閑話7-9
「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
受付でチェックアウトして出ようとしたところ、ホテルのロビーで元気な声が僕らを迎えてくれた。
葵ちゃんが駆け寄って来て、その母親の慶子さんが微笑みながら歩いてくる。
「おはよう葵ちゃん。それに慶子さんも、今日はよろしくお願いいたします。望さんはお車ですかね?」
僕がそう言って頭を下げるのと同時に、千夏もしゃがみこんで葵ちゃんと目を合わせて微笑んだ。
「ええ、ホテルの前に少しの間停めてるから、行きましょうか。ふふ、後ろの席で、葵のお相手をお願いしてしまうのだけれど、煩かったらごめんなさいね」
「もう、葵はうるさくなんてしないもん!」
慶子さんがそう言って、葵ちゃんがそれにむくれたように言う。
「あはは、うちの方が煩くしちゃわないか心配。でも葵ちゃん、せっかくだから沢山お喋りしながら行こうね」
「うん!」
だが、千夏の言葉にすぐに機嫌を直したのか、満面の笑みで車へと千夏の手を引いて進んでいった。
「さぁ、荷物はトランクに積めるから、ハジメくんはこちらかな?」
「はい。千夏、荷物積んじゃうけど良いよね?」
「うん、必要なものは持ってるから大丈夫、ありがとう」
銀色の車体のエスティマで、番号は先日葵ちゃんが言っていた通り5290だった。
それを指さして、葵ちゃんが言う。
「あのね、あれは葵の誕生日なの、だから覚えてたんだよ?」
「へぇ、そうなんだ、じゃあもうすぐ……6歳になるのかな?」
「うん! お姉ちゃんたちは?」
僕が荷物を積み込んでいる間に、先に葵ちゃんがチャイルドシートに、千夏がその隣へと座る。三列の最後尾とトランクは荷物もあるので三人がけだが、広い車だった。
そして、そんな風に会話をしている中で、僕も乗り込む。
「えっとねぇ、お姉ちゃんは7月7日生まれ、七夕だよ?」
「あ、葵知ってる! 彦星さまと織姫さまの、恋人同士の日なんでしょ?」
「そうそう、短冊にお願いを書いたりもするかなぁ」
そうなのだ、千夏は名前の通りの夏生まれ。
そして、一度聞いたら覚えやすい七夕生まれなのだった。
まだ少しだけ先だが、初めての彼女の誕生日に何がいいかはこっそり調べ始めている。
ただ、その前に――――。
「ちなみにお兄ちゃんは6月1日生まれです。葵ちゃんと近いね」
実は僕の誕生日が来月来る。
千夏が少し張り切ってくれているのを知っていて、初めての彼女がいる誕生日というものに、ドキドキする気持ちはあった。
「6月っていうことは、えっと、葵と3日違い!」
「おお、凄いね葵ちゃん。5月の次が6月なのも、計算も出来るの?」
「えへん、幼稚園で習うんだよ?」
さらりとそういう葵ちゃんの言葉に僕が驚くと、葵ちゃんが満面の笑みで胸を張る。
最近の幼稚園って凄いな。僕はというと、自分が6歳の頃どうだったかなんて正直あまり覚えてないのだけれど。
「誕生日会もやる時にね、次の誕生日の人までは何日かーっていうので教えてもらうんだよ! あとねあとね、さおり先生は、はなことばを教えてくれるの!」
はなことば?
「ああ、誕生日の花言葉ね。そういえば知らないなぁ。葵ちゃんは何のお花なの?」
一瞬僕が頭の中で変換できないでいると、千夏がそう言って、僕の中で誕生花、花言葉と変換される。なるほど。
そんな僕をよそに、葵ちゃんと千夏の話は続き。
「葵はナデシコなんだって。ナデシコはね、実はまだ見たこと無いんだけど、かれん、って意味で、可愛いって事なんだって! 葵にぴったりだねって言ってくれたの」
「おおー、確かにピッタリだね! それに先生もいい先生なんだねぇ」
「そうなんですよ、だから余計に途中で転園というのも気が引けていて……まぁそれで葵に不安にさせていたなら元も子も無いんですけどね」
千夏がそう言っていると、前から慶子さんも同意の言葉を漏らした。
でもそういう事で、この時期に転勤となると大変だろうな、と僕も頷く。
「ねぇねぇ! お姉ちゃんとお兄ちゃんの花言葉は?」
「ええ? 流石に知らないなぁ、でもサッと調べられるかな、ねぇハジメ」
「そだね、調べてみよっか。そもそも誕生日に誕生花があるって気にした事無かったよ」
葵ちゃんの言葉に、僕らは花の話題に戻って、スマホでささっと検索した。
『7月7日:「アサガオ」です。アサガオは「絶えず愛する」または「固い愛情」を象徴する』
『6月1日:赤いバラ。花言葉「愛」「あなたを愛します」「熱烈な恋」』
「…………」
「…………」
二人同時に自分のを検索して、出て来た後に相手のを見て、なんだかどうしようもなく気恥ずかしくなって顔を見合わせて黙ってしまう。
「うーん、つまりお姉ちゃんとお兄ちゃんみたいなことだね! 葵の、かれん、と一緒でピッタリ!」
内容を聞いて、葵ちゃんがそう言うのに、僕と千夏がますます顔を赤くすると、前の座席で望さんと慶子さんが吹き出すようにして笑い声をあげた。
「ふふ、あははは! いや、笑っちゃってごめんなさいね。葵が二人はラブラブなんだって夜もずっと言っててね。幼稚園でもいろんな事覚えて来て笑っちゃうのだけど、娘の成長とお二人の雰囲気とでつい……」
「いえいえ……恥ずかしくないといえば嘘ですけど、まぁ否定するものでもないですし」
僕がそういうと、ミラーに映る慶子さんの目が少し丸くなって、まだ少し笑みをこぼす。
「葵のいう通りねぇ。うん、葵を保護してくださったのがあなた達のような二人でよかったわ、本当に改めてありがとう。少しの道行だけど、今日はよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕と千夏は、一気に和やかになった車内の空気の中で、楽しいドライブの時間を過ごすのだった。




