第2楽章 22節目
「意外とドリンクバーとか普通に知ってんのな」
和樹は、相澤が意外と慣れた手付きでカップに氷を入れてコーラを注ぐのを見てそう呟いた。
「まぁな、とは言ってもお前が思ってる通りで実際そこまで慣れてはないが、うちの系列の店にもあるから知ってはいるし、やったこともある」
「…………なるほど理由が凄え。でも凄えとは思うけど、でもやっぱ家がでかいと色々あんだよな。ただ羨ましいとは思えなくなってきた」
ちょうど先程、相澤から先日何があったのか聞いた。
そして、飄々としていて、何でも出来て、何でも持っていて。どう見ても恵まれているようにしか見えなかった相手にも、悩みというものはあるのだということを知ったところだった。
「……確かに色々あるが、その分お前らが羨ましいと思う程度には恵まれているのも事実だ。そして、与えられたものには責任が伴う。そうじゃねぇと天秤が釣り合わねぇとは思ってる」
「そうなのか……」
「何か言いたそうだな? …………まぁもう名前を間違わない程度の付き合いだとは思ってはいるから、そうそう怒りゃしねぇぞ?」
「……それ多分褒めてんだよなぁ? 全然そんな感じしねぇけど」
「……まぁ好きに受け取れ」
そんな風に会話しながらテーブルに戻って、佐藤とイッチーの隣にそれぞれ座る。
ちなみにイッチーと相澤と、そして和樹と佐藤が並んでいるから、和樹側から見るとタイプの違うイケメンが二人並んでいて、さっきからチラチラと他の高校の女子グループや、店員の女性からの視線が向かっているのを感じていた。
尤も、当の二人は何も気にしていなさそうだが。
そんな風に、和樹が自分に向けられているわけでもない視線を気にしていると、相澤が和樹の方を見て改めて言った。
「で? さっき言いたそうにしてたのは何だったんだ?」
「ん? あぁ、なんつうかさ…………怒らないで聞いてくれよ? 俺は、相澤はもう少し傲慢なのかと思ってたんだよ」
「…………傲慢?」
「傲慢だと違うのか? 唯我独尊っていうかさ。ほら、家のこととか気にしないで、欲しいものは手に入れるとか言うのかと思ったっつーか」
和樹が言葉を探すように言うと、佐藤が頷く。
「そうだね。勿論真司には真司の考えがあるんだとは思うし、家ってのは面倒なもんだと思うけど…………真司自身がどうしたいのかがさっきの話だとわからなかったね」
「あ、そうだよ! 俺も思ってたのそれだ! 石澤とハジメの言う通り。大体さ、佳奈さんとあんなに仲良さそうだったのにさ。そんな別れ方していいのかよ? あ、そうだ! いっそ駆け落ちとかしちゃえばいいじゃん!」
「…………うん、意外とこういう時には役に立たないイッチーはちょっと黙っててね」
佐藤の言葉に野次のようにイッチーが言うが、男同士だと意外と辛辣なことも淡々と言う佐藤に撃沈されていて和樹は笑ってしまう。
同じ部活仲間ながら、佐藤に同意だが。
「イッチーは置いておいて、佐藤の言う通りでさ…………あぁわかった、相澤が何だか言い訳してるみたいに聞こえたんだよ。仕方ない事なんだってさ。だから、らしくないって思ったっつーか」
「そうだね。まぁ、僕は安心もしたけどね。大人に見えても真司もやっぱり僕らと同じ年の高校生なんだよなって」
和樹の言葉に、そして付け加えるように言った佐藤に、少しだけ難しい顔をして黙り込んだ相澤を見る。
◇◆
――――言い訳。
真司の中で、その言葉は少しだけ強く響いた。
そうか、自分は言い訳をしているのか。
それは何にだ? いや、何のためとでもいうか。
正しさを言い訳に、自分の中にある合理のもとに、自分は何を誤魔化そうとしている。
考えられるのは一つだった。違う、本来考えるまでもないことだった。
そして、真司は呟くように、溢すように口にする。
「なぁ、お前らから見て言い訳がましく見えるってことは……俺は、あいつに、佳奈に執着してるように見えるってことだな?」
「執着っていうか、普通に一緒に居てほしい、でいいんじゃないの? でもまぁ、そう見えるよ。そうじゃなかったら真司、僕らに言われたからって大人しくこんな風に来てさ、事情なんて話すタマだった? 違うでしょ」
ハジメが、そう答えた。
「…………」
「もうさ、その時点でペース乱れてるんだって」
無言の真司にそう続けて、ハジメが笑う。
真司はそれにも何も答えない。答えられなかった。
「真司のさっきの話は分かるとは言えないけど、正解と思ってる事はわかるよ。真司は確かに頭もいいし、先も見える。僕よりも余程色々な事を知ってるし、実際その肩に背負ってしまってるものはあるんだと思う…………でもさ、そんな正しさなんかで判断していいわけ? 僕はさ、偶には感情のまま行動してみたって良いんじゃないかって思うよ」
「…………は、随分と語るじゃねぇか」
「たまにはね、余計なお世話だった?」
ハジメがそう言うのに対して真司は首を振る。そんな事は無かった。
実際、他人にらしくないと言われることで、見えていると思っていた、割り切ったと思っていた今の自分が、いかに情けないかを自覚出来た気がしていた。
結局真司は、佳奈に何も言えていない。全て言わせて、後を追うことも、否定することも、何かを伝えることも、抵抗することもできず。
何と、その在り方は情けないものか。
「いや…………助かった。自分のダサさを、人に指摘されるというのは初めてだ」
自嘲気味に真司がそう発すると。
「ダサさじゃなくて、ただの人間らしさだと思うけどな」
ハジメが笑いながら言い、そして、和樹が付け加えた。
「まぁ、ハジメの言う通りだよ。人間だもん、完璧じゃないし、正しさだけが全てじゃないんだ。自分の感情や思いを大切にすることも大事だと思うし……いやまぁ、ラノベの受け売りだけど」
真司は黙って考え込んでいた。常に正しさや理性に従って行動してきた。
それが自分自身のアイデンティティであり、あるべき姿であり、そうとしかならないと思っていた。
何でもできると言われながら、不自由で。
駒としての自分を自覚しながら、そこから抜け出せない自分。
何とくだらない事だろう。
そして、こうして友人と呼べる人間にそれを諭されるなど、まるで普通の高校生のようではないか。
いや、結局自分などその程度のものなのだと、そう真司は思う。
何故なら、そう思う事で、どこか知らずに正しさに縛られていた何かが、楽になった気がしているのだから。
「じゃあ、やることは決まったな!」
そして、最後だけ締めるようにイッチーが告げた。
「佳奈さんに会いに行こうぜ!」




