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二番目な僕と一番の彼女 後日譚 ~とある青春群像劇 - クインテット~  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
幕間 二人の初旅行

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閑話7-8


 夢を見ていた。

 不思議と、夢の中に居ながらにして、これは夢だとわかる感覚があった。


 小さな女の子に手を引かれて、父親らしき男性がゆっくりと歩いてブランコに向かうのを、自分は穏やかな気持ちで眺めている。

 どこかの公園だろうか。

 ブランコとすべり台があるだけの、広場。


 その視点は自分のもののようで自分ではなく、それが当たり前だという感覚と、あれ?もしかしてあの男の人と女の子って、という想いも混在している。


 顔は見えない。

 でもあの雰囲気はきっと――――。


 場面が変わる。


 今度は自分が女の子の視点だった。

 覚えている。これは。


 勢い良く父親の手をぐいぐいと引いて歩いて、ふとすっぽ抜けて盛大にこけた。

 痛みはない。夢だからだ。


 でも記憶はある。大泣きして、父親の、この頃はただ優しくて大好きでしかなかった頃の父親のおろおろした顔と、慌てて走って来てくれた母親の心配そうな顔。


 それを見て、私はどうしようもなく――――。


(…………ぁ)


 はっと千夏は目を覚ました。

 閉めたカーテンからは薄い明かりが漏れているが、まだ5時にもなっていない時間。


 背中が少し冷たい、下着の感触からも、寝ている間に汗をかいているのがわかった。

 葵と出会って、その両親を見たからだろうか。昔の夢なんて初めて見た気がする。


(最初の方の夢のままで良かったでしょうが、うちの夢なのに何で自由になんないかなぁ)


 感じる夢見の悪さに、心の中でそう思いながら、急に覚醒した脳に身体が追いついてくるのがわかった。


 いつもと違う感覚のベッドの中で、いつもと同じ匂いがする。

 薄く目を開けて、その匂いの元であるハジメが、きちんと近くにいる事を確認した。


 それだけで、夢見のちょっとした不安が、霧散していくのを感じるのだから、現金なものだ。


 寝る瞬間には頭の下に差し込まれていたハジメの腕は、寝ている間に千夏の腕の中にある。

 だから近くにいることなんて視界で確認しなくてもよさそうなものだが、千夏は寝ているハジメを見るのが落ち着くのだ。


 じっと見る。まだ起きる気配はなかった。


 普段はハジメの方が早起きだし、ハジメの家で夜一緒のベッドで寝る時なども、ハジメの方が大抵早く目覚めているのだが、夢見のせいか目が冴えてしまっている。

 それに、二度寝するには少し汗の感覚が気になった。そっとハジメを起こさないように注意しながら、千夏はベッドから降りる。


 アメニティのバスローブをそっと脱いで下着姿になった。

 このままシャワーを浴びてしまっても良い気もするが、水音まで立てると流石に起こしてしまうだろう。ハジメは気にしないでいてくれるだろうが、だからこそ起こしたくなかった。

 身体の汗を少しタオルで拭き取って、考える。もう一眠りはしたいので、流石に皺になってはいやな外用の服に着替えるのは無しだが、かと言って汗を吸っているであろうバスローブを着直すのも躊躇われた。

 服を出すにも灯りが心許ない。


 そこでふと千夏の心の中にいたずら心が湧いた。


(もし下着姿のままで隣に潜り込んで寝てたら、朝ハジメってばどんな反応するかな? …………うん、いつまでもドキドキしてもらう自分で無いといけないってゆっこ達も言ってたし、寒くもないから、いいよね)


 千夏が、いつもとは少し違うそんな結論に至ってそっとハジメの隣に再び潜り込んだのは、寝ぼけていたのかもしれない。

 何にしても、素肌で触れ合う心地よさなのか、少し暑かったものが適温となったからなのか、千夏はすぐに二度寝の快さに意識を委ねたのだった。



 ◇◆



(…………えっと?)


