第11話 気に食わない教官《ジルベルト目線》下
ジルベルト君目線、続きです。
「君達の担当教官は死刑囚です。3年間分の情報がないのは、3年前から監獄にいたから……」
話の途中、ミリフィアとやら言う少女が教室を出ていこうとした。他の奴らは皆驚いていて、動けないでいるようだ。
俺も充分驚いている。
死刑囚が、教官? しかも察するに、自分から来たとは思えない。そうなると学園長にスカウトでもされたのか。……狂っているな、ここの学園長。
3年前に収容されたということは、大方、あのクーデターの時に騒ぎに便乗して悪さをしたのだろう。とは言え、何をやって国で最も最悪なあの監獄に入れられたのか、想像もつかないが。
ヤツはさっさと話を終わらせて、二者面談に行かせたがった。資料準備室で待つと言った。
誰が最初に行くのか。そんな言葉が無音の教室で聞こえる気がする。誰も死刑囚なんかと話などしたくないのだ。俺は別の理由からだが。
「じゃあ、自己紹介した順番にしましょう。リマさん、一緒に行きましょう」
このままでは何も進まないと感じたのだろう、女の教官が手を叩いた。
「は、い……」
まともな方の教官に言われれば反論出来ない。……いや、こいつだとあっちの教官の言葉でも怯えながら従ってしまいそうだが。リマという少女は教官と教室を出ていった。
残された俺達4人はしばらく黙っていたが、やがて無言のままミリフィア・メイデンも教室を出た。
続いてルツ・ディルスも居なくなった。
エレン・オスタリアは居心地悪そうにしながらも、出て行きはしなかった。律儀な奴だ。
俺もとっととトンズラしたい。だが未だに椅子に縛り付けられているので、立つことも出来ないでいるのだ。ご丁寧にも手が魔法使用防止の布で巻かれているため、風魔法で縄を切ることも出来ない。
俺の番になれば縄は解いてもらえるだろうから、わざわざエレン・オスタリアに助けを求めなどしない。断じて、しない。
ぼーっとすること数分間。女の教官が教室に入ってきて、顔をひきつらせた。
「ふ、2人……!?」
「あ、帰っちゃったみたいですよ」
教官はエレン・オスタリアの一言で撃沈した。しかしすぐに復活する。
「ふ、ふふっ。そうですよね、あんな人と話したくなんかありませんよね。大丈夫です、私もですッ」
少し精神的にいかれてしまったのか、淀んだ空気が教官の周りで渦巻いていた。復活と言っても、無理矢理しただけのようだ。
エレン・オスタリアは女の教官の近寄りがたい空気に当てられて、同行を頼まずに行ってしまった。
俺もここから離れたい。こういう奴は嫌だ。
せめて関わりがないようにしたい……そう思っていたら、何故か話しかけられた。
「ジルベルト君は残っていてくれたんですね……」
「てめぇが椅子に縛り付けたからだろうが」
「失礼です! 元はと言えばあなたがリマさんを攻撃していたからでしょう!」
「それはあいつが根拠も無いことを言ってたからだってぇの!」
「何ですか、何言われたのですかっ!」
「それはッ……」
勢いに任せて言いそうになってしまった。だが言っていいのか。父上のこと。
いや、ワーシレリア公爵家現当主の父上が宰相だったことは一般の知識だ。
俺は一応一般の大人の話を聞くことにした。
「おい」
「エイダです!」
「前宰相は悪さをしていたのか」
「……していたという噂はよく聞きましたよ?」
噂。あくまで、噂だ。根拠となるものが無いものか……。根拠がないと、俺は絶対に納得しない。
情報が足りなくて顔をしかめていると、教官がいきなり何かを思いついたかのようにぽんと手を打った。
「公爵様のことを知りたいのでしたら、王都の人達に聞いてみたらいいのではないでしょうか? 当時のことを詳しく知っている方もいるかもしれません」
「……平民に、聞くのか」
「貴族の悪いところは、同じ貴族よりもそれより立場の低い人達の方が分かりますから」
悔しいが、もっともだ。貴族が我が儘をすれば負担は立場が低い奴らに行くに決まっているのだから。平民になら、貴族に聞いても分からないことも分かるのだろう。
休日に出掛けてみるか……。
それからすぐにエレン・オスタリアがやって来て、「次どうぞー」と言って去っていった。次って言ったって、俺しかいないだろうが。
「……おい」
「何ですか? そういえばよく残ってくれましたね! まさかジルベルト君が居てくれたとは!」
「俺だって帰りたかったのに、縛られているから諦めたンだよ」
「えっ!?」
何驚いているんだ。縛り付けた本人の癖に。それにさっきも同じ会話したよな……? 覚えてないのか。馬鹿か。
「え、えっと、じゃあ取りますね! 遅れちゃいますものね!」
「……早くしろ」
溜め息モノだな。担当教官が死刑囚で、その補助がこんな馬鹿だとは……このクラス、大丈夫なのか?
