第2楽章 11節目
「ねぇ、あんたって漫画結構読むの?」
とりあえず、イッチーとの最新の思い出は今の会話には全く使えないことを確認した和樹だったが、どうするかなと思っているところに、藤堂がそう聞いて来てくれた事にホッとして、和樹は頷いた。
先にドリンクバーとポテトは注文して、飲み物をそれぞれ入れてきたところだ。
「あぁ、結構読むと思う。うちさ、父親と母親は全然タイプ違うんだけど、どっちも本好きなんだよね。漫画もそうだし、小説も時代小説に推理小説に恋愛もの、ラノベも文芸も問わずで家にいっぱい本ある環境で育ったんだよ。だから割りと本なら何でも読む」
「へぇ、意外だわ。読書キャラには全く見えない。重みがない」
「ひどくね!? これでも結構国語の成績は良いんだけど」
「だってさ、本読んでる癖にって言ったらなんだけど、どうしてあんなんだったわけ?」
「いや、それを言われると何も言えないっていうか、色々拗らせてたというか……そういう藤堂は趣味は何なんだよ?」
「ご趣味は、とかお見合いみたい」
「そんな聞き方してないだろうが…………ってかそういう風にからかう口調で笑ったりもすんだな、意外」
「そう? まぁ大丈夫。人は選んでるから」
「おい、それ喜んでいいやつ? いい意味だよな?」
そこまで流れるように喋って、ふと目を合わせて和樹は吹き出すように笑ってしまう。藤堂も口元を押さえるようにして笑っていた。
「ねぇ、ちょっとしたゲームしない?」
そして、藤堂が唐突にそんな事をいう。
「ゲーム?」
「そうそう、って言っても何がってわけじゃなくてさ。私もあんたもお互いのことよく知らないから、一つずつ質問し合うの」
疑問を込めて聞き返した和樹に藤堂が説明を付け加えた。
「あー、いいかも。でも言いたくないことは?」
「そうね、どうしても答えたくないことは拒否してもいいことにしようか。スリーサイズとか聞いてきたら殴るから」
「いや聞かねぇよ!?」
そりゃ、全く興味ゼロじゃないけど。と内心思いながらも和樹は突っ込んだ。
誰がそんないきなり関係をぶち壊すような事を言うのか。いや、昔の自分なら変なウケ方するかもと言ってしまってたような。
そう少し過去を鑑みて凹みつつ、和樹は最初の質問をする。
「じゃあ俺一つ答えたからさっきの質問を最初にさせてくれよ。藤堂さんのご趣味は?」
「趣味ね、趣味か…………バスケは趣味とはちょっと違うし。パスで」
「…………言い出しっぺの癖にいきなり触りの質問でパス止めてくんないかなぁ、あんだろ何か。漫画読むしアニメも見たって言ってたじゃん」
「いや、あれは兄貴がリビングで置きっぱにしてたから読んだら面白くて……いざ聞かれると趣味と言えるほどのものが無いかもしれない」
「へぇ、何だか藤堂が無趣味なの結構意外かも」
「そうかな? そういうあんたは? 読書が趣味なのはわかったけど」
「俺? どこまでを趣味っていうかだけど、漫画も小説も読むし、アニメも見るし、音楽聞くのも好きだな…………最近はNovelbrightとか好きだけど、後昔のだと藍坊主とか、Vtuberもスパチャは年齢的にできないけど見るし、ゲームもやるな」
改めて趣味について聞かれた和樹があれもこれもと言い連ねていくと、藤堂は少し呆れたようにして、でも羨ましそうに言った。
「…………なんかそっちだけ趣味が多くてずるい」
「いやいやずるくはねーだろ。あー、せっかくだから何かオススメ貸そうか?」
まさか藤堂からずるいと言われることがあろうとは。そう思いつつ、凛々しい外見で拗ねたような口調でいう藤堂に苦笑した和樹は、ついそう言っていた。
「うん、興味あるかも。お願い」
「おけ。つか今度は答えてもらうか…………さっき兄貴がってて言ってたけど、家族は親とお兄さんだけ? …………あ」
次は無趣味とかそういうのが無さそうな質問を、と思ってそう言って、ふとハジメや南野の事を思い起こして和樹は言葉を切る。
ただ、それに藤堂は大丈夫、と言って答えてくれた。
「別に普通の、っていうとあれだけど、サラリーマンの父親に主婦の母親、大学に行ってる兄貴が一人。特に家族仲も問題なければ、言いづらい事情も無いよ。そっちは? って聞いてよければ聞く」
「俺んとこは一人っ子で兄弟はいなくて父親はタクシーの運転手、母親はパート勤め…………ちなみに駆け落ち婚らしいくらいで後は多分普通の家庭」
「まじで? 凄くない? あー、私親の馴れ初めとか知らないわ」
「いや、俺も馴れ初めは知らないんだけどさ、子供の頃なんで俺には従兄弟とかじいちゃんばあちゃんの家ってものが無いのか疑問に思って聞いたらそう答えられて知ってるってだけで……」
そうやって実は中身が無さそうな事を喋っているうちに、飲み物とポテトは無くなっていた。結構な時間が経っている。
何か勿体ない気がして、こうして駄弁っているわけだが、何だろうこの会話、と和樹は思う。
質問をし合うと言いつつ、和樹が藤堂について今日知ったこと。
兄貴と両親の四人家族で、家族仲は普通に良いらしい。
キラキラした外見で色んな事をしていそうなのに実は無趣味で、和樹が趣味が多いと知ったら拗ねて、『格好いい』が少し、『可愛い』に変化する。
そして、意外と喋りやすくて、結構楽しい。
「あのさ……さっきから意外意外言ってる気はするけどさ」
「うん?」
「千夏達といるのとはまた別で、意外と楽しいわ、あんたとこうして無駄話してんの。何か、あんたは紛うことなき馬鹿な男子の一人ではあるんだけど、何かそういう男子とも違うというか……あれかな、イッチーとのこと知られてるというか、ちゃんと話したことがある唯一の男子だからかな」
そう言って、藤堂が自然な感じで笑った。
少しだけ、近くなった気がした。いや、勝手に遠いと思っていただけなのか。
「あぁ、俺も何か同じこと思ってたかも…………まぁそうかもな、俺らは友達で良いんだろ?」
「ふふ、そうね…………さて、もうすぐ夕方になるしポテトも無くなったしお開きにする?」
「そうだな、伝票は、と」
確かにそろそろいい時間で、家に帰ったら夕食の手伝いくらいはしなければならない。
その後、ポテト代くらいは出すという和樹と、二等分でいいじゃんという藤堂で小競り合いはあったものの――和樹が誘った代ということで出した――駅までもだらだらと喋りながら向かった。
「じゃあな、気をつけて帰れよ?」
「あんがと、じゃあまたね」
春休み、和樹がバスケ部の人間以外と会ったのはこの時だけだったが、和樹の無意識の心の中で勝手に憧れのようにしていた藤堂が、同年代の普通の女子なのだと認識し始めたのもまたこの時だったのかもしれなかった。




