第2楽章 23節目
初めて、緊張する真司なんてものを見たかもしれない。
僕は、平静さを装っている真司を見て、そう思った。
普段の真司は自然体だ。
勿論、素直じゃないところはあるし、悪ぶっていたり、言葉遣いで誤魔化していることも沢山ある。
ただ、それが自然なのだ。
でも今は、逆に自然体であろうとして、いつもよりも好青年を演じているように見えている。
先程までいたファミレスを出てすぐのところ。道路沿いに僕らはいた。
学校帰りのファミレスでイッチーの発案で佳奈さんの家に行くと発案してから少し。軽くとはいえ部活終わりだった事もあって、空は夕焼けと夜が東西に分かれ始めている。
佳奈さんの家は、僕らの学校と最寄りとしては同じ駅にあるらしかった。
ただ、近くはない。駅の反対側にある上に、もう一駅先の中間ほどに位置する女子大学に通っているそうで、家も同じように大学に通える範囲にあるそうだ。
いつもなら、真司は運転手の人を呼んで移動するのだろうけれど、何となくその車では移動したくないようだった。
少しだけ分かる気がする。
多分これから真司は、家と関係のない、ただの真司として佳奈さんに会いに行くのだろうから。
それで、歩いていくのも遠いしタクシーでもと思ったけれど、中途半端な時間帯だから中々通りかからないし、アプリでも30分以上待ちになっていた。歩くのと変わらなさそうだ。
いっそ歩くかと思っていたところ。
「この時間ならもしかしたら……ちょい待ってて」
石澤がそう呟いて電話をかけに行ったので、僕とイッチーと真司は三人で待っているのだった。
「あれ?」
その間に、スマホを見ていたイッチーが疑問の声をあげる。
「どうしたの?」
僕がそれに反応すると、イッチーが少しだけ困ったような顔をして言った。
「なんかさ、佳奈さんの家に、優子と南野……じゃないのか、佐倉もいるらしい」
「…………へ、なんで?」
謎だった。
バスケの場所でよく会うし、仲がいいとは思っていたけれど、家に居るような仲だったのだろうか。
「後何か、相澤への愚痴が送られてきてるんだけど」
「あぁ…………なるほど」
そう思って僕も、千夏にメッセージを送ってみることにする。
『(ハジメ)今佳奈さんのとこにいるの?』
すぐ返事は返ってきた。
『(千夏)うん、その。佳奈さん泣いててさ』
『(千夏)優子がイッチーくんに連絡したって言ってたけど、もしかして聞いた?』
『(ハジメ)真司に話聞いてた、そっちもってことだね』
『(千夏)佳奈さん、泣いてた』
『(千夏)あのさ、これだけは言っとくけど』
『(千夏)例えハジメ相手とはいえど、うちは佳奈さんの味方だからね!』
文章だけからでも、千夏のプンプンと怒っている顔が見えるようで、僕はくすりと笑ってしまう。
そして、安心させるように返した。
『(ハジメ)多分だけど、千夏が思っているような事にはならないと思うよ』
『(千夏)そうなの?』
『(ハジメ)これから僕らも行く、というか、真司についていくだけなんだけど』
『(千夏)ええ!? 駄目だよ急に……それって佳奈さんに連絡は?』
ただ、安心させるようにと思って言った後で、思いもよらずに駄目出しされて、そういえばイッチーが言って突撃みたいになるような、と思い当たる。
男子高校生が四人集まって、勢いで行動しているだけかもしれなかった。
『(ハジメ)してないかも?』
すぐに電話がかかってきた。
「馬鹿馬鹿、泣いて目が腫れた女の子の家にサプライズなんて駄目だからね! しかも原因が! いや、来て謝るのはいいんだろうけど、駄目だからね!!」
「……確かに。真司に伝えとくよ……そっちはもう佳奈さんの家?」
「うん、餃子パーティ中。相澤の事も聞いた。そんで、うちと優子は今相澤におこです」
「……なるほど」
これは本当に怒ってるなぁ、と思いながら僕が言葉を選びきれないでいると、石澤が戻ってくるのが見えた。
「ごめん、一回切るね。とりあえずさ、近くまで行ったらまた連絡する……」
通話を切って石澤を見ると。
「何とかなった、……流石に狭いから俺は気になるけどここで抜けるからさ、これからここに来るタクシーで向かってくれよ」
