第2楽章 38節目
まだ5月だけれど、少しだけ早めに梅雨が来たような雨模様。
そんな中で、佳奈は来てみたかった、古民家を改築した雰囲気のあるカフェに真司と共に来ていた。
元々別の用事があったのだが、そちらが思いの外二人の総意で早く終わったため、佳奈の我儘に真司が付き合っているともいう。
車ではなく、お互い傘を差して少し歩いたので足元は少し湿ってしまっていたが、いざ席に通された後はその雨の音すら調和されているように感じて、佳奈はとてもいい気分だった。
古民家カフェという名前に、古風で緑色と茶色で形成された木造の外観から期待を裏切らない内装。見上げれば天井を回る風車のようなもの――真司に聞いたらシーリングファンという名前なのだそうだ――がゆったりと回っていて、邪魔にならない観葉植物が、各席を個室のようにしてくれている。
テーブルも切り出されたような木のもので、座るところも丸太だ。
「嬉しそうで何よりだ」
「えへへ、ありがとね。付き合ってくれて」
「全くだ、雨の中を二人で歩いてみたいなどとお前が言うから、車も呼ばずに歩いたが……買ったものまで濡らしてしまうところだった」
そんな事を言いながらも、真司の佳奈に向けてくる眼差しはとても柔らかい。
そう、柔らかいのだ。
以前までの、どこか張り詰めたような、奥底では何かを警戒したような空気は無くなり。
ただ自然体で、それでいて隙がなくなったようにも見える。
真司がそうなったことも、そう在ってなお自分と共に居るということも、どちらも嬉しくて、佳奈は満面の笑みを浮かべてしまう。
「ねね、何にする? あ! マンゴーラッシーとかあるじゃん、めっちゃ濃厚そう、これにしようよ?」
「お前、一言前の『何にする?』はどこに行った。でもまぁいいか。確かに美味そうだ」
「大丈夫大丈夫! 細かいことは気にしない! で、前にこのお店を知った時からこのパフェが食べたくてさ。ほら、凄くない?」
メニューを見て、段々とテンションが上がってくる佳奈に、少しだけ面倒そうな空気を出すも、その『美味そう』にも、『まぁいい』にも嘘は無い。
それが、店の雰囲気や、メニューの写真の当たりさ加減以上に佳奈のテンションを上げてくれていた。
◇◆
運ばれてきたパフェを、この上もなく幸せそうな笑みで佳奈が口に運ぶのを見つつ、真司はマンゴーラッシーを口にしていた。
普段はあまり飲むことは少ないが、随分と濃厚なマンゴーを使っている。確かに佳奈の言う通り当たりだな、と思っていた。
「そう言えば真司はさ、テストどうだったの? 全然普段と変わんないじゃん?」
「……ん? テスト期間だなんてどこかで言ったことあったか? いやいい。わかった」
佳奈の言葉に、ふとした疑問を口に出しつつ、すぐに理解して真司はそう言った。
そういえば、この彼女は真司の友人達ともやり取りしてるのである。
「考えてる通りで、教えてもらったのは雑談の中で優子ちゃんにだけどさ。皆テスト勉強だーってしてたよー? なのに真司、一つも勉強なんてしてる気配無かったし」
「……まぁ、学内のテストなんてもんは、授業で習ったことか教科書にあることからしか出ないからな」
「うわー、あたし知ってるよそういうの! 聞いてればわかるとか言うつもりでしょ!? 普通わかんないからね?」
真司の言葉に憤慨したように言う佳奈。
「いや、でも佳奈、お前だって料理を作る時のレシピとかも一回読んで覚えるだろうが。変わらんぞ?」
「……そうだったよ、最近柔らかくなったというか、結構甘めになったから忘れてたけど。真司は才能に愛されてるマンだった」
真司は佳奈の言葉に苦笑いを浮かべた。
「別に。ただ、情報を整理するのが得意なだけだ……そういう訓練もされたしな」
佳奈は真司の顔をじっと見つめて、ふざけた口調で、でも半ば本気で言った。
「ふうん? 実際真司ってさ、同年代で、うわ、勝てないなーって思うこととかあるの?」
「……イッチーの馬鹿げた運動能力には勝てないと思うがな。後、ハジメのいざという時のメンタリティか」
「その流れなら和樹くんにも一声」
「…………和樹? 勝てないとは思ったことは正直ないが、あいつは過去の自分を謝れるやつだったからな。それは、それなりに稀有な資質だ」
それぞれを聴く度に、佳奈の笑みが深まる。
(甘くなった、とでも思ってそうな顔だ)
まぁ、真司自身それを否定するつもりは無いが。
「あぁ、そう言えば勝ち負けで言うと、来月、ハジメと和樹とはもしかしたら戦うことになるかもしれんな。イッチーは味方だが」
「ええ? 何で?」
「秋は秋で文化祭だの修学旅行があるからな、うちの学校は体育行事のクラス対抗のみたいなものがあんだよ……時期的に天候に左右されないものでな。バスケとバレーとフットサルから選んで、勝ち抜き戦だな。俺とイッチー、それにハジメと和樹は勿論バスケだ」
「へぇ! 面白そう! ちなみにそれってあたしは見に行けたりとかは……」
「しないな、残念ながら。あくまで体育の行事で、学園祭ってわけでもないからな」
真司があっさりそう言うと、佳奈はガックリしたようにうつむいて、そして次の瞬間にはまた元気を取り戻してイヤイヤをする子供のように言葉を発する。
「ええ、ケチ―! そんな時こそ真司の家の力のつかいどころでしょ? ほら」
「諦めろ、思いついて話題に出した俺が悪かった。忘れろ……いや? そうだな、スマホで繋ぐ位なら許されるか?」
「そうだ、優子ちゃん達ならきっと見に行くはず! 今週会う時にお願いしてみる!」
ころころと表情が変わる佳奈を見ながら、真司もまた笑みを浮かべていた。
学校のイベントの前に、佳奈が言ったように今話に出た友人達とは会うことになるだろう。
雨が多くなる季節だが、その日くらいは晴れれば良い。そう真司は思った。




