閑話7-6
「ねぇねぇお兄ちゃん、あっちあっち」
「はいはい」
人混みで周囲が見えないあおいの為にと、ハジメが肩車をしている。
あおいがいつもと違う景色にはしゃぐようにしてハジメを操縦するようにあちらこちらと向かうのを微笑ましく見ながら、千夏も景色を楽しむようにして歩いていた。
「あっちの方に少しピンク色の堀があるよ?」
「あぁ、花筏っていうらしいね、その年によるみたいだけど、葉桜になった後でも堀一面に散った桜が広がって、凄い綺麗なんだってさ」
「へぇー、凄い凄い!」
今はあおいを連れて行った交番から歩いて、追手門を入った後、ルートに沿って歩きながら西の方にあるというこの時期限定の貸しボートに向かっているところだった。
「わー、凄い、見てみてあおいちゃん、千夏。あれ二ノ丸だって……抜けて左に行ったらボートなんだけど、右から回って城も見ていいかな?」
「えー? いいよー?」
意外と城や旧い建築物にロマンを感じてテンションがいつもより上がっている様子のハジメと、出店や桜、時折見える鳥などにテンションが上がるあおいとでそれぞれ反応は違うようだが、その違いも見ていて楽しい。
「ねぇねぇお姉ちゃん! お兄ちゃんがお城みたいって!」
「うんうん、そのお兄さんがそうしてテンションが上がるのは珍しいから、一緒に付き合ってあげようねぇ」
「そうだねぇ、仕方ないなぁ」
「ちょっと二人共、いいじゃん凄くない? お城だよお城?」
あおいと二人で、わざと仕方ないなぁ感を出すと、ハジメが笑って言った。
確かに祖母の家に行った際にも、城下町を歩いて満喫していた感のあるハジメだ。
普段一緒に居たり、学校でもかなりの時間を過ごしているとはいっても、こうしていざ違う場所に来たり、違う環境でいると、未だに新鮮な一面が見れて、それがとても嬉しかったりする。
(…………意外では全然ないけれど、子供に優しいのもいいしね)
そうして三人で人の流れにも沿いながら進んでいくと、堀の曲がった先で、桜と堀、それに遠くに綺麗な山が見える。
「綺麗な山、頂上に雪がかかっていてって見えるのは、何となく富士山だけかと思ってたけど」
「岩木山かな? 津軽富士っていうみたいだね、今日は晴れてるからすごい綺麗」
千夏がそう呟くと、ハジメが反応してそう答えてくれる。
「あおい、富士山って見たこと無いの、お姉ちゃん達はあるの?」
「そうだねぇ、うちらが住んでいるのは東京の西の方なんだけど、学校があるところからでも時々遠くに見えたりはするし、一度車で行けるとこまでは行ったことあるかなぁ」
そして、あおいが富士山という言葉に反応するのに、千夏が頷いて、自分より高い位置にいるあおいを見上げながらそう答えた。
「へぇ、あおいのお父さんも東京に行くって行ってた」
「ん? そうなんだねぇ」
「東京ってとこに行ったら、またお姉ちゃんにもお兄ちゃんにも会える?」
それはどうだろうか、東京と一括りでいっても、随分と狭いようで広い。
千夏が一瞬逡巡していると。
「……そうだね、でもあおいちゃんが東京に居ても、こっちにいても、会おうと思ったら会えるから大丈夫だよ。流石に毎日は会えないけれど、今日だって僕らは朝は東京に居たけど、今こうして会えてるからね」
「そっか!」
ハジメが穏やかな声でそう言って、あおいは納得したように声を発して頷いた。
その様子に、千夏は何となく、でもどうしようもなく愛おしくなって、そんなハジメの裾をそっと掴む。
「千夏?」
「腕は組めないから、少し持っていたくなったの」
「そうなの? ふふ、急に変な千夏」
ハジメがそう言って微笑むけれど、千夏の中ではちゃんと繋がっているのだ。
そうして、千夏達はいくつかの場所を周りながら過ごした。
◇◆
「おお、お兄ちゃん! 見てみてまた橋があるよ?」
「うん? ああ、あれが下乗橋ってやつかな?」
「げじょーばし?」
「そうそう、昔はね、お馬さんに乗っていてもここでは降りないといけなかったんだってさ」
「へぇ、あおいお馬さんは乗ったことあるよ?」
「おお、それは凄いねぇ。お兄ちゃんは乗ったこと無いなぁ」
ふとした橋でハジメが事前に調べたらしき知識を教えてくれたり。
◇◆
「凄い凄い! ボートってあおい初めて乗ったよ」
「正直僕もボートを漕ぐのって初めてかも」
「オールは一組しか無いから頑張ってハジメ」
「お兄ちゃん頑張れー」
初めての手漕ぎボートで、子連れで乗る千夏達を係員さんに少し不思議そうに見られたり。
◇◆
「ねぇお姉ちゃん」
「なぁに? あおいちゃん」
「……あおい、トイレ行きたい」
「ええ! 大変!」
「こっちからだと北門の方に向かったとこにすぐあるみたい、急ごう」
全然意識していなかったトイレの付き添いで慌てたり。
◇◆
そうしてあおいもすっかりと千夏とハジメと共に居ることに慣れ、ボートを漕ぎ疲れたハジメのためにも、少しお腹が空いたあおいの為にも北門から出たところのカフェに入ったところだった。
「はい、もしもし佐藤です。はい、今もちゃんと一緒にいます。今は北門のところで休んでるところですね…………はい、わかりました、じゃあお待ちしていますね」
「ハジメ? もしかして」
「うん……あおいちゃん、良かった。お父さんとお母さんが見つかったよ? どうやら連絡で行き違いがあって遅くなっちゃったみたいなんだけど、凄く慌ててて、今からここに迎えに来てくれるって」
どうやら、この偶然の齎してくれた三人の時間も、そろそろ終わりを告げるようだった。




