に俺のこと嫌ってるもん! たぶん、ってか俺の態度が悪いからだろうけどねっ!


「……そんなことはどうでもいいので、食堂に行きましょう。監獄から連れ出されて、何も食べてないんです」


 そう言うと、エイダ教官は眉をしかめながらも、ようやく食堂に案内してくれると言ってくれた。









「時は満ちた……。今この時こそ我が力を取り戻すとき! 供物を得れば最早敵などいはしないわァ!!」


「恥ずかしいので止めてくださいッ」


「うわぁあああっ! 止めるので俺のステーキを取り上げないで下さいぃいいいっ!」


 俺は食堂で、3年ぶりのまともな食事を目にした。そのおかげで変な言葉遣いになったのだが、エイダ教官が恐ろしいので強制的に元に戻った。


「ステーキ……! 俺のステーキ……! 3年ぶりの、ステーキ!!」


「分かりましたから、泣きそうにならないで下さい」


 コトリ、とステーキが乗せられたお盆が俺の前に戻される。わぁい3年ぶりー。


「いっただっきまーす!」


 パンッと手を合わせて言って食べ始めると、隣の椅子に座ってテーブルで頬杖をするエイダ教官が俺をじろじろ見始めた。

 何ですか、と目だけで質問する。


「……いえ、その『いただきます』という単語が何なのか気になったのです」


 ぐえっ。

 そそそそそれはあれだよ、癖だよ癖。気にしないでほしいなぁ?

 そう思いながらも俺はステーキを食べる手を遅くさせない。止めるのは論外だから、エイダ教官に説明するのも後で。




 結論から言おう。


「美味かった! ここのステーキ美味い! 学園なのにな!」


 最高の味だった。そりゃもう、三星レストランが開けるほどに。

 感動しながら楊枝で歯の間を探っていると、エイダ教官はまだ俺をじろじろ見ていた。

 今度は目線で問いかけるまでもなく、理由を話される。


「……普通の男の人の様な喋り方だったので」


「えー? 敬語だって普通の話し方でしょう」


 俺の場合はタメで話さないのが普通だったんだよーん。例外はあったけども。


「そんなことはどうでもいいんですよ。俺は今日、やりたいことがあるんです」


「やりたいこと、ですか……?」


「嫌ですねぇ、勘繰るような表情しないでください。あのクソ学園長をちょっくらしばくだけなんですから」


「駄目ですからね、そんなことしちゃ!」


 えー、ケチ臭いこと言うなよぉー。いいじゃんいいじゃん、何かぼったくろうぜぇ。

 エイダ教官の正義感に満ちた姿を見ながら、俺は小さく息を吐いた。

 それを見たエイダ教官が首を傾げる。


「ノア教官が溜め息を吐くと、不吉なことが起こりそうな気分になります……」


「何ですかそれ。俺だって人間なんですからね?」


 納得いかない、という風に眉をしかめられてしまった。何、俺って人間じゃないように見えるの? どうせだったらドラゴンに見えるって言ってほしいな。格好いいじゃん、ドラゴン。


 さて、冗談はここまでだ。真面目に、あの学園長には気を付けなくてはならない。

 どう話をつけて俺を教官にしたのか、何故俺の実力を信じていると言ったのか。もしかしたら俺の正体を知っているかもしれないのだ、危険すぎる。

 あんな変なのが学園長で大丈夫なのかね、この学園。



「あ、そういえばエイダ教官は何も食べないんですか?」


 俺ばっかり食べるのに集中していたから、エイダ教官のこと気にするのを忘れていた。

 エイダ教官は腹に手を当てて、


「まだ減っていないので、食べません。私は食べたいときに食べる主義なので」


 と言った。

 食べたいときに食べる、か……。自由でいいね、それ。


「ところで、どうするのですか。死刑囚だなんて、あんな簡単に言ってしまって……」


「どうもこうも。変に信頼関係築いてから言うよりずっとマシだと思いますよ? それに、あれくらいは予想の範囲内、範囲内。余裕ですってぇ~」


「悪どい笑顔……」


 悪どいじゃなくて不敵な、って言ってほしい。その方が格好よさそう。

 それに、正論言ってるだけだしな? 正論言ってるんだからそんな悪い笑みじゃないだろ? ……そのはずだ!


「それはそうと、エイダ教官。学園長はどこに居ます?」


 あいつ本当に怪しいから、やっぱり問い詰めなくちゃいけない。場合によっては……。


「……怖い」


 エイダ教官が小さくそう呟いた。はて、怖がる要素なんてあるだろうか。


「ノア教官は笑顔が怖くなるんです!」


「え……笑顔が怖い……!?」


 それは酷い。3年前はよく言われたけど、まさか今でも言われてしまうとは……。そんなに怖いかな?


「……まぁ、いっか。で、学園長はどこです?」


「………」


「何でそこで手ぇ合わせてるんですか! しかも声に出さずに『南無阿弥陀仏』って言ってますよね!?」


「学園長に捧げる祈りです……数時間後には仏になっていると思い───」


「なりませんよ!? 流石にあの人殺せば面倒なことになるのは分かってますから!」


「じゃあわしは安全なんだね」


「「あ、学園長」」


 ふざけ始めるエイダ教官にツッコミを入れていると、いつの間にか後ろにダンディな中年───ブランシュ学園の学園長が立っていた。

 今朝……と言うより夜明けか。夜明けに監獄で会った時と同様に、にこやかに笑っていた。


 ちょうどいい。何としてでも聞きたいことがあるんだ、出向いてきてくれるとは手間が省けた。


「学園ちょ───」


「じゃあ2人とも学園長室に来てくれるかな? 勇者候補の担当教官の2人に話しておきたいことがあるんだよ」


 ……俺の声を遮ったけど、多目に見てやろうじゃないか。その代わり、俺の聞く質問にちゃんと答えなければ、しばく!

 ところで、勇者候補の担当ってだけで何かあるというのだろうか。注意事項だけかな?


 俺とエイダ教官は、背を向けて歩き出した学園長に着いていった。

 俺はいつも通りの笑顔を浮かべながら。

 エイダ教官はキリッと真面目な表情で。


 お読みいただきありがとうございますm(__)m


 この1話の登場人物

 ノア・アーカイヤ 主人公。黒髪黒目。学園長を警戒中。

 取得属性魔法:闇、水、雷


 エイダ・ギレンラ 水色の髪と群青色の瞳。正義感たっぷり。生徒第一。

 取得属性魔法:治癒、火


 ゴリアグレ・ブランシュ 学園長。ダンディな中年。

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