閑話7-12
「ねぇねぇ、ハジメ、これ見て」
隣に座った千夏が、嬉しそうな気配を出しながら、僕にそう言って見せてくれたのは、この旅行で知り合うこととなった女の子、葵ちゃんの母親の慶子さんからのメッセージだった。
「へぇ……って凄、最近の幼稚園児は、スマホで文字打てるの?」
「そうみたいだね、慶子さんから、これから先は葵ちゃんが打ってますって来たから。確かにひらがなやカタカナは普通に読めてたから、フリック出来るんだねぇ」
彼女の母親の慶子さんと連絡先を交換していた千夏だが、なるほど、こうして幼い友人とのやり取りとなるのだろう。
実は引っ越してくる東京の赴任先は、近所ということも無いが僕らの住んでいる場所に程近い住所だった。
『(葵)おにいちゃんとおねえちゃん。あおいはとてもたのしかったです。きをつけてかえってね。またあいます』
最後が、会えたら嬉しいではなく、会います、のあたりが付き合いは短いながらに葵ちゃんらしさを感じる気がして笑みが溢れる。
そんな風に一つのスマホを二人で身を寄せ合うようにして見ていると、発車の案内が出て、少し乗降客の喧騒が響いていた車内が静かになった。
盛岡で乗り込んだ新幹線は、かなりの混み具合だ。明日で連休も終わり、日常が戻ってくるのは皆同じようなものなのだろう。
今回の旅行では、何だかんだで移動で結構時間がかかってしまったのだけれど、移動中も結構楽しい事が分かった旅路だった。
バスだと、何の変哲もないと言ったら語弊があるのだけど、有名では無さそうでも看板が見えて興味が惹かれたりして、千夏とちょっと立ち寄れるなら寄ってみたいねと話しながらの移動だったし。
望さん達に乗せてもらった道中でも、道の駅にトイレ休憩で寄ってくれた時には、結構長居もできそうな雰囲気だった。
車の免許をとったら二人であちこちを回る旅をするのも良いかもしれないな、と思う。
「普段は電車で全然困らないんだけどさ、こうして旅行に来ると、車の免許も取ったほうがいいかなって思うよね」
そんな事を考えているうちにかけられた千夏の言葉のタイミングの良さに、僕は答える前に笑ってしまった。
それを怪訝そうな顔で見てくるのに、僕は笑いを止めて答える。
「ごめんごめん。いやさ、ちょうど同じこと考えてたから……その車でレンタカーとか借りてさ、途中で色々立ち寄りながらの旅もいいなって」
「やっぱり? もしもさ、ここで自分達の車だったらって何回も思ったもんね」
それに頷きながら、改めて考える。僕がそう思えるのが千夏のおかげな事は間違いなくて。
どこに行っても、こうしてお互いを気遣ったり、中身のない話もしたり、触れ合ったり、同じものを食べて感想を言い合ったりできる相手がここにいるからなんだと思う。
岩手のあのお店も、青森からの移動の途中の道の駅もと、きっと脳内で景色を思い浮かべながらあれこれと挙げていた千夏が、ふと僕の方を見て、少し言葉を止めた。
「……えっと、何?」
「今頭の中で、なんか嬉しいこと考えてくれてたでしょ? 何かなーと思って」
「いや、そんな事は無いと思うんだけどなぁ、あれ? 僕なんか変な顔してた?」
僕は、千夏の言葉に口元に手を当てて少し恥ずかしくなる。もしかして、何だかにやけていたりしたのだろうか。
「あはは、違う違う。何だかさ、凄い穏やかな感じで、先のことを考えてそうだなぁって思ったから」
「……うーん、なんていうのかな、えっと――――」
「照れない照れない」
「そう言われると恥ずかしいなぁ」
どうして僕は新幹線の座席――運良く車両の最前列だったので前には誰も居ない――で彼女にからかわれているのだろうか。
そんな事を思いながら、僕は少しだけ言葉を選ぶようにして、にこにこ(ニヤニヤ?)している千夏に告げた。
「大したことじゃないよ? 今回旅行してさ思ったんだよね、旅行は楽しいんだけど、やっぱり千夏が一緒だからだなぁって」
「え?」
僕の敢えての真っ直ぐな言葉に、少し千夏が言葉に詰まったようにする。
「今回さ、千夏が凄いあちこちに興味持ってくれて、凄い楽しそうにしてくれたからさ、一人で回るのに比べて、やっぱりびっくりするくらい楽しかったんだよね…………勿論、父さんや母さんの写真だったりさ、実際に行ったところがすごい綺麗で、また行きたいって思えるところだったのもあるんだけどさ――」
そこまで言っていると、黙ったまま、千夏の手が僕の手に触れてきた。
同じことを思ってくれてたかなぁと、今度は僕のほうが笑みを作って、手を握り返すようにして言葉を続ける。
「一緒に綺麗なものを見て、綺麗だなって思ったりさ。美味しいもの食べて美味しいなって思ったり、何でも無い場所を見て、何でも無い会話をしたり、こうして触れ合って温かくなったり」
キュッと、千夏が握った手の力を強めた。
「だからさ、うまく言えないんだけど。この先僕らが免許取れる年齢になって、もしかしたら大学に行ったり、働き始めたりして旅行に行く時も、そうじゃない時もさ。同じ様に楽しかったって思えそうだなぁとか、その時には、自由にお互いに色々行けるように、車とかあってもいいかなぁとか思って。ほら、うち、車庫あるし…………って千夏?」
手を握るだけではなくて、頭をグリグリと僕の方に擦り付けるようにしてくる千夏に、僕は疑問の声をあげる。
それに、そっと耳元に口を寄せて、千夏が囁く様に言った。
「あのね、さっきまで、旅行終わってほしくないなぁ。まだ帰りたくないなぁ。って思ってたけど、今は早く家に帰って二人になりたい」
その、少しだけ潤んだような甘えた声に、僕は少し固まってしまって千夏の顔を見つめてしまって。
そして、シュー、っという音とともにスライドして開いた、新幹線の車両間の扉の音にお互いビクッとなった。
「あはは」「ふふ……」
そのお互いと自分の反応に、笑い合う。
やっぱり、千夏と二人なら、どこに居ても、どこに行っても、こうして嬉しい時間を過ごせる。
そして何よりも、相手もそう思ってくれているというのが感じられているのが、この穏やかな幸せの元なんだなと、僕は何気ないこの帰り道で、改めて思うのだった。




