第2楽章 49節目
女子だけとは言っても、これだけの人数の前で見られて踊るのは久しぶりの事だった。
特に、ソロのパートが少しあるのは珍しいから余計に視線が集まる。前半の早紀のパートはとても綺麗だったから、きっと最後の自分の踊りからの流れが締まったら、高評価になると千夏は冷静に思う。
千夏には、ハジメのように、得意なスポーツがこれ、と言えるものは無かった。
ただ、幼少期にレッスンを受けたこともあるし、運動神経が良いと言われる中でも、特に球技などよりも自分の身体を思ったように動かすような、ダンスや体操が一番得意だとは自分で思っている。
「――――っ」
息を吐き出しながら、手を、足を、体幹を意識して、美しく見える所作を。
早紀に、元々美人とか可愛いとかはあったけど、明らかに今年から色気も出たよね? と言われて少し思い当たる節に赤面したりもしたけど、今の自分の魅力的だと思う動きを、振り付けに乗せていく。
今回の発表では、学校の方針もあって簡単なルールを定められた以外は自由ということで、各クラスごとの色が出ていた。
程々で良いよねというのが透けて見えるクラス。
やる気のあるグループと、やる気のないグループで完全に分断が発生していそうなクラス。
まとまりはあるのだけれど、そもそも振り付けが見たことがあるものであり、見ていてバランスが悪いと感じるクラス。
その中で、千夏達のクラスは纏まっている方だと思う。
あくまで自分でそう判断しているだけだけど、千夏と早紀は華がある女子高生に入ると思っていた。そういう子がいるクラスでは、そこに対する羨望や嫉妬みたいなものが、表面上はともかくとしてクラスを割ったりもするのだけど。
少なくとも一人は相手がいることが知れ渡っていて、一人は女子人気も元々高い上に今は特定の男子と仲がいいと見られていて、嫉妬のような感情が少ない気がしていた。
そして、元々別のクラスで、グループとしては別だったヒカリが今回率先してダンスの振り付けなどをやってくれている事に対して、千夏も早紀も感謝と全面的な協力をしていたからこそ、余計に纏まっているのかなと思っている。
それは、バランスを考えて人付き合いしていた頃よりも、余程気楽で、うまくいっているのが皮肉なものだった。
そんな空気の中で、元々ダンスを習っていて、今も学外でスクールに通っているというヒカリは、それぞれのレベルを段階的に分けて、それでいて調和が取れるような構成にしてくれていたし、和やかなムードで、楽しく練習も出来ていた。
一年生の時は、楽しかったけれどまだそこまでの仲良さはなくて、サボるほどでもなくという置いた感じになっていた――今回の一年生も同様だった――けれど、二度目でもあり、受験までも後一年という今年は中々のものになったと思っている。
――――!!!
音楽が最後の盛り上がりに向けて、変調していく。
周りのクラスの女子からの、そして教師からの視線を感じながら、千夏はただ踊りを紡いでいった。
◇◆
「いやぁ、千夏ちゃんも早紀ちゃんもお疲れ様! 正直二人共凄い映えるし、私の見立てに間違いはなかったわ…………ねぇ、いっそ本当にダンスとかしてみない?」
「ふふ、嬉しいけど流石にバスケ部専念だから私はパスで……それにしても一人でってのは練習以上に緊張したわ」
千夏達のクラスが終わった後、早紀と千夏のところに来たヒカリの言葉に、早紀が笑いながら答える。そして、それにそうだよねぇと言いながら、千夏にも少し期待を込めた眼差しを向けるヒカリ。
「……うーん、興味が無いわけじゃないけど。今は時間大事にしたいなって思うこととかあってさ、うちもパスかな」
「あぁ、花嫁修業? 最近料理も結構頑張ってるとは聞いてるけど」
「え? ……ええっ!? やっぱりそれは……え、もう予定があるの??」
千夏の言葉に、早紀がそんな茶々を入れるものだから、ヒカリが声を上げて興味津々だった。
というかヒカリ以外の視線も一気に集まった気がしている。
