第2楽章 36節目
(よし、今日はあったな)
部活のある日であれば、この時間には自販機の人気商品は売り切れていたりもするが、テスト期間ということもあってか、すべての商品にランプがついていた。
和樹はひとまず、早紀に頼まれていた物を買って、その後に自分が何を飲もうかと考えながら再度お金を入れる。その時だった。
「よう、久しぶりだな、石澤」
どこか聞き覚えがある声が和樹の名前を呼ぶのに振り向くと、そこには見知った男子生徒が二人立っていた。サッカー部の先輩で、二人共今年からはレギュラーになっているはずだ。
「……荒石先輩に、風間先輩。うす、お久しぶりっす」
荒石と風間の二人は、サッカー部でも割りと真面目系の二人だ。
ミニゲームで一緒のチームになったことも何度かあるが、体格が良くポストプレーが上手い荒石と、少し小柄ながら出足が早い上にシュートが上手く決定力がある風間は、サッカー部に在籍していた時から少し憧れすら抱く先輩だった。
「板東から持ってかせてくれって話が来た時は驚いたけど、割とそっちじゃ真面目に頑張ってるみたいじゃねぇか」
「……まぁ、良かったな。サボる奴らといたけど、練習自体は真面目だったし、体力もあった。こっちにいてもそこそこにはなっただろうが」
ニヤッと少しワイルドに笑う荒石に、ボソりと呟くように続ける風間。
少しだけ中途半端な時期で辞めたことに妙な後ろめたさもあった和樹だったが、特に怒ってもいなさそうな二人にほっとする。
バスケ部の現主将でもあり、和樹を引き入れてくれたきっかけの板東先輩が、話をつけるとは言っていたが、あの人はあの暑苦しさがいい方向に作用していて、可愛い彼女も入れば人望も厚い。その御蔭だろうと思って静かに感謝した。
「あれ? 和樹もまだいたんだ……っと、話し中だった、こんにちは、割り込んだみたいですみません」
「あれ、ハジメ、お前も来たのか? 何ならメッセージくれりゃ買ってったのによ」
「いや、バイトからの連絡きて話しに出てさ、ついでに飲み物でもって思ってね……えっと、そちらは?」
そう言って、ハジメが改めて先輩二人を見て会釈をする。
それに、ハジメの顔をまじまじと見ていた荒石が、急に思い出したかのようにハジメの肩を掴む。
「やっぱり、あの長身イケメンとバスケ勝負して勝ってた方の佐藤だよな!?」
「へ? ええ、多分。その佐藤で間違いないですが……」
「おい荒石、後輩が引いてんだろうが……まず自己紹介くらいしろや。すまんな佐藤くん、こっちの興奮して今にも襲いかかりそうなのは荒石、俺は風間。そっちの石澤の古巣の先輩だ」
「古巣? ああ、サッカー部の……えっと――」
「あぁ大丈夫、見かけたのは偶々、というかは微妙なんだが、まぁ今そっちが想像したようなサッカー部を辞めやがって、みたいなんじゃねぇから」
風間が荒石を宥めつつ、ハジメにそう説明して、こちらを向いてくるハジメにも和樹は頷いた。
「んで、こっちの荒石が興奮してんのは、佐藤くんのファンだからだよ」
「は……? あ、いやすみません、ファンですか?」
ハジメが珍しく、咄嗟に失礼ともとれるような受け答えになりつつ、でも言葉を紡ぎつつもぽかんとしている。和樹もえ? といった表情で荒石を見る。
「くっく、そういう反応にもなるわな。まぁあれだ。こいつさ、見た目目立たないやつが主人公っぽいのを倒すとかのシチュが大好きなやつでなぁ」
「あぁ……なるほど」
風間の言葉に、ハジメは少し戸惑っているが、和樹は何となく理解した。
「ちなみに、試合終わりに彼女に抱きつかれるのも理想らしい」
「うっせ、風間お前なぁ、人の性癖をどんどんと……でもすまん、一度話してみたくてなぁ。図書室で一緒にいるのを見かけて、石澤に声かけたとこだったんだわ。まさか本人にも流れで会えるとは」
