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横山慎一の場合

 鹿島さんに声をかけられても、横山さんは俯いたままだ。

 長い前髪で目元を覆い、微動だにしない。

 考え事をしているのは分かるが、問いかけに応じないのは、やはりおかしい。これは、久しぶりの、あのパターンか。

「――横山さん」

 身を乗り出し、円卓を指で叩く。その音に反応してか、ビクリと体を跳ね上げる。

「え!? は!? え!? ああ、ごめんなさい。大丈夫です」

 やっぱり、いつものパターンだったらしい。

「まだ、思い出せませんか」

「……スミマセン。僕、やっぱり頭悪いんで……」

 伏し目がちな横山さんに対し、鹿島さんは何も答えない。

 眼鏡の奥の双眸を怜悧に光らせ、無言で横山さんを見つめている。

「さっきから、色々と考えてるんだけど――鹿島君の話はとてもよく分かるし、皆さんの置かれた境遇もとてもよく分かる。だけど、自分自身のこととなると、さっぱりで――」

 頭を振りながら言葉を漏らしている。対する鹿島さんは、何故か口を開こうとしない。

「……本当に、原田さんを殺したの、僕なのかな……。それすらも、よく分からなくて……」

「分からないのなら、教えましょうか」

 やっと口にした一言は、ぞっとするほど低く、冷たく、固い。

 横で聞いていたこちらが緊張してしまうほどだ。

「原田さんを殺したのは、間違いなく横山さんです。腕の傷や足跡からもそれは明らかです」

 この期に及んで逃げようとするのは、いい加減やめてください。

 あまりにもさらりと、強い言葉を吐く。

 色も温度も粘度もないのに、何故か胸を突く、その言葉。

「横山さんのケースは、一言で言い表すなら『逃避』になります。アンタは臆病な人間だ。臆病が故に逃げ続けた。その結果が、全て現実の出来事として現れている」

 強い言葉を吐き続ける鹿島さんに対し、横山さんは無言で耐え続けている。ただ、前髪の奥の目には強い光が漲っている。

「アンタは、弱い。弱いからこそ、外界からの殻を強くする必要があった。だけど――その殻は、内側トゲだらけだ」

 鹿島さんの言葉に、横山さんは緩慢なスピードで頭を上げる。

「様々なストレスや不満、不安に局面すると、人間は二種類のタイプに分かれる。外側に攻撃を向ける人間と、内側に攻撃を向ける人間です。横山さんは、極端に典型的に――後者でした。色んなことがうまくいかないのは、自分が愚鈍で醜悪で幼稚で無能なせいだと、そう自分に言い聞かせてきた。必要以上に執拗に、です。そしてそれは、ある種の防衛反応でもあったんでしょう。他人から叩かれる前に自分で明言してしまおうと言う――防衛線、保険だったんだ。自分は人よりも劣っている。人に迷惑をかける存在だ。自分はクズだ。分かっている。分かっているから、これ以上責めないで、叩かないで、批判しないで、虐めないで――だから、先に自分で言ってしまう。自分は馬鹿だから、自分は愚鈍だから――そういうエクスキューズで、全てを乗り切ろうとしている。平たく言えば、他人に責められるその前に、自分で自分を貶めてしまおうという訳です。卑怯で、臆病なんですよ」

「ちょっと――」

 意図せずに声が出ていた。いくら何でも、言いすぎだ。だけど、鹿島さんは右手を突き出し、わたしを制する姿勢。

「もちろん、悪いことばかりでもない。アンタは決して他者を攻撃しない。自分が周囲の全てから劣っていると思っているからこそ、自分には他人を攻撃する資格がないのだと思い込んでいる。好意的に解釈するのなら、それは優しさとなる。いや、自己犠牲、かな。『自分みたいな愚かな存在は、別の人間の犠牲になっても構わない』と――半ば本気で、そう考えている節がある。時々予想外の行動に出るのも、そのせいです。目の前で不幸に見舞われている人間がいたら、アンタは助けずにはいられない。だけど、それは正義ではない。損得勘定ですらない。ある種の強迫観念と言ってもいいでしょうね。だからこそ――アンタは、俺を殴ったんです」

 瞬間、体が硬直した。

 あの時のことだ。

 鹿島さんがわたしを絞めた――あの時の、ことだ。

 横山さんは鹿島さんを殴り飛ばして、理不尽な襲撃を止めさせた。普段のオドオドしている姿とのギャップに、面食らったのを覚えている。まさか、そんな意味があったなんて。

「平たく言うのなら、アンタはきっと『いい人』となるんでしょう。だけどそれは評価されないし、愛されない。いつだって下から目線。全ては、過剰な劣等感と過剰な罪悪感に苛まれているせいです」

 劣等感と罪悪感――聞き覚えのある言葉だ。ここで語られているメンタル像は、きっと、そのまま鹿島さんにも当てはまるんだろう。だからこそ、ここまで克明に解説することができるのだ。

