閑話7-5
街は休みだけあって、中々の人混みだった。
公園内は広いと言うし、はぐれない様にしないといけない。
僕はそう思って、少し慣れてくれたようで警戒心もなくなったあおいちゃんに声をかけた。
「うわ、やっぱり人多いなぁ。迷子にならないように手を繋ごうか、あおいちゃんもいいかな?」
「うん! じゃあ、はい!」
すると、そう僕の言葉ににこっと笑い、あおいちゃんは千夏とハジメに向けて、当たり前のようにそれぞれ手を差し出してくれる。
なるほど、ホームドラマとかでよく見るやつだ。僕はそう思って一瞬千夏の方を伺って、同様にこちらに向けた千夏の目と視線が合った。
どうやら同じことを考えていたようで、僕は苦笑する。
(ちょっとしたことで、いつの間にか似てくるとはよく聞くけれど、こういうことかな)
内心でそんな事を思いつつ、僕は左手で、千夏は右手でそれぞれあおいちゃんの手を繋いで、公園の方に向かって歩き出した。
「お父さんとお母さんはね、こうして繋ぐとビューンってしてくれるの。でもね、あおいがわざとぶら下がろうとするとね、お母さんが重いって怒るんだよ」
「ビューン?」
「ああ、こういうことじゃない、千夏、力入れて」
首を傾げる千夏に、僕は左手を強く握りすぎないようにしながら手を上に上げる。それで千夏も理解したようで、二人でぶら下げてブランコのようにしてあげると、あおいちゃんは「あはは」と笑ってはしゃいでいる。
流石に迷惑になるほど人がいそうな場所では無理だけれど、少しでも寂しさが紛れてくれればいいなと思っていた。
色々と話をしてくれるし、頑張って平気なふりをしようとしているけれど、警察署内でもそうだし、時々親子連れを見ては泣きそうな素振りも見せているのは気づいていたから。
『ちらっと聞いた感じだと、もしかしたら複雑な家庭状況なのかもなのが気になるけど、せっかくなら楽しんでくれたらいいよねぇ?』
『そだね、すぐ見つかるにこしたことは無いんだけど、一緒に行動するなら楽しめたら良いね。出店とかさ、後貸しボートもあるみたいだし、三人で楽しめて、あまり歩き疲れ過ぎないように回ってみよう』
先程出る前にそんな会話を千夏としていたが、その試みはうまくいっているようだった。
千夏も僕も、正直両親関連の話題には他の人達よりも少しばかり敏感になってしまう自覚はある。放っておく気が起きないのもそのためだろうか。
嬉しそうに、もっともっと、とせがむあおいちゃんと、それに対して張り切っている千夏を見てそんな事を考えながら、元々向かおうとしていた弘前公園の桜まつりの出店の看板が出ている方へと歩を進めていった。
◇◆
公園内に入ると、最近の暖冬のためか、少しネットで見た時程の桜の具合ではなかったが、十分すぎるほどに綺麗だった。
ただ、5月の初めとはいえ少しばかり暖かいを通り越して暑い。
あおいちゃんのみならず、僕や千夏も桜よりも出店の冷たい飲み物やアイスなどに目を引かれているのは否めない。
そのため、ひとまず人混みを避けた場所に千夏とあおいちゃんを残して、僕は冷たいものを買うために並ぶのだった。
「はい、あおいちゃん、千夏」
そして、僕が出店の中からアイスクレープを買って来て二人に渡すと、二人共満面の笑みで受け取ってくれる。
並んだ苦労が笑顔一つで報われる気がする自分の心境に、何となくかつての父親を思い起こして照れくさくなっていた。
僕らは周りから見たらどう見られるのだろうか。流石に親子連れと言う割には若すぎるから、恋人とその年の離れた親戚とでもいったところだろうか。
「お兄ちゃんはいいの?」
飲み物の他には、持ち手の問題でひとまず二人分だけ買ってきた僕に、あおいちゃんが首を傾げるようにして言う。
それに千夏が、お兄ちゃんはね、お姉ちゃんが一口あげるから大丈夫、と言いながら僕に差し出してくるのに、僕はありがたく一口いただいた。冷たくて甘い。
友人達には呆れられることはあるものの、間接キスだとかは気にしなくなっていた。
そう、いつだったかの、クレープのシェアが恥ずかしくて悶えていた頃の僕ではないのだ。
「……ちょっと、ハジメ口元に付いちゃったよ?」
「え? ああごめん」
僕が千夏の声にそう言って拭う前に、千夏がさっと指先で僕の唇の端辺りを触れて、付いたアイスを自分の口にぱくりとするのを、魅入られたように目が行ってしまう。
――――嘘でした。
全然変わってません。今でもちょっとしたことにドキドキさせられてばかりです。
「ち、千夏? 流石にそれは恥ずかしいってば」
僕が流石に照れくさくなって、紅くなっているであろう頬をかいて抗議すると、千夏は首を傾げるようにして言った。
「ええ? 今更? 誰も見てないって」
「いや、確かにそうなんだけど……ってかあおいちゃんは見てるからね?」
僕らがそんなやり取りをしていると、あおいちゃんはうんうんと頷くようにして呟いた。
「あおい、わかったよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんってさ、ばかっぷるってやつだよね? 前に幼稚園の友達が言ってたもん!」
「……ほら千夏」
「うう、幼稚園生にしみじみと言われると恥ずかしくなってきたかも! でもいいの、あおいちゃんもきっとそういう相手がいつか出来るから!」
千夏が、うう、と言いながらそう叫ぶように言うと、あおいちゃんは少しだけ笑って、ぼつりと言った。
「あおいのお父さんとお母さんも、お兄ちゃん達みたいにばかっぷるになれば良いのに。そしたらずっと一緒なのにねぇ」
その言葉が、幼い口調なのに、とても大人びたような内容な気がして、僕らは顔を見合わせて頷く。
「ふふ、そうだねあおいちゃん。じゃあそんなバカップルな僕らに、連絡が来るまで付き合ってくれるかな?」
「うちはボートにも乗ってみたいんだよね、三人なら乗れるかな?」
「……うん!」
勿論早く連絡が来たほうがいい。
でも、もう少しだけ、せっかくなら「楽しい」を渡せたらいいなと思っていた。




