第2楽章 39節目
「いっくんさ、何かあった?」
優子は、部活終わりを図書室で待って、下駄箱の前で幼馴染兼恋人と合流して、校門を出て歩きながらそう言った。
「いや、何も無いけど?」
そう何気なさを振る舞いながらさらりと言ういっくんを見る。
自然体を装っていることがわかる程度には、そして、きっとこちらにバレているとあちらもわかっている程度には、お互いに時間は重ねては来ていた。
(うーん、特に何か気まずいとか、辛いとかでは無さそうだけど……何かつついて良いのかどうなのか迷うこの感覚は何かな?)
優子が内心で変な躊躇い方をしていると、いつもと違って、いっくんが少しだけ前をゆっくりと歩いていく。
何となく、いつもは学校を出てから駅までは自然と取られる右手が手持ち無沙汰のようで、それが優子の背中を押した。
「嘘だね。何も無いことないでしょ……うーん、まさか部活の間に浮気って事もないだろうし、告白された雰囲気とも違うし」
そう言いながら、いつもよりも少しだけ積極的に、押し付けるようにして腕を組む。
それに、いっくんはびくっとなりながら、でもすぐに腕を組みながらでも無理のないようにより歩くペースを落とした。
「…………」
「何? 彼女とこうして歩くの、嫌?」
無言になったいっくんに、わざとらしく小首を傾げて聞いてみる。
いっくんがこういうのに照れながら好きなのは知っていた。何故なら同じようなシチュエーションのアニメを見て尊死しているのはお互い様だから。
彼氏のためであればあざとさも会得してみましょう。
まぁ、ヒロインほどに可愛くあれているか問題は、盲目さに活躍してもらって。
勿論、今日は買い物のために少し遠回りをする上に部活後なので、他に学生がいないことは把握済。流石にクラスメイトなどに見られたら恥ずか死んでしまう。
「あー、もう優子は! こんなの無理だって!」
「ええ? どうしたのよいっくん」
急にそう言って止まったいっくんを見て、優子が今度は演技でもなく質問した。
それを見て、少し恨めしそうな顔で優子を見下ろしたいっくんは、ボソリと呟く。
「いや、実は和樹とか部活のメンバーに優子との話をしてたらさ、何かあまりに俺がベタベタ過ぎて、あまりしつこすぎて引かれないようになって言われたから……だからちょっとだけ抑えてたのに、何でそんな時に限ってそんなに近いんだよ」
「……ふふ、あはははっ」
その不貞腐れたような顔が、整った容姿に長い手足とモデルのような外見にあまりにも合わないのに、昔のもっと小さかった頃の、後少しで優子の身長を追い抜けるのにと言っていた頃のそれを完全に一致して、優子はこらえきれないように笑った。
「何だよ、優子までそんなに笑ってさぁ」
「ごめんごめん。何だかいっくんが可愛いなぁって思ってさ」
「女子の可愛いはよくわかんねー」
「もう、拗ねないの……ねえちょっとこっち向いて?」
ますますいじけたようにしょんぼりとした雰囲気を見せるこの彼氏に、優子は少し嗜虐心のようなものがくすぐられてしまって。
――そっと、素早く辺りを見渡す。
車の通りは少しだけ、歩いてる人はほぼ無し。こちらを向いているような人も無し。
「何さ?」
「んー? もう少し耳近づけて」
こちらを向くようにという言葉に、そう言いながらいっくんが振り向くのに、優子が少し小声で囁くように言うと、いっくんは素直に顔を近づけてくる。
そして優子は、くっと服を掴むようにして、啄むように口づけた。
「…………っ」
すぐに離したので、軽いキスの音もしないような、一瞬の触れ合い。
キスをしたことが無いわけでもない。
でも、こうして外でするのなんて、初めてのことだった。
「え……? 今?」
案の定、いっくんはぽかんとしている。
そして、段々と意味がわかってきたのか、目が大きく見開かれた。
優子が、いや、世の女子高生が少しお金を出して手に入れようとするような、綺麗なカールをした天然物のまつげが小刻みに躍動している。
「あのさ、いっくん」
「え? あぁ」
「そりゃあ少しは暑苦しい時もあるけどねぇ……そんな所も良いって思うからさ」
優子は、ニッコリと笑って言った。
「友達にそう言われようと、彼女が良いって言ってるから大丈夫……勿論、嫌な時は嫌っていうからさ。そういう関係をやり直そうとしたんじゃなかった?」
「ほら、やっぱり優子は可愛いし良い彼女だって」
「ちなみにねいっくん。特に最近の私としてはさ、そう素直に言ってくれていて物凄く嬉しいけど、多分そのまま部活でも話してたらただの鬱陶しい惚気やろうだからね? 理解した気がするけど、和樹くんとかもそれで言ったんじゃない?」
「ええ? そうなのかな? いや、そうかも……」
何となく、部活でどんな状態だったのか、そしてどういう意図で言われたのかを把握した優子は、すっかりテンションが戻りつつもまたうんうんと何か悩み始めた自分よりも余程大きいのに、どこか愛おしいと思う彼氏に、笑いながらそう告げるのだった。