「ええ、そんな。僕は普通に声かけてくださったら変な対応はしないですよ?」
「いやな、あれからちょっとの間、色々と声かけられてそうだったしよ。普通は板東みたいに後輩のクラスに乗り込んでって話すとか出来ねぇって」
「……確かに」
そう少し照れたように笑う荒石に、ハジメも和樹も笑う。
「いやまぁな、実際あのスリーポイントは痺れたぜ。正直、あんな可愛い彼女持ちの後輩なんて妬ましいけどなぁ」
(あぁ、荒石先輩だなぁ……)
妬ましい、と言いながらもどこかカラッとしている荒石に、和樹は少しだけずきりとした痛みを胸に感じる。
時々、昔の自分が思い出したかのように追いかけてくる。
どうしようもなく恥ずかしくて、でも目を背けることも出来ないような、軽くて薄っぺらい自分。
こんな風に、カラッと格好良く笑って、妬ましいって言えれば良かった。
変なタイミングでフラッシュバックのように上がってくる昔の自分を押し殺していると、ふと気づいたように風間から和樹に声がかかった。
「そういや石澤、お前も彼女出来たのか? そっちの佐藤の彼女は有名だけど、一緒にいた子もめちゃくちゃ目を引くというか、あの子もこういう言い方すると良くないけど有名だよな…………」
「確かに俺も気になっちゃいたんだよ。……バスケってモテんのかな、おい風間、俺らも――」
「阿呆なこと言ってんじゃねぇよ、そんな理由でレギュラーのトップ位置のポジション二人居なくなったらそれこそ袋叩きに合うわ」
「まぁ違いねぇし、そんな天才じゃねぇからな俺等は。で、石澤どうなんだよ? そうだって言ったら存分に妬んでやるぞこら」
そう言って、ふざけたように笑いながらヘッドロックの体勢になる。
それに和樹はちょっと戸惑いつつも言った。
「いやぁ。正直、仲良いダチでいれてるとは思うんすけどね。ただ、そっちが邪推してるような関係じゃねぇっす」
「へぇ、そこんとこどうなんだ? 佐藤」
「うーん、和樹は変わったなぁと思うんですけど、その辺は僕もよくわかってないんですよね。っていうか先輩方興味津々ですね」
「そりゃそうだろ、お前。彼女いねぇで部活に勤しんでる身からすりゃあな、可愛い彼女持ってるやつは興味の的なんだよ……。って荒石じゃねぇけど板東も彼女いんだよな、こりゃ確かに選択を間違えたか? まぁいいや、で、石澤本当のところはどうなんだよ、あんだけ美人なんだぜ?」
先輩二人とハジメの言葉に笑っていた和樹だったが、最後の風間の言葉に少しちゃんと考えてみる。
確かに早紀は見惚れるほどの美人だ。だが――。
「うーん、俺はですね。何ていうかあいつのこと、尊敬してんですよ……その、ちゃんと自分の行動とか言葉に自分で責任取れる奴らを。俺は全然そんなことなくて、でも一緒にいるとそうなれる気もしちまうというか」
そう、和樹がうまく言葉にできないなりに言葉にを紡いで見せると。荒石はニヤッと笑い、風間もふっと笑った気がした。
「はっは、お前、良い顔するようになったなぁ。一年しか違わない俺が言うのもなんだけどよぉ。よし、頑張れや……もしもサッカー部の奴らでまだなんか言ってくるようなことがあれば俺に言え」
「…………あざっす」
そして、荒石のそんな言葉とバシバシと叩いてくる強さに押されながらも、何とかお礼の言葉を絞りだした和樹は、そっと立ち去る背後の気配に気づくことはないのだった。
◇◆
「良かったね」
千夏が、そっと背を向けて図書室へと戻るために歩き始めた早紀に続いて、後ろからそんな事を言う。
その良かったは、絡まれているのではなくて、じゃれているだった事に対してか。
それとも――――。
「うん、良かった」
ただ一言、早紀は千夏にそう返す。
まだ夏と呼べる月ではない。でも外では、早くも蝉の声が響いていた。




