第2楽章 24節目
タクシーの中では、何故か皆無言となった。
いや、イッチーにしてもハジメにしても、時折震えるスマホのバイブ音が聞こえるから、恐らくそれぞれの相手とやり取りをしているのだろうが。
真司はというと、佳奈に一通だけを送って、了承の意が来た後は何も送っていない。
『(真司)すまん。これから話がしたい』
続けて『俺の我儘だから嫌であれば断ってくれても』と打とうとして、消して結局用件だけ送った内容を見返した。
こうして見ても、自分の中にある怖れのようなものが表れているようで、真司は内心で苦笑する。
隣の運転席から、少しだけ様子を伺うような気配も感じたが、敢えて話しかけることはしなかった。
『(佳奈)いいよ、待ってる』
佳奈の家には佐倉と櫻井の二人も来ているはずだがそれだけが返ってきた。案外あちらも同じ様に端的に返してきただけなのかもしれない。真司はそう思って、窓の外を見る。
景色が流れていく中で、少しずつ見知った風景となっていた。そろそろ佳奈の家が近い。
そうして少しずつ、この後の事を考えたり自分自身の事や佳奈の事を考えている内に、石澤の父親の運転するタクシーは、路地をするすると通り抜けて目的地へと到着した。
「……ふふ、この程度の距離と時間だからね。それに、人助けのつもりで乗せた、息子の友人からお金は取れないよ」
「いやしかし、そんな訳には……」
降りる時、真司がお金を払おうとすると、石澤の父親はそうやんわりと断り、そして、少しだけ考えるようにして告げる。
「息子から、君は沢山のものを背負っていると聞いたよ。僕もこれまで数多くのお客様を乗せてきたけれど、確かになるほど、と思う雰囲気をしている…………そんな君に、僕からの言葉は不要かもしれないけれど一つだけ、老婆心から時間を貰っていいかな?」
「……はい」
その言葉に、真司は佇まいを正した。
感謝と、せめてもの敬意を。
「うちの息子はどうしても親としてしか見れないのでどうしても子供に見えてね。それだけに、君のような大人びた子供を見ると思ってしまう。もちろん、各家庭によって事情はあるのだろうし、君の家のように名が知れた家なら尚更だ……でもね、歳はゆっくりととるものだよ、特に君くらいの歳には焦ってはいけない」
「…………」
「うん、そうして考える時間と、勢いが混在しているのが若さで、その時間はゆっくりと重ねていくのが良いものだと僕は思うのさ。ふふ、余計なことを言った。では、よい時間を。もしも帰りの足が必要になったら、呼んでいただいて構わないからね…………勿論、次からはお客様としてお代はきちんと頂きますので、ご贔屓の程をよろしくお願いします」
車の外に出た真司はそっと、立ち去っていくタクシーへと頭を下げた。
「良いお父さんだね」
同じく見送った後で、ハジメがそう呟く。
それに真司は頷いて答えた。
「あぁ、あいつには勿体ねぇくらいだ」
「あはは、少しだけ調子が戻ったんじゃない? 今のは、いつも通りだった気がするよ」
「ふん…………さて、俺は行くが、お前らはどうするんだ?」
真司がそう尋ねると、ハジメと、そしてイッチーがこちらを見て苦笑するように言った。
「そうそう、石澤にもそうだけどさ、真司は僕らにも感謝してね」
「ん?」
まぁ正直感謝なら既にしているが、そう思いながら目で問うと。
「あ、来たのね」
「相澤くん…………佳奈さん、中で待ってるから」
見ると、二人の少女達が出てくるところだった。
そして、ハジメがこっそりと真司にだけ聞こえるように告げる。
「佳奈さんが泣いてたっていうのとさ、真司がちゃんと話をしてないままだった、みたいなので二人共怒っているの、宥めたんだから」
「くっく、そりゃ怒られても文句は言えねぇと思ってるが、確かに今佳奈のところに行く前に怒られるのはな。ハジメ、それにイッチー。ここまで来てくれたことも、そもそも連れ出してこうした流れを作ってくれたことも………………感謝する」
そう言うと、ハジメとイッチーは少しだけ驚いたような顔をして、そして笑った。
その笑顔を背に、真司は佳奈の元へと向かう。
◇◆
何となく、見届けたいような、野次馬はいけないような気分でいた千夏と優子は、部屋の前で待つわけにもいかず、合流したハジメとイッチーと共に佳奈さんの家の近くのスーパーの前に来ていた。
今はハジメと二人。少し離れたところでは、イッチーと優子が飲み物を買いに行っている。
「千夏も食べる?」
とりあえず時間潰しに入ったものの、流石に家の近くでもないスーパーで買うものもなくぶらついた千夏とハジメだったが、何も買わないのは気が引けると、千夏は飲み物を、ハジメは暑いからとアイスを買っていた。
ハジメが立ったまま蓋を開けてバニラアイスを食べ始めるのを千夏が見ていると、そう聞いてくる。
先程から、たまに吹く風に、店先の風鈴が音を立てていた。
それでも、体感温度が変わるわけではない。
「ん……」
だから、そんな声だけで、千夏は自分にもよこせとねだってみる。
仕方ないなぁとでも言うように微笑んで、ハジメはアイスを掬ってスプーンを差し入れてきてくれた。
アイスの冷たい感触と、ぬるい感触が同時に口の中に広がる。
「美味し」
「それは良かった」
そう言いながら、微笑んだハジメの唇を見た。
美味しいけどアイスの冷たさよりもスプーンの温もりを感じてしまった。今更何を、と思われるかもしれないけれど、少しだけドキドキしてしまう。
そして、目線に気づいたハジメもまた、ちょっとだけ顔を赤らめた。
「あはは」「えへへ」
「…………こらこら往来で、ちょっと手持ち無沙汰になったからって何をいちゃついてるの、二人共」
そうして何となく照れたように笑い合っていると、どこか呆れたような声が聞こえる。
見ると、二人揃って声色以上に呆れたような表情で、優子達が立っていた。
「いやぁ、そんなつもりはなかったんだけどさぁ。あ、何ならお二人もどうぞどうぞ」
「無理」
優子がそう言い切る裏で、少しイッチーが残念そうな顔をしたのを千夏は見逃さなかったが、まぁそこはスルーしておくことにする。
「佳奈さん、大丈夫かなぁ。もしまた同じ感じで悲しませたら、相澤を殴る」
「だね」
千夏が言った言葉に、そう端的に優子が答えた。
今頃、相澤と話をしているはずだ。
確かに、大きい家ではあるのだから、婚約なんていうものや、色んな柵もあるのだろう。話せないこともあったのだろう。考えもあったのだろう。
でも、千夏はそこに佳奈さんへの甘えを感じて、相澤に怒っていた。きっと優子も同じところで。
気持ちは言葉にしないと伝わらないのだ。
確かに佳奈さんは敏いけれど、それでも不安にもなるし、悲しくもなるのだから、それを相澤は誰よりもわかって言葉にするべきなのだ。
願わくば、佳奈さんが悲しい涙を流すことが無いように、と千夏は想う。
チリン、と店先の風鈴が再び、鳴った。




