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第16話 王命下る――守り抜く者たち

しばしの間を置き――

ヴァレンティスは静かに口を開いた。


「……我が民を守ること。

 それが何より大事であることは、疑いようがない」


語調は落ち着き、いつもの静けさを取り戻していた。

だが、その奥底には――揺るぎない決意が潜んでいた。


「その通りです」

ベニバラが深く頷く。


しかし、王はすぐに続けた。


「だが、それが――罪なき者が目の前で処刑されるのを

 見過ごす理由にはならぬ」


ベニバラの片眉が跳ね上がる。

その横でアズは息を呑み、ニコルはわずかに顔を伏せた。


「ニコル」


王は名を呼び、まっすぐに命じた。


「最少の兵で、救出に向かえ」


その瞬間、ベニバラとガルデンが同時に声を上げた。


「ま、待ってください!」

「陛下、それは――!」


ベニバラは一歩前に出る。


「援軍を出せば、この砦の存在が――」


「分かっている」


ヴァレンティスは、深く息を吐いた。

その表情は、痛みと覚悟の入り混じったものだった。


「この砦が黒帝断罪軍に見つかる日は……遅かれ早かれ来る。

 それが明日かもしれぬし、もっと先かもしれぬ」


食堂の空気が再び重く沈んだ。


「この砦に暮らす数を知っているか?」


「……千人ほどです」

ベニバラが答える。


「そうだ。千人の民が、五年この砦に籠り続けてきた。

 物資は限界に近い。

 交易をすれば姿を晒し、畑を作れば存在が露見する。

 この生活は……永遠には続かぬ」


ガルデンの眉が深く刻まれる。


「ですが――」


「ベニバラ」


ガルデンが割り込み、首を振った。

その瞳には、戦場を生きてきた者にだけ分かる重さがあった。


ベニバラは息を呑み、視線を伏せる。


王の声が、静かに、しかし深く響いた。


「この砦を“唯一の希望”と信じ、

 故郷を、……そのすべてを捨てて来た者たちがいる。

 私は……その者たちを見捨てたくはない」


その言葉は――

静謐(せいひつ)な空間の中で、深い井戸に石が落ちるように響いた。


アズは唇を噛み、拳を太腿の上でぎゅっと握る。


(……王は、本気で“誰も見捨てない”って言ってる)

胸の奥がじわりと熱くなる。


(……こんな王様が、いるんだ……)

ポコランは膝立ちのまま震え、目が知らずうちに潤んでいた。


ニコルは微動だにせず王を見つめていた。

その顔だけは、軽口の影が完全に消え、

ただ“戦士としての敬意”だけが宿っている。


沈黙の中に、王の覚悟が息づいていた。


ベニバラは、深く息を吐き、

そのまま静かに――しかし重く頭を垂れた。


「……承知しました」


ヴァレンティスは一つ頷く。


「ニコル。

 くれぐれも、この近くに“アジト”があると悟られるな」


「了!」


ニコルは一歩強く踏みしめ、深く頭を下げた。


だが王は、さらに静かに言葉を重ねる。


「ニコル――私は無理を言っている。

 悟られたとしても……お前を責める者はいない」


ニコルは胸に拳を当て、

ほんの一瞬、道化師の仮面を完全に剥いだ、

**少年のように晴れやかな笑顔**を見せた。


「任せてくれ、陛下。

 俺は、貴方のその『優しさ』を守るために、ここにいるんだ」


その瞳には、鋼の覚悟が宿っていた。

遊撃隊長ではなく――“誰かの為に命を賭ける一人の男”の瞳だった。


出口に向かいかけたニコルは、足を止める。

振り返り、まっすぐ王へ問いかけた。


「陛下……クレセントの処罰は?」


その声は震えていた。

床に崩れたクレセントが、ようやく顔を上げる。


「ぼ、僕は……死刑でかまいません……!」


アズが息を呑む。

ポコランも肩を震わせた。

王の一言で、この場に“首が転がる”世界なのだ。


だがヴァレンティスは、静かに問い返した。


「この絶望の世界で、死ぬことは罰となるのか。

 生きていることは……救いとなるのか?」


クレセントは、息を止めたように固まった。


王は視線をニコルへ向ける。


「――部隊の命の捨て場所は、

 遊撃隊長(おまえ)に任せる。

 ……それでよいか、ベニバラ、ガルデン?」


ベニバラは深く頭を下げた。


「……分かりました!」


ガルデンも目を細めて、うなずく。


「水臭いぞ。……陛下」


ニコルは一瞬だけ瞳を揺らした。

自分に託された“命の重さ”を噛み締めるように。


やがて、王は全員を見渡し、大きく息を吸った。


「ベニバラ、ガルデン。

 ――馬車の受け入れ準備を整えよ。

 急げ。時間はない」


「はっ!!」


重なる報告の声が壁に反響した。


その瞬間――

砦に満ちていた“温かな朝”は完全に消え失せ、

空気が、刃のような戦の匂いへと変わった。


アズは腰の短剣を握り、

ポコランは震えた足で立ち上がり、

ニコルは風を切るような速さで出口へ向かう。


それぞれが次の戦場へ向かって走り出した。

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