自由にされると、速足で資料準備室へ向かった。早く帰りたいのもあるが、あいつに聞きたいこともあるから。
女の教官は資料準備室の前で俺が出てくるのを待つとのことで、廊下でぴしっと気を付けして止まったのを見届けてから、俺は教室に入った。
そこには、変わらずにやにやしている教官がいる。俺が入ると同時に、奴の正面にある椅子を示される。
「そこ座ってください」
「チッ」
苛ついて舌打ちしたら、わざとらしく涙目になった。
「舌打ちするのはいいですけど俺に対してするのは止めてください傷付きますからッ!!」
傷付くのか? 何されても笑っていそうだ。怒っても笑ってそう。
いや、今はそうじゃない。こいつに聞きたいことがあるからここに来たんだ。父上に関して何か情報を持っているだろう、こいつに。
俺は椅子に座らず、ドアの横の壁に背中を預け、相手を睨んだ。
「てめぇに聞きたいことは1つだ。これを聞いたら帰る」
「はぁ、それで?」
気の抜けた返事だ。苛々する。
「手前が死刑囚になるまでの立場だ。あの監獄に入るまで、何をしていた?」
父上と関わりがあったなら、それなりの地位を持っていたに違いない。
商人? 父上は注文を行うときは使用人に任せていたから、違う。
貴族? それなら何故俺がこいつを知らないんだ。『アーカイヤ』という苗字も、聞いたことがない。
他国の人間? ……あぁ、それなら有り得るかもしれない。父上は宰相だったから、どこでどんな繋がりを持つか分からない。だが他国の人間を、あの監獄に入れるだろうか? やはり無いか。
全く分からない。だから、期待はしていないがこいつに、本人に聞くしかない。
奴は笑顔を微塵も崩さず、少しだけ首を傾げた。
「『立場』? いくら質問も受け付けると言っても、過去のことはちょっと……」
「そうかよ」
踵を返して出ていこうとした時、楽しそうな声が俺を引き留めた。
「君が聞きたいのは、俺のことじゃなくてお父上のことでしょう?」
「……」
「これから聞くことを誰にも言わない、何故俺が知っていたかということを詮索しない、そして俺の質問に答えてくれると約束してくれるなら、あの宰相の犯した罪を話してやってもいいですよ……?」
振り返ると、奴は指を順に折りながら『条件』を提示した。好奇心が勝る人間ならば破ってしまいそうな条件だ。
詮索しない、というのは惜しいが、それより父上の犯した罪とやらが気になった。
「……教えろ、父上は───何をした?」
あのクーデターからいなくなった父。母上も心配しているのに手紙だけで、帰ってきやしない。あんな変な父上だが、立派なところもあった。
その父上がしたことを、俺は知りたい。……父上が何をしたのだとしても。
返事を聞いた教官は満足そうに微笑み、再び俺に椅子を勧めた。
今度は俺もそれに従い、少し固い椅子に座ったのだった。
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この1話の登場人物
ジルベルト・ド・ワーシレリア 貴族。父親のことを知りたがっている。ノアのことは嫌い。
ノア・アーカイヤ 主人公。ジルベルトの父親のことを知っている。
取得属性魔法:闇、水、雷
エイダ・ギレンラ アホなところあり。生徒大好き。
取得属性魔法:治癒、火




