Love conquers all
「Love conquers all」
真っ直ぐな告白を視て、ゆいは彼女が羨ましくなる。
白金の輝きと才能をもつ友人は、愛するアキラくんに愛を伝えて、女神の如きまばゆさで微笑んでいた。
だが――
「なに言ってんの? モモ先生と遊ぶから、じゃあね」
ものの見事に、玉砕していた。
幼いフィーネ・アルムホルトは、気落ちした様子も見せずに、隠れて様子を窺っていたゆいに微笑みを向ける。
「第二夫人」
彼女は、言う。
「あなたは、第二夫人よ。ねぇ、ゆい?」
月の光で満ちた夜の女王の瞳が、怪しく光り輝いて、立ち尽くしていた彼女を捉える。
複雑な心境が、渦を巻くようにして、情動を掻き回した。
脳細胞をひとつひとつ丁寧に、『恐怖』と書かれた頭へと、詰め直されていくかのような感覚。抗いようのない傲慢さに、表情筋が服従を選んで、偽物の笑顔を彼女から引き出した。
「……うん」
ゆいは、フィーネ・アルムホルトの“下”を選んだ。
共に過ごせば過ごすほどに、寂寥感すら覚える圧倒的な差を感じずにはいられない。日々を重ねるごとに、偽物の笑顔だけが上手くなっていく。
媚びへつらう――第二夫人の笑顔。
桐谷彰を愛する気持ちに、嘘偽りはないつもりだった。
だが、恋敵は、敵う筈もない相手。隷属を選択した時点で、敗北を宣言したようなものだ。
だったら、わたしは、アキラ君を愛していないの?
フィーネ・アルムホルトが、日本から去ってもなお、ゆいの心の中にある曇りは、晴れることはなかった。
わたしは、アキラくんを誰よりも愛しているんじゃないの?
証明する他ない。
証明する他ないのだ。最初から。最初から、それしかない。
証明式は、はじめから、提示されているのだから。
愛を証明するには――フィーネ・アルムホルトを超えるしかない。
砂粒。
ぼやけた視界に、砂粒が視えた。
酷い耳鳴りの中に潮騒が混じって、指先がひたひたと海水で濡れている。
「……っ……っぐ……」
シャリシャリと、音を立てる砂浜に両手を立てる。倒れている自身を、全身全霊で立ち上がらせる。
「爆発《BOOM》、か」
ゆいは、ふらつきながらも、どうにか両足で地面を掴んだ。全身にぺたぺたと手を当てて点検を始める。
倒れ込んだ際に額と膝頭を切っていて、背中の肉と骨に鈍い痛みがあった。脇腹には薄紫色の痣が出来ており、歩こうとして力を籠めると、殴られたかのような内側に響く激痛がある。
「……淑蓮ちゃんは、死んだかな?」
「生きてますよ」
どうやら、ゆいよりも、先に目覚めていたらしい。
淑蓮が、石ころを海原に投げて遊んでいた。傷の程度は、ゆいと同じくらいで、残念なことに致命傷は見当たらない。
「フィーネの時限爆弾が、起動したみたいね。たぶん、起動鍵は、衣笠さん。アレだけの規模の爆発を担ったとすると、原形留めずこんがり焼き焦げてるかも」
「どうですかね。あの人自身が、時限爆弾みたいなものですし。いずれ、お兄ちゃんへの信仰で、世界を滅ぼしてもおかしくありませんよ」
なぜ、アキラくんの周囲には、狂人ばかりが集まるのか。
常人代表として、ゆいはため息を吐く。
「それで、これから、どうするつもりで――」
「急襲する」
「え?」
「フィーネを急襲する。このタイミングしかない」
桐谷淑蓮は、理解しかねると言わんばかりに首を傾げる。
「あのですね、水無月先輩。私たち、怪我人にカテゴライズされてるんですよ? 狂人にカテゴライズされてる先輩はともかく、推算も勝算も降参もないのに、正面突撃しようなんて常人の私は御免被ります」
「降参以外ならあるわよ」
身体の調子を確かめるためか、柔軟体操を始めていた淑蓮は顔をしかめる。
「なぜ、急に、やる気を? さっきまで、フィーネ・アルムホルトに怯えてたのに」
「覚悟を決めただけよ。
友人の縁で、今までは遠慮していたけれど」
先程の爆発で吹き飛んできて、砂浜に突き刺さる破片を見つめる。
下手をすれば、いや、下手をしなくても、直撃していれば死んでいた筈だ。腹部に突き刺さって、内臓を傷つけただけでも命に関わる。
――お前が嫌いだ
もう、フィーネは、わたしを友人だなんて思ってもいない。第二夫人とは、認めてくれたりもしない。
だから。
「もう、容赦はしない。この場で、決着をつける」
「言葉は結構。計画は?」
「偽装爆弾」
「は?」
ゆいは、笑う。
「爆発には、爆発でやり返す」
詳細な計画を耳打ちされた淑蓮は、なんとも言えない珍妙な表情で「上手くいくとは思えませんが」と応えた。
「上手くいくわよ、絶対に。
だって、わたしとフィーネには、決定的な“違い”があるもの」
「……違い?」
聞かれて、ゆいは、過去に遡る。
真っ白な紙の束が、天空から降り注いで、得も言われぬ感情を抱いた。
夜の女王は、怪しげな光を伴って、“首輪”をつけるためだけに白をばら撒いていた。
表紙にだけ書かれていた、英文字の羅列。
――あなたは、心からフィーに屈服してる
神託を告げるかのように、厳かな声が響き渡る。
――だから、立ち向かうことなく負けるのよ
あの時の敗北感が、未だに根深く残っている。だからこそ、ゆいは、取り返さなければならない。
あの女に奪われた、アキラへの“愛”を。
「わたしは」
――絶対に、わたしには勝てない
「アキラくんを、愛している」
だからね、フィーネ。
貴女は、絶対に――わたしには勝てない。




