閑話7ー3
想像以上に近く感じた新青森駅から、更に特急で弘前駅に到着した。
千夏とは、移動についてはお金をかけてでも時間を買おうという事で一致していて新幹線に特急と使ったからか、学校で地理として習った時に遠く感じた距離より随分と早く着いた気がする。
まぁ、近く感じたのは千夏の肩にもたれかかって、僕が完全に寝てしまってたからなのだけれど。
正直やらかしてしまったと思ったものの、千夏が何故かとても機嫌が良さそうで、少しホッとして二度寝までしてしまったのは楽しみで少し寝れていなかったのもあるのかもしれない。
いや、子供か、と自分でも思うけど仕方ないと思うんだ。
それだけ楽しみだったのだから。でも本当に千夏が許してくれて良かった。
「弘前駅って、新しいのかな? なんか凄い綺麗じゃない?」
「確かに」
元々機嫌がいいフリとか悪いフリをする性格ではないけれど、当の千夏は本当に僕がちゃんと起きてからもずっと上機嫌であるようで、正直理由はわからないけれど見ていて嬉しくなる笑みを向けてくれるのはとても浮かれた気分になる。
そして千夏の言う通り、初めて降り立った弘前駅と窓から見える街並みは、想像していた以上に都会で、とても綺麗だった。
「さて、どうしよっかね」
千夏のそんな呟きに意図を読み取って、僕も考えていたことを告げる。
「一応バスでも行けるし、タクシーもあるね。ただ、歩いても30分程度みたいだから、散策するのも良いかも? ほら、ここも城下町じゃない? 松本でも駅前のホテルから城までも歩いたんだけど、色々見どころあって楽しかったんだよね」
「あ、賛成! 実はあの時もさぁ、どうしようもないことだったんだけど、本当はうちも一緒に歩きたいなって思ってたんだよね。今日は駅前のホテルで泊まるんでしょう? 先に荷物だけチェックインして置いちゃって行こうよ!」
同意してくれる千夏の言葉に、歩きたいと思っていた理由が一致しているのを感じられて、僕はそれにも内心喜びながら頷いて言った。
「そうそう、東京から意外と近いとは調べて思ったんだけどさ。流石に移動して色々見て次に移動、よりはゆっくりしたほうが良いかなって。そのために二泊にしたしね」
今回は、僕の性格もあって色々場所については調べたものの、敢えてガチガチの日程にはしなかった。
泊まる場所とここは絶対行きたいとか、食べたいという場所以外は固めてない旅。
それというのも僕の中で、あの凍える程冷たくて、でも暖かい想い出となった街で、突発的だったからこそ得た何もない時間が贅沢に感じて、そのおかげで出会えたものや見たものが多かったからだった。
何より、千夏と二人であれば、正直家でゲームしながら話しているだけでも、コンビニに少し買い物に行くだけでも、宿題をしているだけだったりしても、つまらないということは無いのはこれまでで十分すぎるほど知っている。
「じゃ、目的地はハジメのご両親の想い出の場所、弘前公園の桜まつりということで、散策デートと行こっ!」
そして、眩しい程の笑顔を向けた後、見えている駅前のホテルに向かって先導していく千夏を追って、僕もガラガラと音を立てて荷物を引きながら続くのだった。
◇◆
変なことに時間を取られないようにと、場合によっては男女二人で予約して泊まるには保護者の同意というものが宿泊に必要な僕らのために予約を手伝ってくれた涼夏さんのおかげもあって、スムーズに荷物を預けられた僕らは、公園に向かうまでにあった商店街で朝の軽食の補完をしながら城の方に向かっていた。
可能な限り早く家を出たおかげで、まだお昼には早い時間帯。
今日はゆっくりと街並みを楽しめるので、気分的にも余裕があった。
「いがめんちって初めて食べたんだけど結構美味しいね」
「海鮮系も美味しそうだったよね、夜は食べたい!」
千夏とそんな風にゆっくりと目についたものについて喋りながら、手を繋ぐよりも腕を組む方が好みらしい千夏に腕を絡められて並んで歩く。
「あの店ってハンバーグのチェーン店だよね? 何かお洒落なんだけど」
「確かに。それにこの辺は洋風の建物が多い気がするね……城下町ってもう少し和風イメージだったんだけど、これはこれで趣きがあるなぁ」
「それに教会がいくつもあるんだけど、うちこういうキリスト教的なのは九州に多いとばかり思ってたから意外!」
千夏の言う通り、立ち並ぶ街並みの中で、恐らく旧い洋館だったり、ちょっとした飲食店も景観に併せてなのだろう、洋風の装いで統一されているようで僕らは物珍しくキョロキョロしながら通りを進んでいた。
そして、千夏がスマホでささっと調べて、僕に画面を見せてくる。
「ちょっと寄り道、何かミニチュアの洋館があるらしいよ、せっかくだから見に行こうよ」
「へぇ、何か面白そう、いいね、行こう」
そうしてあちらこちらを見て回りながら城の方に近づくにつれて、少しずつ和風の景観が増えてていく。