「でも、実際に、僕は――」

「『実際に僕は、愚鈍で無能なので』、ですか?」よく通る声で、横山さんの台詞を先取りする。「確かに、横山さんは仕事のできる方ではなかったのかもしれないし、思い通りにならなかったことの方が多かったのかもしれません。でもそれは、決して横山さんが愚鈍だったからではありません。むしろ、頭は相当に回る方だ。この短期間でいくつも画期的な仮説を打ち立てたことからも、それは証明済みです」

 不安定な顔をする横山さんとは対照的に、尾崎さん、羽生さんの二人は無言で首肯している。わたしも同感だった。この人、頭は悪くない。

「では何が問題なのかと言うと――やはり、周囲に対する過剰な劣等感と恐怖心、となります。それに、時々うまく意思疎通がはかれない時がある。仕事で失敗する要因の一つは、そこにあるのではないですか?」

「『聴覚処理障害』だね」静かな口調で、尾崎さんが口を挟む。

「耳は悪くないのに、うまく聞き取れない。他の人たちが会話している途中、急に話を振られても反応できない。それなのに話を聞いてなかったと思われたくないから、取り敢えず『大丈夫』と答えてしまう。うまく聞き取れないのに、聞き返すのが失礼だと思い込んでいるから、その場の状況から推理して勝手な判断をしてしまう。結果、指示がうまく伝わらないで、終わってしまう」

 その話で、色々と腑に落ちた。一般論と具体例がごっちゃだけど、要するに、横山さんはその聴覚処理障害とかいうモノだったということなんだろう。

「普段、人とコミュニケーションをとらない若者によくある症例のようだね」

「平たく言えば、コミュ障って訳」

 大人組二人が知った口で好き勝手言っているが、横山さんの反応は薄い。下を向き、真剣な顔をして考え込んでいる。気分を害したとかショックを受けたとかではなく、何かを必死で思い出しているようにも見える。

「……横山クンって、変なトコ気を遣いすぎなのよねぇ。自分のせいで誰かが傷つくことを、極端に恐れてる。それで、自分から率先して貧乏くじを引きにいく、みたいな」

「そう――そしてそれが、横山さん自身への事件へと繋がっていくんです」

 鹿島さんは一旦言葉を区切って、改めて横山さんを見据えている。やはり、彼は真剣な面持ちで何かを考え込んでいる。

 発言は、ない。

「俺が何故、ここで長々と横山さんの人となりについて話したのか――二つの意味があります。もう一つについては後で説明しますが――最初の一つは、横山さん自身の事件に直結しています。つまり、他人が傷つくことを恐れ、貧乏くじを引きにいった結果が、横山さんの事件という訳です」

 訝しげな顔をしていたんだろう。即座に解説をしてくれる。

「四人が絞殺で、如月さんだけが刺殺――その如月さんにしても明確な理由があった訳ですが――そんな中で、横山さんだけが、自宅マンション屋上からの墜落死だった。しかも、その時正面エントランスは探偵が見張っていて、外部犯の犯行は不可能だった。俺たちは今までマンションの住人に実行犯がいるのだと思い込んでいましたが、実際はそうではなかった。今までの話を鑑みるなら、結論は明らかです」

「自殺だったって訳ね」

 しごくシンプルな説を、しごくさらりと口にする羽生さん。

「そう――難しく考えるから、難しくなる。結論は至極単純。横山さんは自分の足で屋上に向かい、自分の足で屋上から飛び降りたんです。アルファベットは事前に書いておいたんでしょう。携帯電話も事前に廃棄。ドアノブと手すりの指紋は、飛び降りる時にスウェットの裾で拭いておいたんです。でも、たったそれだけのことで、警察は連続殺人事件の、六番目の被害者だと決め付けてしまった。全て、横山さんの企んだ通りの展開ですけどね」

「あの、ちょっといいですか」ここで質問するのはわたしの役割だ。「前の事件の加害者が、次の事件の被害者になる――数珠続きに繋がっていって、架空の連続殺人事件をでっちあげる、ってのがこの計画の肝なんですよね? じゃあ、最初から横山さんが最後の人間だったってことですか?」

「そうじゃない」するりと視線をスライドさせて、鹿島さんは呟く。

「そうじゃないんだ。本来の計画では、横山さんも他の皆と同じく、首を絞められて殺される計画だった。次の人間がいたんだ。だけど、横山さんは次の人間に絞め殺されるのを避け、勝手に投身自殺する道を選んだ。他の人間が自分のせいで傷つくのを極端に恐れる横山さんは、次の人間を殺人犯にするのが嫌で、自分で自分を殺すことにしたんだよ」

「わたしを絞め殺したのに、ですか?」

 意図せず、攻撃的な口調になってしまう。

少ない粘度で視線をスライドさせ、私を捉える。

「そう。横山さんは原田さんを殺した。しかし、そもそもが自殺志願者の集まりだ。死を願う人間に死を与えることについて、一切心を傷めなかった。何故なら、加害者ではなく、自殺幇助の協力者という認識だったからだ。殺すことに躊躇はなかった。それは、ここにいる他のメンバーも同様だったと思います」