 僕は少しだけ混乱していた。

 朝目を覚ましたら、とても柔らかい感触が右手全体を包んでいて、それはとても、とても幸せなことに違いないのだけど。


(あれ? 昨日の夜って服着て寝た、よね……うん、僕は着てるし)


 記憶では、ツインの広いベッドで少しはしゃぎつつ、最後シャワーを浴びて、二人でホテルの夜着を着て寝たはずだった。

 バスローブに身を包む千夏を見て、いつものパジャマとは違った装いにぐっと来たのだから間違いないはず。


 でも今、何故か隣でとても幸せそうに眠っている千夏が下着姿だった。

 勿論その、見るのは初めてではないのだけど、柔らかい太ももに手を挟まれて、腕を下着越しとは言っても寝る時用のものだから余計に柔らかく感じるというか、何というか。


(でも、少しだけ安心したかな)


 朝からドキドキさせられる最愛の彼女の寝顔を見ながら、その表情には安らかさを感じて、僕は内心でそう思う。

 というのも、昨日の千夏は、葵ちゃんとそのご両親と会って、少しだけ思い出している素振りもしていたからだった。


 僕は僕で、千夏は千夏で、お互いに少しだけ『親』というものに対して、時々反応してしまう琴線のようなものを持っている。

 僕はちょっとした想い出だったり、後は当たり前の様に保護者欄を書く書類関係のときに、少しだけ心に力を込めないといけないし、千夏は千夏で、父親と娘、というキーワードに対しては同じなのではないかと思うことがあった。


 僕は千夏のおかげで、想い出と向き合う事ができるようになったし、千夏も僕のお陰で気にしないでいられるとは言ってくれる。

 だが、『気にしないでいられる』のと『気にも留めない』は別なことも、僕は知っていた。


 そういう意味でいうと、昨日の少し家族を意識させるようで、どこか照れたような仕草の中で、怖れも少しだけ込めていた千夏は、僕が両親の事を思い出していたことに対しての気遣いもあったのだろうけど、出会った頃の、ジャブを打った後に本音を言ってくれていた時の千夏と似ていた気がする。


 そっと、空いた左手で髪を梳いた。

 流石に朝から刺激が強いので布団の中には目を行かないようにしつつ、整った千夏の顔を見る。


 何故だか、自分のことながら、千夏との関係に終りが来る想像は一度もしたことが無かった。

 

(もしも将来、子供とか考えるとしたら、どんな風に僕らはなるんだろうね) 


 そんなことを考えていたら、少しくすぐったそうにしながら、千夏が薄く目を開ける。

 気配で起こしてしまっただろうか、でもそろそろ起きて準備をして良い時間ではあった。


「おはよ、千夏」


「…………? おはよ、ハジメ。あれ? うち――――」


 千夏は、少し寝ぼけたようにそう答えて、自分の格好に気づくと、少しだけ顔を赤らめるようにして僕の耳元で囁くようにして言った。


「ねね……朝起きて彼女が下着姿だと、ドキドキした?」


「っ…………もしかして、それ言うために途中でその格好になったの?」


 その声にも少し心臓が高鳴るのを抑えつつ、僕が何とか落ち着かせてそう言うと、千夏は笑って答える。


「えへへ……いやぁ元々そういうつもりだったわけじゃないんだけどさ、変な時間に目が覚めちゃって。で、どうだった?」


「…………正直めちゃくちゃドキドキしました」


「うんうん、そっかそっかぁ。ゆっこ達と話していた、マンネリ化防止作戦成功だね」


「ほんと、時々女の子達でどんな話ししてるのか気になるんだけど……」


 そんなじゃれ合いを経て、僕らは二人で起き上がった。

 僕の中に少しだけそのまま抱きしめてしまいたい衝動もあるのだけれど、葵ちゃん達との朝の約束の時間もあるので振り払う。


 僕の旅行二日目は、そんな風にして、良い目覚め(?)と共に始まるのだった。


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