第2楽章 27節目
早紀は、部活帰りに帰ろうとしたところで、友人の後ろ姿を見て声をかけた。
「玲奈、そっちも今帰り?」
すると、女の早紀としても羨ましくなるような綺麗な黒髪を少し靡かせるようにして、玲奈がこちらを振り向いて、微笑んだ。
「ええ、早紀さんも終わりみたいですね。宜しければご一緒しましょうか」
「今日は帰りは電車?」
早紀はそう尋ねる。玲奈は、日によってはお迎えの車が来るのだ。
きちんとイメージに違わない黒の高級車。無駄に色々と詳しい石澤に聞いたところ、センチュリーという名前の、送迎でよく使われる高級車だと言っていた。
とりあえず早紀が知っているのは、後部座席でも肘掛けがあって、広くてゆったりと座りやすいということ。そして、運転手の榊さんがとても美人で、それでいて気さくな人ということだ。
「そうですね、今日は終わりの時間が見えなかったので遠慮しました」
「そっかぁ」
「ふふ、早紀さんは以前に乗ってから少し味をしめましたよね?」
早紀の声に残念さを感じ取ったのだろうか、そう言って玲奈が笑う。
仲良くなるまでは全然そんなイメージがなかったけれど、お嬢様然としながら玲奈はよく笑う。いや、微笑むと言ったほうがいいのか。
大きな口を開けたり、大きな声で笑ったりはしないのだけど、しめやかに玲奈は笑う。
それに、結構聞き上手というのか。
早紀も千夏も優子も、玲奈が笑ってくれるといろんな事を話してしまう。
基本的に四人でいても、よく聞き役に回ってくれているけれど、こうして部活の後に一緒になって二人で帰ったりすると玲奈もこうして自分からも話してくれる。まぁ基本は早紀が話して、玲奈はそれをにこにこと聞いてくれることのほうが多いのは間違いないのだけれど。
「はは、だってすごい乗り心地良い上にさぁ、校門から家の前まで座ってたら着くんだよ? 最高」
「うふふ、そう言って頂けると嬉しいのですけれど。こうして、お話をしながら歩いて駅まで行くというのも、良いものだと私は思いますよ? まぁ流石に大会などの前日は、弓を持って帰らないといけないので時間が曖昧でも呼んでしまいますが」
今日は早紀はバスケのバッグを背負いながら、玲奈は学校の鞄のみだ。
ただ、時折玲奈が制服姿に長い弓を持って歩いている様を見るのも、格好良くて好きだった。
早紀は外見だけでクールかのように見られることも多いが、自分に結構ミーハーな面があるのは否定しない。
「まぁ確かに、こうして喋りながらゆっくり歩くのもいいよね。特にクラスが離れちゃってからは、休み時間も別になっちゃうし」
「そうですね、またファミレスなどでゆっくりと千夏さんや優子さんも含めて話をしてみたいものです」
「そうね、でも彼氏持ちの二人の惚気を聞かされちゃうわよ?」
「いえいえ、幸せそうな二人を見るのも、良きものです」
そう言いつつ、言葉にせずに玲奈が早紀を見た。
その意味を感じ取り、早紀は言葉を返す。
「……私は大丈夫よ、思った以上に平気。髪を切ったからというのもあるのかな、気分だったけど、こうして自分がそういう立場になってみると、効果はあるみたい」
「そうですか。ふふ、そうですね…………それに、自分では気づかれていないのかもしれませんが、意外と石澤さんとよく話すようになってから、早紀さんは良い表情をされていますよ?」
「…………え?」
玲奈が、少ししんみりとし始めた空気を消すようになのか、それとも素のままなのか、そんな事をいうものだから、早紀は変に反応してしまった。
「あら?」
「いや、違うからね。そりゃ何だかんだと話してるけどさ、あれは佐藤と千夏が二人の世界に入るからっていうのと、同じクラスだからっていうのと、ってちょっと玲奈?」
そして更に早紀が慌てるのをくすくすと笑う玲奈に、早紀が怒ったフリをすると、玲奈が言う。
「からかった自覚はありますけれど、そうですか。良きことだと思いますよ。正直最初はあまり良い印象はありませんでしたが、最近の石澤さんは少し変わられましたからね」
「まぁ、そうね、うん」
早紀はそう頷く。
バスケの勝負の裏で少し絡んでから、何となく気にしていたし、それに、イッチーへの恋路でも世話になったと言えなくはない。正直、性格が激変したりはしていないし、迂闊な言葉も時々いうのだが、何というか慎重になろうとしているというか、地に足が着いたような感じで、付き合いやすくなったと思う。
まぁ佐藤やイッチー、相澤とも普通につるむようになったようだし、ストリートバスケの場所にも参加しているのだからと思うが、玲奈から見てもそうだというのを聞けると、何故か早紀はホッとしていた。
(って、なんで私がホッとしてるのよ)
と内心思っていると、玲奈からの微笑みを感じる。
「違うからね!?」
「私は何も言っていませんよ? イッチーさんと比べて、随分と趣味の幅が広いかなとか。でもそれだけ内面で判断されているのかなとか、思っていませんから」
「言ってるじゃん!? しかも違うって伝わってないよね??」
「…………」
「無言で笑わないでよ、何か本当っぽくなるでしょ!?」
「あはは、ごめんなさい。でもほら、千夏さんも優子さんも、恋バナとはちょっとジャンルが違いましたから、こういうのも楽しいものですね」
玲奈が、声に出して笑い声を出すのは珍しい。
でも、早紀もそれを見て、笑いが出てしまう。そして、その二人が恋バナとはジャンルが違うというのは同意だ。何かちょっと違う。優子は早紀に責任の一端があるので、特に千夏の話だが。
「そういう玲奈はどうなの? えっと、あまり突っ込んでいいかわからなかったけど、婚約者とかもいるんでしょう?」
「……そうですね、少し、考えることもありまして、近いうちにご相談するかもしれません」
「聞く聞く! 玲奈はいつも聞いてくれるから、私としてはそう言ってくれると凄く嬉しいよ……まぁ、うちら皆役に立つかはわからないけどさ」
「……聞いてくださる方がいるというだけで、嬉しいものです。あら?」
玲奈がそう言いながら、何かに気づいたように立ち止まる。
早紀もそれに倣って見てみると、タクシーに乗り込む相澤や佐藤にイッチー、そしてそれを見送る石澤の姿が見えた。
「噂をすれば、とは言いますが、どういう状況なのでしょうか?」
「確かに。石澤残ったみたいだし、ちょっと声かけてみよっか」
早紀と玲奈は、そう言って、残されたらしき石澤に声をかけるのだった。




