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第9話 禁呪の裂け目――想定外の来訪者

【祈祷師エルザヴァンの地下洞窟】


檻の中の巨体は暴れ、鉄柵が軋むほどの衝撃を連発する。


「こ、こんな化け物を……どうするつもりなんだ……!」


震える兵の腕を、エルザヴァンが押さえる。

その表情は狂気を通り越して歓喜に満ちていた。


「ふふ……素晴らしい。

 まだ不完全ではあるが――生体召喚は成功……!

 あとでザイラス陛下へ報告だ。

 あの御方なら、この魔獣を“話して従わせる”ことが出来る」


護衛兵たちは顔を見合わせ、絶句した。


ザイラスが持つ異能――

“魔獣と会話する力”。


この魔獣が従えば、

ひとつの砦を単独で壊滅させる戦力となる。


「……これを八将の代替に……?

 まさか、本気か……?」


護衛隊長のこめかみを、冷たい汗が伝う。


「本気だともよ。

 ザイラス陛下は、獣界を征した“獣王の友”だ。

 この程度の魔獣、意のままだろう……!」


護衛兵たちの声は震えと興奮が混じり合っていた。


檻の中で暴れる巨獣が、

怨嗟のような咆哮を響かせる。


「ギ……ガアアア……!」


その声を聞きながら、

エルザヴァンは細い目をさらに細くした。


「さあ……次に行くぞ。

 もっと強い……“魔獣”を呼び戻すぞ……」


再び魔法陣が唸る。


ドグンッ――。


獣界の領域が切り取られ、洞窟へと転送されてゆく。


「おお!!」


護衛兵の歓喜の声が上がる。


霧のような闇が渦を巻き――

転送された影が、下からゆっくりと輪郭を帯びていく。


魔獣の体が現れ始めた。

一体、二体、そして三体目……。


「――複数体か?」


だが。


「……な……?」


それらはすべて――

地に横たわり、首がなかった。


分厚い首骨が、噛み砕かれたまま中途半端にぶら下がっている。

溜まった血が、ゆっくりと岩床に滴り落ちていた。


「な……なんだ、これは……!?」

「ぜ、全部……死んでいる……?」


護衛兵の声が震える。


転送は続く。

首なし魔獣の山の上――

黒霧の下から、次の“何者か”がゆっくりと姿を現す。


そして――


上半身が現れた瞬間、護衛兵の誰かが叫んだ。


「なに――ッ!?」


――魔獣の山頂。

その血塗れの死骸の上に、

血まみれの巨影が立っていた。


野獣のように歪んだ呼吸。

滴る血を舐めながら、握った斧に肉片がこびりついている。

ボロボロの鎧で、魔獣の首肉にがぶりつく、獣のような男。


――ライザリオン・エルデンハート。


かつて“王国最強の剣”と呼ばれた英雄。

今、その瞳は赤黒く濁り、

人の理などとうに焼き潰された“獣の目”だった。


「……グルゥゥ……」


低い唸り声が響いた、その瞬間。


跳躍。


ズバァッ。


魔導士ひとりが壁に叩きつけられ、血が霧のように散った。


「ひっ……止めろ!! 結界だ!!」


悲鳴が洞窟全体に反響する。


だが――遅い。


斧が閃くたび、

肉が裂け、骨が砕け、悲鳴が喰われるように途絶えていく。


「や、やめ――」


ドシャッ。


魔導士と護衛兵が次々と倒れていく中――

エルザヴァンは状況を一瞥して、迷いなく言った。


「……無理だ」


そして護衛兵を押しのけて出口へ走り出す。


「し、師匠!? 俺たちは!?」

「結界で足止めくらいしろッ!! わしは報告に戻る!!」


あまりに即決だった。


背後で悲鳴と破砕音が響く。

エルザヴァンは一度も振り返らず、洞窟の脇道へ消えた。


「この“化け物”は……ザイラス陛下に報告せねばならん……!」


最後に残った護衛兵の結界が砕け散り――

洞窟は静寂に沈んだ。


立っているのは――

獣と化したライザリオンただひとり。


血まみれの斧を握ったまま、

呼吸は荒々しく、胸板が獣のように上下している。


その時だった。


――ギャアアアアッ!!


檻の奥で暴れ続けていた巨大魔獣が、

ライザリオンの殺気に反応したかのように吠えた。


振り返る。


赤黒く濁ったライザリオンの瞳と、

檻の中の上位魔獣の紅光が――

正面からぶつかる。


洞窟の空気が、わずかに重力を増したかのように沈む。

檻の内と外――二つの“捕食者”が、互いを測るように沈黙した。


次の瞬間、ゆっくりと檻へと歩み寄り――


鉄格子に手をかけた。


ギ……ギギギギィ――ッ!!


常人ではびくりとも動かせない鉄格子が、

彼の腕力だけで捻じ曲げられていく。


魔獣が吠える。


「ギャアアアアッ!!」


ライザリオンは、獣の呼吸のまま――

檻の扉を無理やりこじ開けた。


ガシャァァンッ!!


鉄扉が床に崩れ落ちる。


解き放たれた四足の巨体が、洞窟を揺らす勢いで突進してきた。


轟音。

割れる岩盤。

迫る岩皮の巨体。


だが――


ライザリオンは、


一歩も動かない。


ズドォォンッ!!


衝突の直前。


その二本の角を――

両手でガシィッと掴み取った。


巨獣の全体重と突進力が、

腕と肩と背へ叩きつけられる。


足元の岩盤が弾けるように砕けた。


それでも。


ライザリオンの身体は、微動だにしない。


「……グルルル……」


一歩。

前へ押し込んだ瞬間――


巨獣の突進は完全に止まった。


信じられぬような声で吠える巨獣。


「ギ……ギャアア……!!」


ライザリオンは角を握ったまま、

腕をゆっくりとねじり上げる。


バキ……バキバキッ……!!


頸椎が悲鳴をあげ――


ゴキリッ!!


太い首が、根元からへし折られた。


巨体が崩れ落ち、地面が揺れる。


ライザリオンは倒れた魔獣を一瞥することもなく、

血の匂いだけを吸い込むように鼻を鳴らした。


「……グルル……ッ……」



遠く。

この世界のどこかに。


懐かしい匂いがあった。


血に濡れた獣は、ゆっくりと洞窟の出口へ歩み出す。


背後では巨大な岩柱が音を立てて崩れ落ち、

砂塵が冷たい風とともに吹き抜けていく。


世界に放たれた“獣王の落胤(らくいん)”。


彼の内に残された、かすかな「家族の絆」の記憶が、

この悲劇を救う鍵となるのか。

それともそれが――新たな滅びの序章となるのだろうか。

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