石澤がそう言った。
とりあえず真司に、いきなり行くのはまずいかもしれないらしいと伝えると、確かにな、と言って真司は何かをメッセージで打っているようだ。
佳奈さんに連絡しているのだろう。
「どこに電話してたん? タクシーはさっきハジメも捕まらなかったって言ってたのに」
その間に、イッチーが石澤にそう聞いて、僕も同じ疑問を持っていたので頷いた。
「いや、たいした事じゃない。俺の親父ってタクシー運転手でさ。大体この時間は遠乗りとかじゃなければこっちに居るはずだから」
「へぇ、そうなんだ」
「そうそう、意外と稼いでるみたいでさ。まぁ拘束時間は長いけど、家族の時間もそこそこあるし、後はこうして空いてる時は電話できる。で、詳しくではないけど理由話して来てもらうことにした……ああ来た来た、本当に駅前の方にいたんだな」
話しているうちに、遠くからタクシーが見えて、石澤が手を上げる。
そして、目の前の道路にハザードを点滅させながら車が止まって。
「こんにちは」
そう言って態々降りてきてくれた初老に差し掛かった男性に、僕は少し既視感を覚えた。石澤のお父さんに会ったことなんて無いはずではあるのだけれど。
「父さん、仕事中なのにごめんな、でも助かったよ」
「いやいや、息子にこうして電話で頼まれるのも乙なものさ。それで、そちらがお客さんかな?」
こうして呼び出す程には石澤と父親の家族仲は悪くないらしく、そんなやり取りをした後で石澤のお父さんはこちらを見て言った。
「……この度はご厚意に感謝を。和樹くんとは友人で、相澤と申します。…………賃走になっていないように見えますが、そこはきちんとさせていただきたいと思っておりますので」
それに真司がそう言って、僕とイッチーも頭を下げてそれぞれ自己紹介をする。
「あ、佐藤一です! 和樹くんとは一緒のバスケ部やってます」
「…………イッチー、それ先に言われるとさ、僕困ることに気づいたんだけど」
「え? ああ確かに!」
「えっと、僕も佐藤一って言います。バスケ部ではないんですけど、和樹くんとはバスケ仲間で、後同じクラスの友人ですね、今日は僕と、こっちは同じ名前なのでイッチーって呼んでるんですけど。僕らも一緒に乗せてもらうのでよろしくです」
そう言うと、ふふ、と笑って石澤のお父さんは言った。
「三人とも、ご丁寧にありがとう。いや、和樹にもいい友人がいるようで、安心したよ…………和樹もこういう風に挨拶できるのか心配になってきたけどねぇ」
「いやいや、できるから! っていうか流石に恥ずいから止めてくれよ」
「それにしても君はどこかで? …………あぁ、思い出したよ。なるほどね、少しだけ縁を感じるねぇ」
「…………え?」
「とりあえず、それなりに急いでるんだろう? まずは乗ってね。後ろに三人だと、流石に大きい子もいたらきついだろうから、助手席に一人にしようか」
「じゃあ俺が、道もわかりますし」
そう真司が言って、席に乗り込んだ。
イッチーも、開いた後部座席のドアから中に入っていく。
そして、僕にだけ聞こえる声で、石澤のお父さんがそっと呟いた。
「君はいつだったか、夜に女の子と一緒に乗せたことがあったかな?…………ふふ、あの時はちょっと親近感が湧いて余計なことを言ってしまったけれど」
そう言われて、僕の脳裏に浮かんだ言葉があった。
『……実はね、僕も妻とは駆け落ちだったんだよ…………他人事には思えなくてね、またのご利用の際はよろしくね』
「……っ。もしかしてあの時の?」
僕がそう呟くと、彼はゆっくりと頷いた。
「いやぁ、縁だよねぇ…………またこうして、息子の友人の恋路のための足になれるのは、タクシー運転手冥利に尽きるというものさ。あの時の女の子とは今も仲良くやれているかな?」
「……はい、お陰様で。色んな問題も解決できて、仲良くやっています。あの時は、待ってくださってて、怪しすぎる二人なのに何も言わずに発進してくれて、ありがとうございました!」
そして僕は、何とも言えない世間の狭さと、ちょっとした縁というものの存在を確かに感じたのだった。




