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第3話 断罪の暴君――蒼光の「X」が絶望を裂く

その接近に、戦場の誰ひとり気づけなかった。


「貴様、何者だッ!!」


グラが咆哮する。が、ロザリーナは一歩も動かない。

次の瞬間、双剣が煌めき、重い籠手を吹き飛ばす。


「ぐあっ……ぬ、女風情がァ……!」


さらに畳みかける。

雷のごとく二振りの剣が疾走し、斬撃の軌跡が風に刻まれる。


「面は線を凌駕する――」


グラの斧が振るわれるが、ロザリーナは紙一重の間合いで舞う。

彼女は、まるで剣を振るうことすら億劫そうに、一言だけ告げた。


「しゃべりすぎだよ」


双剣が、一瞬だけ空から消えた。


次に見えたのは、蒼銀の軌跡が描く「X」の形。

グラの胸甲が裂けて血が噴き出した後だった。


「なっ――馬鹿なッ!? この魔甲冑を……!」


鋭い右爪を突き出すも、双剣に軽くいなされる。

赤い雫が剣先から落ち、石畳に音を立てた。


村人たちは、誰も声を出せなかった。

ただ、あり得ない速さの剣の軌跡だけが目に焼き付いた。


風が止まり、ロザリーナの髪が舞う。


「くそっ!」


グラが赤い唾を吐き、咆哮する。

(二人相手では分が悪い。今は退く……!)


「退け! 全員退けぇ!」


兵士たちは顔を見合わせ、散り散りに逃げ出した。


額の第三の眼が、最後にロザリーナを睨みつける。


「次は引き裂く……覚えていろ!」


その言葉を残し、影へと消える。


――静寂。


ポコランは、ポカンと口を開けて立ち尽くしていた。


「ポコランくん、口開けてっと虫入るぜぇ~。

 なんでも食べれるって……若いってホント良いねぇ」


ニコルが肩を叩き、軽く笑った。


「あ、あの人は……!?」


「ああ、この世界は広いんだよ。

 いろんな奴がいるってことさ」


少女は祖父にすがりつき、泣きじゃくっていた。

それを見て、ポコランがホッと息をつく。


ロザリーナは無言で双剣を収め、縛られている村人に歩み寄る。

縄を斬り、村人たちを解放する。


クレセントたちも後に続き、村人を助けながら、

「ありがとうございます」と深く一礼した。


ロザリーナは、言葉なく微かに頷くと、

無言で背を向けて立ち去ろうとした――その時。


「待ちなよ、お嬢さん」


ニコルの声が、さっきより少しだけ低かった。


「……アンタ、何者だ?

 今の剣、ただ者じゃなかったぜ」


ロザリーナは背を向けたまま答える。


「……旅の剣士。――それだけだ」


短い返事。

だが、その横顔にわずかに走った影が、ニコルの目に留まる。


「旅を……なぜ一人で?」


ロザリーナは静かに息を吸い込んだ。

風が、栗色の髪をかすかに揺らす。


「――兄を探している。

 ……きっとまだ、どこかで生きている」


その声には、嘆きでも期待でもない、

ただ静かで揺るぎない信念が宿っていた。


ニコルは片眉を上げる。


「もうちょい聞かせちゃくれない?」


ロザリーナはゆっくりと振り返り、

やや迷うような間を置いてから、静かに口を開いた。


「……五年前。

 兄は、その戦の最中に、光に包まれて獣界に落ちた」


「獣界に……?」


「遺体も武具も見つかっていない。

 だから、生死は……分からない」


ロザリーナは、ほんのわずか眉を伏せる。


「獣界に落ちて、もし生きているとしても、

 既に人間じゃ……」


ニコルは途中で言葉を止めた。


「……アンタ、それでも探すのかい?」


ロザリーナは一歩踏み出し、

その蒼い瞳でニコルを真っ直ぐに射抜いた。


「姿がどう変わっていようと関係ない。

 生きているのなら……私が迎えに行く」


その言葉は淡々としていた。

だが火に触れるよりも熱く、

村を包んでいた血の冷たさを、一瞬だけ吹き飛ばすほどの静かな熱だった。


ニコルの笑みが、ふっと薄らぐ。


「……なるほどねぇ」


ポコランが驚いたように口をまた開けている。


ニコルは肩をすくめ、

少しだけ真剣な声に戻した。


「……そう言う事なら、俺の仲間が何か知ってるかもしれない。

 王都の古い話や、五年前の戦のことを、

 ――まだ覚えている奴らがいるかもな」


ロザリーナの背が、わずかに揺れた。


「兄のことなら……どんな小さな欠片でも」


「そう思ってくれるなら、一緒に来てくれないか。

 それに今回の礼もあるんで――」


ロザリーナは、ほんの一瞬だけ戸惑うように瞳を伏せ……

ゆっくりと頷いた。


「……わかった」


「あ、僕も一緒にいいですかっ!」


ポコランの声に、ニコルがふっと笑った。


「もちろんさぁ~。

 その勇気、買ったぜ?

 けど、さっきもまた口開いてたから、

 虫は食べすぎないようにねぇ~?」


軽口を残して一瞬だけ額の血を拭うと、

ニコルはふいに、その場でピタリと笑みを消した。


ハーフマスクの下で、金色の瞳だけが鋭くなる。


「――クレセント!」


「はい!」


「吊られた人たちを下ろして。

 手厚く葬ってあげて」


さっきまでのふざけた色は一滴もなく、

ただ静かで、深い敬意だけがあった。


クレセントたちは深く頷き、駆け出す。


短い沈黙が落ちる。

ロザリーナがわずかに目を伏せる。

風が、血の匂いを薄めていった。


「さーて、先に行きましょうか」


ニコルは手をひらひらさせながら歩き出した。

ロザリーナはその背を追い、

ポコランも慌てたように駆け寄った。


――血に濡れた朝が、ゆっくりと蒼に溶けていく。

三つの影が並び、静かな旅路へと歩き出していた。

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