第2楽章 42節目
学校が終わり放課後。僕は、この家に住んでから初めてと言っていいほどの人口密度を経験していた。今は、何となく不思議な感じで部屋を眺めながらリビングでゲームをしている。
最初はボードゲームでもしようかとしていたのだけど、有名な野球のゲーム――選手を育てるモードがとても面白いもの――を見つけた和樹とイッチーがちょっとだけとやり始めて、何となく交代しながらやっていた。
そんな男子連中に対してキッチンの方では女子たちが集まっていて、特にエプロン姿の千夏が物凄く張り切っている気配を出している。
それを料理の得意な佳奈さんや優子が、フォローしてくれているのも見えた。
最初は僕も手伝おうとしたのだけれど、今日の主役が作ったら意味が無いでしょう? と言われて、頷いた真司にイッチー、和樹と共にリビングのテレビ側に四人でいる。
「流石に千夏がだいぶ気合入ってんな。思った以上に頑張ってるみてぇだが、普段はお前がやってんだろ?」
「まぁ、いつも千夏も手伝ってくれたりはするし料理だって苦手ってわけじゃないんだよ? ただ、元々僕が料理好きだからね」
真司がそう言いながらキッチンの佳奈さん達を見つめている。
ふと、こんなに人前で優しい目をするやつだったかな、と思った。元々優しいやつではあったけれど。
長い付き合いだが、こうして友人が自分の家にいてくつろぎを見せていると、少し不思議な感じがする。
何となく、心が暖かくなった。
これは絶対、今朝あんな夢を見たからだ。
自分でも妙に思うほど、僕は感傷的な気分になってしまっていた。
ただ、家が賑やかであるというそれだけなのに。
それだけの、はずなのに。
「……ハジメ、お前」
「何でも無いよ、真司」
「……そうかよ」
ここに居るメンバーは皆僕が一人暮らしなことも事情も知ってくれている。だから、何かは伝わったのかもしれないけれど。
そんな僕の言葉に、真司もそれだけを返してきた。
流石に照れくさいから本人に絶対に言うことは無いけれど、こいつのこういうところが好きだ。茶化すこともなく、慰めることもなく、何か余計なことを言うでもない。
多分真司は考えもしないだろう。
僕が一人だった時。周りに人がいようがいまいが、家や外見でレッテルを貼られようが、ずっと『相澤真司』をやっている様子が励みになっていたことがあるなんて。
「おわー、何でそこで怪我すんだよ!?」
「おいまたかよ! イッチーお前って、こういう運は良くなかったんだな……まぁ他のパラメータバグってるからちょうど良いのか?」
そんなことを考えて居ると、喧騒の元の二人が画面を見ながらリアクションをしていた。
確率的には大丈夫なはずだろ、おかしいよ。と言いながら寝転がるイッチーに、そこからコントローラーを受け取って次は俺の番と言ってやりはじめる和樹。
二人に、背後から優子と早紀が笑った声でちょっとうるさすぎるんだけどもう少し大人しく待ってられないの? と注意するような声が聞こえた。
そして、僕はふと思い立って、身体を起こす。
「どうかした? ハジメ? もうそろそろ準備出来るよ」
「うん、だからその前に線香くらい立てとこうかなって。せっかくだからさ」
千夏がそれに気づいて尋ねてくるのに、僕は思いついたことを告げて、リビングの扉を開けてそちらに向かおうとした。
ただ、千夏が何かに気づいたようにして、僕を気遣うように言う。
「あ、そうだね。えっと……」
「あはは、大丈夫だよ、さっと仏間を開けて来るだけだからさ」
でも、それにそう笑って告げて、僕は背中を向けた。
心配してくれている。でもこれは、何というか大丈夫なやつだから。
ただ、せっかくだから、感傷でも、夢に出てきた家族も、この空気に触れてくれたらいいかな、なんて考えただけなのだから。
◇◆
仏間を開けて、リビングに戻ると、パン、というクラッカーの連続音がいくつも出迎えてくれた。
そんなものまで用意してくれていると思っていなくて、僕がびっくりした顔で固まっていると、千夏が満面の笑みで、早く早くと自分の隣の席を指差している。
皆で食べれるオードブルのようなセットと、ケーキが置いてある。
飲み物も皆の分が注がれて、本当に僕が後は座るだけにセットされている状態だった。
そんなに時間は経っていないのに、僕が席を離れたからか、きっとその間にゲームをしてたはずのイッチーや和樹、真司までもう準備できたみたいに座っていて。
「ほらほらハジメ! 主役はこっちに来ないと駄目だよ!」
そう呼ばれても、何でだか、僕は歩き出せないでいた。
それどころか、少しだけ視界が曇っている気がした。不思議だな、部屋の中に雨なんて降るはずもないのだけど。
この家での初めての誕生日は、家族で過ごした。当たり前が当たり前だった頃だった。
去年の誕生日は一人で過ごした。叔父さんが飛行機の都合でどうしても帰れなくて。バイトもシフトから外していて、バスケにも行かずに、普通に淡々と宿題をして、動画を見たりして寝た。
何も無いのもと思ってコンビニでケーキを買って、不思議と甘さを感じなくて。
それは僕にとって、初めて祝うということをしなかった誕生日だった。
それが、今年のこれはどうだろう。
友人たちがこうして学校帰りに祝いに来てくれて、最愛の彼女がすごく張り切って、得意じゃない筈の腕を懸命に奮ってケーキを作ってくれて。
皆が笑っていた。
そして、自分もその輪の中に当たり前に入っていて。
ここに居ていいんだと心から思えている自分がいた。
そして――――。
あぁ、幸せの風景とはきっと、こんな風なんだと、僕はそう思ったんだ。