 ぐるりと一同を見渡す鹿島さん。反論はあがらない。

「他のメンバーと違ったのは、いざ自分の番になって躊躇したことです。自分の手を汚すのは構わない。だけど、自分の死のために、他人の手を汚すのは躊躇(ためら)われた――」

 アンタは、ルール違反を犯したんだ。

「ルール……?」

 再び、鹿島さんの視軸にわたしが入る。

「そう、ルールだ。架空の連続殺人鬼をでっち上げた連続自殺幇助――この計画には、いくつかのメリットがある。周囲の人間を傷つけないため、あるいは見栄やプライドのために、自殺という事実そのものを隠蔽するというのが一つ。他人に自分の生殺与奪を委ねることで、死に損なわないよう、確実な死を迎えるというのが、もう一つ。最後の一つが――直前に殺人という罪に手を染めることで、覚悟を鈍らせない様にすることだ。どれだけ死にたいと願っても、直前になって生の欲求に負け、怖気づいてしまう人間は多い。そうならないよう、意図的に背水の陣を作り上げたんだ。――人を殺めてしまったら、もう後戻りはできない。殺したら、殺される。基本にして最大のルールだ。自殺幇助のバトンを次に渡し、次々に自殺ドミノを繋げていく――そういう計画だったんだが」

 ちらりと横山さんを一瞥するが、顔を伏せているために表情は窺えない。

「アンタは、そのルールを破った。殺したのに、殺されなかった。独断で他殺に見せかけた飛び降り自殺を敢行して、数珠つなぎをストップさせたんです。殺されるのが嫌だったからじゃない。次の人間に、殺人――厳密には自殺幇助ですが――その罪を背負わせるのが耐えられなかったからだ」

「僕なんかのために――」

 モゴモゴと口の中で何やら呟く横山さん。話は聞いていたらしい。

「僕みたいな人間のために、手を汚させるのは申し訳なくって――」

 萎縮しながら、そう言う。どうやら記憶は戻りつつあるらしい

「申し訳ないも何も、それを前提とした計画だったんだけどね……」 尾崎さんは苦笑を漏らしている。

「こんなコト言いたくないけどサ――横山クン、何でこの計画に参加した訳? 人に自分を殺させるのが嫌なら、最初から計画に加担しなければよかったのに」

「その頃は、ただ死にたいって気持ちでいっぱいで……そのことしか考えられなくて……でも、親のこととか考えたら、簡単に自殺なんてできないし――だから」

 だから。

 だから、と言われても。

 結局、息子が自殺なんかしたら親が可哀想だから、そう考えて、自分の自殺を偽装したということか。結局、死ぬことには変わりがないのに。さっきのルール違反のことと言い、この人の優しさや気遣いは、どうも見当違いだ。嫌いではないけど。

「だから、たまたま目にしたこの計画に乗ったんですね」静かに、台詞を受け継ぐ鹿島さん。「だけど、横山さんはその性格ゆえに、ルールを守ることができなかった。一連の連続殺人は横山さんで終わりです」

 頭痛がした。

 目眩が、した。

 言いたいこと聞きたいことは山ほどあるのに、思考は極彩色のマーブル模様となって渦を描いている。わたしは大きく息を吸い、聞いたことを咀嚼整理して一つずつ片付けていくことにする。

「あの、横山さんの次の人って、いたんですか?」

「いたと言うより――いる。町田に住む三十八歳の主婦だ。表向き幸せそうに見えるらしいけど、彼女は夫の暴力、DVに耐え続けていた。本来の計画では、彼女が横山さんを絞殺する筈だった。横山さんが屋上から飛び降りた、その日にだ」

「その人は……」

「彼女が今どうしているかは、俺も知らない。当然のことながら、一連の事件では名前すら挙がってない存在だ。横山さんがルール違反を犯した時点で、実質的に計画は空中分解した訳だし――今後どうなるかは、彼女次第だろう」

「本当にスミマセン……」

 また横山さんが小さくなっている。だけど、そんな彼を責める人間はいない。

「謝ることねェっしょ。横山さんのおかげで、あのオバサンは死ななくて済んだ訳だし――そもそも、オレらの計画が間違ってたんスから」

「そうだね。大介君の言う通りだ。横山君のしたことはまあ、勝手なことだった訳だが――今考えれば、それは正しい判断だったと言える。どちらが間違っているかと言えば、それは圧倒的に私たちの方なのだから」

 事ここに来て、自分たちの否を認め始める、チーム死にたがり。今となっては、その全てが手遅れなのだけれども。

「あの時は、僕も、この計画が素晴らしいモノだと思ってたんですけど……」

 横山さんの発言に、わたしは第二の質問を繰り出す。

「横山さん、もう全部思い出したんですか?」

「……ついさっきね。鹿島君、僕の性格のこと分析してたでしょ。それがきっかけになって、色々と……」

「どういうことですか?」

「順を追って説明した方がいい」

 このタイミングを待っていたかのように、鹿島さんが口を開く。

「この計画の詳細を、最初から話していこう」

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