城下町でも、松本とはまた違った形で和洋が不思議と混ざり合って調和してる街並み、どちらも好きだけれど、なんだかそんなに数多く行ったことがあるわけじゃないのに、城のある街というのが僕は好きになってきていた。
千夏も同様に気に入ったのか、あちらこちらの建物や風景に対して、はしゃいだ様子で色々とスマホで取ったりしてSNSにも上げている。
「……あれ、見て見てハジメ、猫がいるよ。すごいシロちゃんに似てるね」
そんな風に千夏が僕に告げたのは、穏やかに楽しく歩きつつ、お城の前にちょっと休憩がてらで珍しい形のチェーンの喫茶店があるらしいから行こうと言っていた場所にたどり着いた時だった。
「おお、本当だ。大きさは違うしよく見ると柄も違うけれど、色合いとか表情がそっくりだね」
指差す方向を見ると、確かに奏さんの家で最後に見たシロととても似た猫が木陰で寝そべっていた。
随分と人馴れしているのだろうか、その前に幼い女の子が結構な距離に近づいてじっと見ているが、逃げる様子も無い。
そこに千夏がそっと近づいて、女の子の隣にしゃがみ込んだ。
それでも、猫は片目を薄く開けるくらいで微動だにしない。中々肝の据わった猫だ。
「ふふ、可愛いねぇ」
「うん、さっきから見てるんだけど、全然動かないの」
並んで千夏と女の子が言葉を交わしているのを微笑ましく見て、僕もそっと後ろから声をかけた。
「随分と馴れた猫だね、この辺人が賑わってるし、見られるのも当たり前なのかも」
「……おにいちゃん、誰?」
僕が男だからだろうか、少しだけ警戒した目で見られて、僕は少しだけ慌てる。
それに千夏がくすりと笑うようにして、女の子と目を合わせるようにして言った。
「あ、このお兄ちゃんはハジメって言って、うち……えっと、お姉ちゃんの彼氏なんだ。怪しくないよ。後お姉ちゃんはね、千夏っていうんだ。今日はここに旅行に来たの。お嬢ちゃんはお名前は何て言うのかな?」
「あおいは、あおいだよ? あのね、パパとママに知らない人と話しちゃダメって言われてたの忘れてたの。でも猫可愛いからいいかなぁ?」
「あはは、あおいちゃんは偉いね。でも大丈夫、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、あおいちゃんに悪いことするつもりはないから。それとも悪い人に見える?」
「ううん、見えない。お姉ちゃん、テレビに出てくる人みたいに可愛い。お兄ちゃんは優しそう」
千夏の言葉に少し考えて、あおいちゃんと呼ばれたその女の子はにこりと笑ってそう言った。
それで、僕も安心させるようにしゃがんで同じ目線にして、少し気になっていたことを聞く。
「良かった。急に話しかけて怖がらせてごめんね…………ところで、あおいちゃんは一人なの? パパとママは一緒じゃないのかな?」
「そうなの、聞いてくれる? あのね、あおいが猫ちゃん見つけて話しかけてるのに、全然聞いてくれなくてね、それで猫ちゃん追いかけて来たんだけど、いつの間にかパパとママが迷子になっちゃったの!」
一瞬、どういうことだ? と思ったけれど、すぐに頭の中で意味が繋がって、僕は千夏を見た。
千夏も驚いた顔で僕を見ている。
これはつまり、この子が迷子なのでは?
そう思って辺りを見渡してみるが、誰かを探しているらしい人は居ない。
「えっと、とりあえずまずいよね?」
「そうだね……もしかしたら近くにいるかもだから、とりあえずお店の人に言ってアナウンスとか出来るか聞いて、無理そうなら近くの警察とかかな? あ、そうだ。あおいちゃんって、パパやママの電話番号とかって知ってる? はぐれた時にどうするかとか聞いてるかな?」
僕が、ふと思いついてそう聞くと、あおいちゃんは満面の笑みで答えてくれた。
「うん、いつもきんきゅーれんらくさきっていうのが幼稚園のカバンに持ってるよ! 後ね、パパとママは、こうたとみおりって言う名前。あおいはね、ささきあおいなの!」
ささきあおい。
つまりは、佐々木?さんだろうか。そして女の子は手ぶらだ。幼稚園のカバンは持っていない。
「そっかぁ、他にも言われてることはある?」
「うーんとね…………あ! あと今日乗ってきた車の番号はね、5290なんだよ!」
「なるほど……千夏、とりあえず店に言って事情話して、見つからなさそうだったら警察調べて連れて行ってあげようか。親の名前も分かってて、車で来てそうで番号も分かってるなら、調べてくれると思うし、親も探してたらきっと警察に行くと思うし」
僕が頭の中で整理して、そう告げると、千夏も頷いてあおいちゃんに笑いかける。
「うん、じゃああおいちゃん、ちょっとお姉ちゃんとお話してよっか? いいかなぁ?」
「いいよ! じゃあねじゃあね――――」
そして、背後にそんな会話を聞きながら、僕はひとまず両親がいないかを聞きに店に入るのだった。