「もう、早紀その言い方は語弊があるでしょ。ヒカリもそんな反応しないの、まだ無いから……皆も、次のクラス始まるよ?」
それに苦笑しながら、直接、あるいは横目に千夏達に目を向けている皆にも向けて千夏はそう言った。
しかし――――。
「ええ? いやだってさ――」「正直納得してしまうというか。佐藤くん、料理うまいから大変そう」「同棲中なんだっけ?」「どこまで進んでるのかな?」「……まだって言ったのには誰も突っ込まないの?」
一気に色んな子からの呟きというか突っ込みの嵐が千夏を襲う。
「ちょっとちょっと……でもそうなんだよね。ハジメが料理うまいんだけど、偶には作ってあげたいし。後あっちがバイト行ってる間に掃除とかしてて思うんだけど、やっぱり家事全般出来たほうがいいなぁとか。でも同棲はしてないからね、後どこまでとかは内緒に決まってるでしょ!」
それに対して答えることで、更にざわついていると、「終わったからって雑談ばかりしない!」と教師からの叱責が飛んで、一瞬謝罪と共に静かになる。しかし、小声でのざわつきは変わらなかった。
それに千夏が早紀を恨めしそうに見ると。
「ごめんごめん、まさか今更こんなに反応が来るとは」
早紀がそう手を合わせて謝罪した。
「いやでもね、仲良いのは見ててわかるけど、やっぱり気になるよ……佐藤くん、いつもお弁当作ってきてるし。当たり前のように会話の中で、明らかに一緒に住んでる感の言葉出てくるし」
だが、並んだヒカリが苦笑しながら続けた言葉には早紀も頷いている。
それを見て、千夏は少しだけ反省した。自分とハジメが近くなりすぎたというか、感覚がズレているのは自覚している。それは最初はアピールの意味もあったけれど、思った以上に効果がありすぎていたのかもしれなかった。
「でもさ、それなら佐藤くんにもこの千夏のダンス見せてあげれればよかったんだけどね」
「……まぁ、ちょっとこの衣装は男子にはねぇ」
ヒカリのそんな言葉に千夏はそう言って頷いた。
女子だけしかいないこともあって、露出が多い訳では無いが動きやすさを重視していることから身体の凹凸が出やすくなっている衣装だ。
「まぁ、ハジメには確かに見せたいんだけど……他の男子には見られたくないかな。早紀もわかるでしょ?」
「…………いや、急にこっちに振らないでよ。まぁ、ちょっと上手く踊れたから自慢したい感はあるけど。でも他の男子に見られたくないほうが強いわね」
からかうつもりで早紀に言った千夏だったが、思った以上に普通に返されて、くすりと笑った。
(そりゃね、うちだって他の男子に見せたくないほうが強いよ。そして当たり前のように、他の男子には見せたくないのに、見られてもまぁいいって思って言葉に出してるのは、自覚あるのかな? 誰とは言わなかったけど)
変に言葉に出して、余計な茶々となるのは好ましくないので、内心でだけ千夏はそう呟く。
尤も、ハジメへの共有をしないという選択肢は無かったが。
そうしていると、トイレに退室していた女の子の一人が戻ってきて言っているのが聞こえてきた。
「ねぇねぇ、男子勝ち進んでるって! なんか佐藤くんと石澤くんがめっちゃ凄いらしい」
「へぇ、千夏の彼氏の佐藤くんは元々として、石澤もなんだ……確かに最近ちょっといいよね」
「え? あんたああいうのが好みなの? いや、別に否定はしないけど」
また少しだけざわつきを見せたところに、教師の視線が来てまた静かになる。
千夏は、少しだけ早紀を見た。
隣にいる千夏に聞こえたのだから、聞こえなかったはずはないけれど。何も聞かなかったかのようにして、そして少しだけそわそわしている様子。
(まぁそうだよね、準決勝か、決勝くらいからは見れるのかな……ハジメ、頑張ってね。うちのためにも……早紀のためにもかもしれないし。あぁー、早くハジメと話したいなぁ)
教師に頭の中を覗かれたら、先程と同じ叱責を受けそうだったが、千夏はそんな事を考えながら、三年生の番に移ろうとしているダンスの発表を眺めていた。




