第33話 遊撃、死地へ――投石器破壊作戦
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【黒帝軍前線】
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頭上を二つの巨大な石弾が唸りを上げて飛んでいく。
大地が、遅れて低く震えた。
「……投石器は、生きていたようだな」
前線へ歩み出てきたレッドバルムに、
破砕の巨鎚・《ドルグ=ハルザード》が低く声を掛けた。
レッドバルムは荒い息を整え、頷く。
「はい。
襲撃の痕跡は確認しましたが、
機構そのものに損傷はありません」
そこへ――
暗紅の瞳を光らせた、細身の影が歩み出る。
魔翼の処刑者――
《ヴァルザーク》。
「……そろそろ、俺の出番か」
首を傾け、骨を鳴らす。
「玉座の裏に縮こまってる王の首。
俺が取ってきてやる」
その言葉に、ヴァルザーク自身の熱はない。
まるで――退屈な遊び場を見回すような口調だった。
「ただし――」
赤い瞳が、城壁へ向かう黒帝兵の列へと流れる。
「最初に突っ込む連中。
ちゃんと“壊れる音”を聞かせろ」
「じゃねぇと、つまらねぇ」
レッドバルムは、
その視線を正面から受け止め、口角を上げた。
「ご心配なく、ヴァルザーク将軍。
城壁突撃隊には、選りすぐりを持たせています」
一歩、前に出る。
「刃は軽く、振りは速い。
我が軍の剣のほうが勝つ――
伝説の鍛冶士が仕上げた“作品”です」
ヴァルザークの眉が、わずかに跳ねた。
「ほぉ……」
口元が歪む。
「で、それは――折れねぇのか?」
「折れません」
即答だった。
「少なくとも――
店で流通している凡庸な剣の方が、
先に折れます」
一瞬の沈黙。
ヴァルザークは、喉の奥で低く笑った。
「いいじゃねぇか」
「剣が負ける戦場――」
「……やっと、俺の遊び場になる」
背中の赤褐色の魔翼が、ばさりと広がる。
「じゃあ俺は――
“一番いいところ”を、取ってくるか」
――今、分かった。
砦側が必死に耐えている“理屈”は、
こちら側にとっては“娯楽条件”でしかないことを。
だがドルグは、
その軽口には視線を動かさず、淡々と問いを重ねる。
「……それで、グラはどうした」
一瞬。
余裕の笑みを浮かべていたレッドバルムの表情が、
わずかに硬くなる。
「それが……
投石器周辺に、
グラ将軍の姿はありませんでした」
「――なに?」
ドルグの眉が、ほんの僅かに寄った。
「……グラが、いない?」
「チッ……」
ヴァルザークが舌打ちをする。
「どこ行きやがった、あの野郎」
魔翼が、再び揺れた。
「まぁいい。
俺が終わらせりゃ、問題ねぇ」
次の瞬間――
「はぁぁッ!!」
ヴァルザークの身体が、真上へ跳ね上がる。
矢が飛ぶ。
投石が唸る。
だが魔翼は、それらを嘲笑うかのように躱し、
反転して砦の方角へ滑空した。
ドルグは、その背を一瞥するだけで、
視線を前線へ戻す。
その空を舞う処刑者もまた――
彼にとっては、ただの戦力の一部でしかなかった。
「……右を潰せ」
低く、確定した声。
「梯子が掛かったら、
次は――砦内へ投石だ」
「承知しました!!」
レッドバルムが応える。
「俺も前へ出る」
ドルグもまた、
大鎚を肩に担ぎ、歩き出した。
災害の歯車は――
もう、止まらない。
◆◆◆
一方――
ルドグラッド砦。
「……マズい!!」
右城壁にいたニコルが、叫んだ。
投石は止まらない。
反対側の左城壁が砕け、内側へと崩れ始めている。
その崩れかけた城壁の上では、
ガルデンが――
中広場へ降りる石階段の手前で、
押し寄せる敵を必死に食い止めていた。
だが――
数が、違う。
(このままじゃ……持たねぇ)
バリスタは、投石器に届かない。
さらに石弾は、城壁だけでなく、
壁下で待機する民兵の頭上にも降り注ぎ始めていた。
――馬が暴れ、叫び声が混線する。
守りが、
遠距離攻撃によって、
戦う前に――内側から削られていく。
ニコルは、強く舌打ちする。
「……やるしかねぇ」
迷いはない。
選択肢が、もう残っていなかった。
城壁から駆け降り、怒鳴る。
「マクレブ!!
馬を出せ! 遊撃出るぞ!!
――投石器を潰す!!」
「了解!!」
遊撃隊中隊長・マクレブが、即座に応じる。
その時だった。
「私も行く!」
声を上げたのは――アズ。
ニコルは、一瞬だけ言葉を失う。
城壁上で戦うガルデンへ、視線を送る。
横にいるベニバラはいない。
――一人でも多く、戦力が欲しかった。
(投石が止まらなければ……終わる)
ニコルは、アズをまっすぐに見た。
そして――理解してしまった。
止めても、この子は引かない。
「俺の後ろから、
絶対に出るな」
低く、強く。
「いいな」
「……うん」
アズは、迷いなく頷いた。
その覚悟が、
軽い勢いではないことを、ニコルは理解した。
「マクレブと、馬を連れてこい」
「任せて!」
アズは踵を返し、走り出す。
ニコルは振り返り、叫んだ。
「クレセント!!」
「は、はい!」
「左城壁が破られたら、
敵は城門を開けに来る!
俺たちが投石を止めるまで、
民兵と一緒に、ここで踏ん張れ!!」
「……ぜ、絶対に、門には近づけません!」
クレセントの手は震えていた。
だが、その足は下がらない。
その背後から――
「ぼ、僕もやります!!」
ポコランが、顔を出す。
「……大丈夫かい?」
ニコルが問う。
「アズもやってるし……
僕、役に立つかは分からないけど、
でも……それでも、逃げる気はありません!」
ニコルは、黙って頷いた。
笑顔はない。
軽口もない。
それが――
今の状況を、何より雄弁に物語っていた。
◆◆◆
城門内。
中隊長マクレブを先頭に、
三十の遊撃兵が馬に跨がっている。
アズから手綱を受け取り、
ニコルは白い隊長馬に飛び乗った。
「――全矢を門前へ集中!」
右城壁から城門前へ、矢が降り注ぐ。
重い音を立てて、門が動いた。
「城門、開けろ!
遊撃――
出るぞ!!」
一瞬、音が消えた。
ブオォォォォ――ッ!!
ボッ、ボッ!!
角笛が鳴り響き、
遊撃旗が大きく振られる。
門前の黒帝兵を斬り伏せながら、
ニコルを先頭に、遊撃隊が飛び出した。
「止まるな! 速度を武器にしろ!」
白馬が、疾走する。
黒一色の戦場を裂き、
黒帝軍本陣の横――
投石器へ向かって。
それは、
崩れゆく戦局に対する、
**最後の“噛みつき”**だった。




